第15話
今回長くなりました
「へぇ、ララミスさんは最近冒険者登録したばかりなんですね」
「ひっ、ひゃい! そ、そうなの……です……」
「こりゃ慣れるのに大変そうじゃの」
パーティ会場から持ち帰ったジョッキに、樽から注いだお酒を飲むエレンドさん。
ここはエレンドさんの店のカウンターです。もちろんとっくに店は閉まっています。
あれからボクたち四人はエレンドさんの家に集まっていました。
聞けばララミスさんも今後ここで暮らすそうで。
ボクとリティが同じ部屋を使えば一部屋余るし、元々そんなに荷物は多くないのでいいんだけどね。
「ギルドマスターから頼まれた件って、この人を仲間に加えることだったんですね」
「一応内密にの」
「言いませんけど、それでもボクたちで本当にいいんですか?」
彼女の名前はララミス=シルフィード、二十八歳の魔法剣士。
シルフィードといえば、エルフの高位種族であるハイエルフ族に付けられる姓。
この世界にハイエルフなんてそうそういない。
しかも二十八歳ということは、ハイエルフ族から見ればまだまだ生まれたばかりでしょう。
エルフですら、あまりこの町にはいません。
そしてあまり言いたくはないですが、エルフ族は魔法さえ封じ込めば非力なので狙われやすい対象です。
容姿端麗ですし、長寿な種族なのでずっと見た目は若いままですしね。
ましてやハイエルフなんて、危険を承知で狙いに来る人はたくさんいるでしょう。
では何故わざわざそんな危険な町に来たのかとなりますが……。
ボクはララミスさんをじっと見ると、途端に真っ赤になる顔。
「あ、あのっ。そ、そんなに見つめられ……ると」
……このあがり症である。
ハイエルフ族はエルフを率いて、時には交渉、時には戦い、時には相談を受けたりします。
しかしこのあがり症じゃそんな大役は任せられない。荒療治だが世間の荒波に揉まれて経験を積んで治して来い、とハイエルフ族の偉い人に言われたそうで。
そして、ここ迷宮都市アークに置いていかれたらしい。
確かに冒険者ならギルドの職員との交渉もいりますし、時には他の冒険者とも共同で戦闘もするでしょう。
また、この町にいる他のエルフたちの顔役にもなる必要はあるでしょう。
うわー、厳しいですね。
そんな彼女は小さい頃からみっちり戦闘訓練をやっていて、かなりの腕前を持っているそうだけど、このあがり症のために他人の目があるところだと、途端に本来の実力の半分も出せなくなるそうです。
「私たちみたいに低ランクじゃなくって、もっと高ランクの冒険者に任せられなかったのかな」
「ハイエルフの族長とギルドマスターは顔見知りでの。しかしさすがにギルドマスター自ら彼女を面倒見るわけにはいかぬ。事が大きくなるしの。だからこそ、わざわざ低ランクのわしらに声をかけてきたという事じゃ」
「つまりなるべく目立たないように、且つ冒険者というものを経験できて、更にギルドマスターの昔の仲間だったエレンドさんという信用度の高い人がいるボクたちのパーティーに白羽の矢が立ったと?」
「おおむねその通りじゃな」
だからわざわざギルドマスターは、ボクたちの素性を調べたのか。
確かに身元がしっかりしている、という点から見ればボクとリティは高い。
なんといってもレミルバ国の大公家のものだしね。
更にボクの実家は氷の魔女と異名を取る女系の家だ。女性の彼女を攫って囲うなんて事はしない可能性が高いと思われたのでしょう。
実際、ボクのお父様はお母様に全く頭が上がらないしね。
「じゃあ明日から早速迷宮に潜ってみますか?」
「その前に、まずはララミスの防具を揃える必要があるの」
「ちゃんと革鎧着ているし、細剣も持っているけど?」
「迷宮の敵は強い。ましてや前衛に立つ剣士ならば、もう少し硬い鎧が必要じゃて。いくら軽戦士といえど革鎧では防御力不足じゃ」
なるほど。
十階層のボス、オーガーに一発貰ったら革鎧だと何も着ていないのと同じだね。
「あっ、あの……、あたし……お金ない……」
「心配せずとも、ギルドマスターから貰っておる」
「それはあの後ろに並んでいる酒樽の事ですか?」
「はっはっはっは、なんのことやら」
カウンターから見える二階へとあがる階段の側に、見慣れない酒樽が十樽ほど積んであります。
いつの間に、あれだけ大量の樽を運んだのやら。
「ララミスさんの鎧ってエレンドさんが作るのですか?」
「それが一番安上がりじゃて。何か注文はあるかの?」
「う、動きやしゅ、しゅく……やすくて、かりゅ、か、かるいの」
「ではミスリルじゃの。ついでにその細剣も作っとくかの」
「ミスリルっ!?」
「たっ、たきゃ……たかい!」
ミスリルは滅多に採れない金属の一つで、鉄のように硬くて革のように軽く、それでいて魔力の伝導率が非常に良い、魔法剣士にとっては最高の金属。
しかも魔力を十分に防具へ伝えれば鉄以上の硬さにもなるし、武器なら魔法剣なみの切れ味にもなります。
もちろんものすごく高く、高ランクの冒険者ですら中々手に入らない一品です。
蒸留酒十樽程度の金額じゃ、全く割に合いません。
「エレンドさん、ミスリルなんて持っていたんですかっ?!」
「わしの生まれた鉱山都市ベーマルドにはミスリルがたくさん眠っておるからの。ここに来るとき、持ってきたのじゃ」
