第13話
女中の人に連れられて入ったパーティ会場はとても広く、またあちこちにお金をかけてそうな装飾品が飾られていました。
既に会場内には大勢の人が入っていて、喧騒で埋め尽くされています。
あちこちから挨拶が聞こえ、飛び交っています。
さて、こういった場合はどうするべきか?
それは壁際に居て静かにパーティが終わるのを待つのが正解です。
場違いだしね。
リティに目で合図を送ると、彼女は獣人の特性をフルに生かしながら、静かに皿を持ってあちこちにある料理を少しずつ取ってきてくれました。
「ありがとう、リティ」
「私はリリスちゃんの従者だしね。それにリリスちゃんにこういう事させると、絶対転んだりするから」
「一言多いっ」
「事実だしー」
過去幾度となく転んだ経験の記憶があるけどね。
彼女が手にした皿には、何種類もの料理が少しずつ並べられています。
それを手で取って口に放り込むリティ。
ま、お行儀悪いですわ。
といっても、立ちながら食べるにはこれが一番楽なんだよね。
「これおいしいよリリスちゃん」
「どれどれ、あ、ほんとだ」
ボクもリティの真似をして、手で取って食べました。
出来てから少し時間は経っているものの、程よい柔らかさで油もそれほどなく、それでいてジューシーな味わい。
何の肉だろうか。
「これ何の肉なんだろうね」
「魔物の肉だと思うけど、何だろうね」
「それはヒドラの肉だよ、美しいお嬢さんがた」
不意に背後から声が聞こえてきました。
思わず振り返ると、そこには三十代くらいのがっしりした体格を持つ男性が佇んでいました。
……全く気配がなかった。
リティも金色の瞳が少し開いています。
「おやおや、驚かせてしまったようだ。すまない」
「い、いえ。それよりこれがヒドラの肉ですか」
ヒドラは迷宮の五十階層のボスです。
九本の首を持ち、首を切っても火で切り口を焼かない限り再生してくる、竜族の亜種であるSランクの魔物。
五十階層といえば、Sランクの冒険者が苦心してようやくたどり着ける階層です。
しかもその階層のボスですから、一体どれほどの強さなのか到底分かりません。
「ヒドラは苦労して倒しただけの旨みのある魔物さ」
「確かにこれはおいしいですね。ところで失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ボクの従者としての立場を取っているのか、こういったときリティは全く発言をしません。
昔から別にしゃべっても良いと言ってるんだけど、全然聞いてくれない。
逆にしゃべってくれたほうが、ボクとしても楽なのに。
「ああ、失礼した。俺の名はライラス=ジークエンドルだ。よろしくな、E+ランク冒険者のリリス=ラスティーナとリティ=シルバーフェスト」
「ギルド……マスター……?」
「し、失礼しましたっ!」
慌ててお辞儀をするリティとボク。
しかし彼は鷹揚に手を振って、楽な姿勢をとるように言ってきました。
「うちの国の重鎮やら貴族ならともかく、冒険者相手に堅苦しくするのもされるのも苦手だ。楽にしててくれ」
「でもここは公式の場です」
「エレンドの今の仲間がどんな奴なのか見に来ただけだ。あいつとは仲間だったしな。そう考えればお前らは俺の後輩みたいなもんだ。後輩相手なら楽にしてていいだろう?」
「むちゃな理論ですね。でもそういうのは好きです」
「リ、リリスちゃん!」
顔を上げるボクにリティが嗜めてくるけど、ギルドマスターは「構わない」とリティを制しました。
「それにしてもエレンドの奴も隅に置けんな。こんな若い綺麗どころを二人もパーティに入れるとは」
「いえいえ、ボクたちがエレンドさんに頼み込んでパーティを組んでいただいたのですよ」
「あいつのどういったところが気に入ったんだ?」
リティが取ってきた料理を摘んで口に入れながら「雰囲気がお父さんっぽくて」と言うとギルドマスターは爆笑しました。
「ははははは! なるほど、確かに保護者だな」
「それにボクたち二人とも後衛職ですから、前衛であるエレンドさんはすごく頼りのある人です」
「ふむ。しかし三人じゃこの先辛いと思うが? お前たちじゃせいぜい十階層……いや行けても十五階層くらいだろう」
確かにその通りです。
十五階層までは比較的通路も狭く、襲ってくる敵もそこまで多くはありません。
この前の十匹のサーベルウルフは例外ですけど。
それでも狭い通路に十匹です。エレンドさん一人居れば十分押さえる事が出来ます。
でも十五階層を越えると、通路がかなり広くなるそうです。
三人くらい余裕で並べるほどの広さだとか。
そうなると、エレンドさん一人では前から襲ってくる魔物を押さえ切ることは出来ない。
せめてもう一人、欲を言えばあと二人の前衛が欲しい。
「そうでしょうけど。今はまずボクたちのランクを上げるのが先決だと思っています。仲間はそれから探しますよ」
ボクらはE+ランクの初心者。
まずランクアップしてからでも遅くはないはず。
「なるほどな。わかった」
「それにしてもギルドマスターとエレンドさんって、やはり昔同じパーティを組んでいたのですか。あの執事さんも同じですよね」
「ああ、もう十年くらい昔の事だけどな」
エレンドさんが昔はどういう人だったのか気になります。
でもそれよりも、ギルドマスターって蒸留酒二樽で買収されたエレンドさんに何か頼みごとあるんですよね。
「エレンドさんとのお話し合いは終わったのですか?」
「いや、これからだ。先にお前たちを見てみたくてな」
ふーん。わざわざボクたちを見に来たのですか。
何かありますよね、これ。
エレンドさんに頼みごとをしにきたけど、まずボクたちの人柄を確認しにきたんでしょう。
「それで……ボクたちは合格ですか?」
ボクが口元を歪めると、ギルドマスターも同じように意味深な笑いをしました。
「何のことだかわからんが、あとはエレンドに聞いてくれ。それじゃ楽しかったぜ。またな、大公家のお嬢さん」
「……っ!」
会場から出て行くギルドマスターをボクは油断のない目で見つめました。
ボクらの事も調査済みですか。
隠していた訳じゃないし、調べようと思えば簡単に調べられることだけど。
でも……わざわざ一介の冒険者を調べるなんて面倒な事、多忙なギルドマスターがするとは。
エレンドさんじゃないですけど、やっぱり面倒ごとだろうね。
ヒドラの肉を摘んで口に入れるボク。
同じようにリティも食べながら思案顔をしている。
「リティ、どうしよう」
「なるようになる、って昔よくリリスちゃんが言ってたよ」
「ケセラセラだね」
「うん、そうそれ。でも何でけせらせら、って言うの?」
「何となく……だね。まあなるようにしかならないか」
取りあえずはエレンドさんから詳細を聞いてからだね。
ボクは皿の料理を次々と口に放り込んで食べました。