「でもエレンドさんの着ている鎧ってミスリル製じゃないですよね?」
「わしがミスリルの鎧を着ていてもメリットは無いからの」
確かに魔法を使わないドワーフでは、鉄の武具と何ら変わりない性能しか出せない。
ミスリルは魔法を使う人が使ってこそ、最大限の性能を引き出せます。
「でもミスリルの鎧なんて着ていたら目立ちませんか?」
「リリス、お主の杖もかなりの業物じゃろ? リティの弩もそうじゃが」
ボクたちの武器は、ラスティーナ大公家に代々伝わる武器を拝借してきました。
この杖は古龍の髭と、この大陸に二本しか生えていない世界樹の枝から作られたものです。
リティの弩は、滅多にいない古樹人を元に作られた武器。
どちらも普通では手に入らないようなものです。
特にボクの魔力は膨大。生半可な杖だとボクの魔力量に耐え切れず、簡単に壊れてしまいます。
手加減すれば普通の杖でも使えるんだけど、いざと言うとき杖が壊れました! ではお話にならないからね。
その点この箒型の杖なら、かなり魔力を出してもびくともしません。
それにしても魔法に詳しい人ならともかく、なぜドワーフのエレンドさんが分かるのか不思議。
「なぜそれを知っているんですかっ?!」
「その杖も弩も一流の職人が作ったものじゃ。作った職人の魂を感じるのじゃよ」
作るものは違えど武具を作る職人同士だからこそ、って奴ですか。
でもボクの杖もリティの弩も、普通の人が見れば単なる古びた歪んだ形の杖、素人が作ったような無骨な弩でしかありません。
しかしミスリルは誰でも一目見れば分かります。
白色ですからね。
「でもボクたちの武器は普通の人が見ても分かりませんけど、ミスリルなら誰でもわかりますよ?」
「じゃが、ミスリルは魔力伝導率が良い。つまり隠蔽しやすいのじゃよ」
あっ、なるほど。
ララミスさんが常時隠蔽の魔法を鎧にかけておけば、ぱっと見て普通の鎧に見えるはずです。
常時魔法をかけ続けるなんて事は普通の人間には出来ませんけど、ララミスさんはハイエルフ族。人間に比べて膨大な魔力量があるはず。
さらに魔法を使うにはある程度の集中が必要だから、あがり症を抑える練習にもなります。あがって集中が切れれば途端に隠蔽の魔法も切れて、一躍ミスリルの武具を持つエルフ族と有名になりますね。
すごくリスキーです。
「最初は町の外で練習をすればいいじゃろう。外なら他のやつらもあまりおらんしの」
「じゃあ鎧が完成したら、外で練習という方針で行きますか?」
「えっと、あのっ、あの……」
おずおずと手を挙げるララミスさん。
でも顔は俯いて視線を合わせないようにしています。
「どうしたのじゃ?」
「たきゃ……たかいです。も、もったいない」
「遠慮せんでよい。金はギルドマスターから貰っとるし、あがり症の練習にもなる。それに出来る限り最大限の事前準備をやるのが冒険者じゃ。お前さんはこれから先、前に出て戦う事になる。低階層ならともかく十階層を超えた先では、そんな武具じゃ足手まといになるじゃろう。迷宮はそんなに甘くないわい」
「ひゃい……」
「それとララミスさん、ボクたちの目標は迷宮の最下層を目指すことです」
「……え?」
エレンドさんの言葉を次いでボクが最下層を目標としている事を言うと、俯いた顔を上げて驚いた目でボクを見てきました。
でもそれも一瞬で、また顔を赤くして俯くララミスさん。
「このアークの迷宮で冒険者をやるなら、最下層を目指すのが男気です!」
「リリスちゃんは女の子だけどね」
「リティは一言多いよっ! それでボクは最下層を目指したい。ララミスさんはそれに力を貸してくれますか?」
逡巡しているのが分かります。唐突過ぎたかな。
でもパーティーの時、ギルドマスターには「三人じゃせいぜい十五階層が限界」と言われました。
それは前衛が足りないから。
でもララミスさんが加われば、もっと奥にいけるはず。
「十階層や二十階層ではなく、もっともっと奥。最下層の百階層を目指したいんです。それにはボクたち三人では力が足りません。そんなボクたちにララミスさんは力を貸してくれますか?」
再び問いかけるボク。
彼女は何かを決意したように、顔を上げました。
「ミスリルに負けないくらい、が、がんばりましゅ!」
「ありがとうございます!」
しゃべり方はかみかみだけど、彼女の目は何かに燃えているかのようです。
「その意気じゃよ」
「ララミスさんじゃ長いし、これからララさんと呼んでいいかな?」
「それいいね。私もララちゃんって呼ぶね」
「は、はいっ、よろしくおねがいしみゃす!」
「じゃあ手を!」
「うん!」
ボクとリティがララミスさんの手を取って、上にあげました。
「ほらほら、エレンドさんも!」
「仕方ないの」
苦笑いをするも、エレンドさんも手を挙げてくれました。
「じゃあこれからがんばろー! 目指せ最下層!」
「おおー! 最下層いくぞー」
「ま、わしの出来る範囲でやるかの」
「い、いくじょ、ぞー!」
ドワーフの重戦士エレンドさん。
魔弓士のリティ。
魔法使いのボク。
新しく仲間に加わったハイエルフの魔法剣士ララさん。
この四人はこうして迷宮の最下層を目指す冒険者となりました。
これで第一章終わりです