第11話
ボクの普段着は、黒いとんがり帽子に、膝丈の黒いローブ、そして箒型の杖に黒のブーツと魔女のような格好です。
しかし今日のボクは、赤に黒のラインが入っているひらひらしたドレスを着て、更に花をイメージした赤い帽子をかぶっています。
そして自分で作った大きな氷の鏡(魔力を与え続ける限り溶けません)の前に、憮然とした表情で立っていました。
そんなボクの隣には、リティが同じくドレスを着てにこやかに佇んでいます。
「……ほんとにこれ着るの?」
「うん、リリスちゃんかわいいよ」
こんなドレス、どこから調達してきたんだろう。
多分実家から持ってきたんだろうけど、荷物の中にドレスがあったなんて全く気がつかなかった。
そもそもこのドレスは実家でも見た記憶が無い。
となると、おそらく母様がこっそり仕立てたのをリティに持たせたんだろうな。
「じゃあそこで一回くるっと回ってみて。スカートをふわっとなびかせるように」
「目が回るからヤダ」
「一回りするだけで、目が回るわけがないでしょ!」
「リティはボクの運動神経を舐めているね? そんじょそこらの運痴とは訳が違うのだよ」
「威張るところじゃないよっ!」
そして無理やり一回転させられました。
「うんうん。普段と違ってとっても大人っぽい」
「……ホントに目が回りそうだった。うぇっぷ」
さて、なぜボクがドレスなんぞ着ているのかと言うと……。
先日Bランクの魔物、幻影騎士を倒した功績で、ギルドマスターの家で行われるパーティに呼ばれて、参加する事になりました。
冒険者ギルドのトップ、ギルドマスターと言えば、高位ランクの冒険者が代々勤めることになっています。
もちろんランクだけではなく、その他の面も色々と加味されていますけど。
現ギルドマスターのライラスさんも、元冒険者のAランクと聞いています。
歳はまだ三十代前半の若さですけど、かなりのやり手だそうです。
さて、そんな冒険者出身のギルドマスターの主催するパーティと聞くと、単なる宴会と思いがちです。
しかし実態は全く異なります。
アークは迷宮があるため経済規模は国内随一であり、ぶっちゃけた話、国の資産の半分はアークにあると言われています。
そのアークのトップであるギルドマスターが主催するパーティです。
国中から様々なお偉いさんが、これを機に縁を結ぼうとやってくるのです。
もちろん国外からも何人か来るでしょう。
政治的な駆け引きは、ボクには関係ないけどね。
でも、他国の人まで来るパーティに参加するのだから、当然正装は必要だとリティに言われました。
最初ボクは、冒険者の正装は鎧やローブでしょ! とリティの説得に試みたのですが、敢え無く撃沈。
そして現在、リティの手によってローブを剥ぎ取られ、どこからともなく取り出したドレスを着させられている最中なのです。
ちなみにリティは銀色の長い髪をアップでまとめて、黒と紫のドレスを着ています。
これどう見てもリティのほうが大人っぽいよね。
身長もボクと比べると十センチは高いし、すらっとして格好が良い。
これに比べると、ボクなんて歳の離れた妹のようだ。
「やっぱり似合わない、やめやめっ!」
「こら! 待ちなさい!」
ドレスを脱ごうとするボクを制止してくるリティ。
反撃を試みるも、あっけなく押さえ込まれました。
「くぅ~、あっさりと負けた」
「リリスちゃんが私に体術で勝てる訳がないよ」
獣人は人間よりも遥かに身体能力が高いのです。
更にボクは自他共に認める運痴。
到底勝ち目が無いのは分かるけど、男にはやらなきゃいけない時があるんだっ!
「面倒だよっ! そもそもドレスなんて実家で嫌というほど着たんだから、ここにいる時くらい楽な格好させてよ!」
「たまにはいいじゃない。大公家の淑女として恥ずかしくない所を、殿方に見せるのも必要だよ」
「ボクが大公家の者って誰にも言ってないよ! それ以前に男に見せるなんて、それこそごめんだよっ!」
ドレスは実家でしょっちゅう着ていましたから、正直言うと慣れています。
それに当然パーティも、子供の頃から数えるのも馬鹿らしくなるほど参加しています。
でも何故ボクが男に見せる為に、わざわざドレス着なきゃいけないんだ。
ふぅ、とため息をつくリティ。
「リリスちゃんの男嫌いも治らないよね。こんなに可愛いのに、もったいない」
「別に可愛くなくていいよ。それに男嫌いが治った時はボクがボクでなくなった時だ」
「意味がわからないよ」
ちょうどその時、ドアがノックされました。
「はい、どうぞ」
リティが答えると、ドアが開いてエレンドさんが顔を覗かせて来ました。
「そろそろ時間じゃぞ」
「もうそんな時間!? 急がなきゃ」
「ボクはパスしたい」
「今更何を言っておる。ギルドマスターの誘いを断れるわけがないじゃろ?」
「分かっていますけど、ドレスじゃなければ行ってもいいです」
ふむ、と言いながら彼が部屋の中へと入ってきて、ボクを見てきました。
「似合っとるではないか。普段のお前さんとは雰囲気が違うの」
「そうでしょ? リリスちゃんは可愛いんです」
「うむ、これならパーティでも目立てるぞ」
「目立ちたくないよ。それより何でエレンドさんは鎧なんですか?」
さすがに武器と盾は持っていないものの、彼はいつもの無骨な鎧姿です。
「ドワーフの正装は鎧じゃ」
「卑怯! ボクもローブがいい! むしろボクは男の格好がいい!」
「だめです! 時間も無いんだからね」
「リティのけちー……」
「パーティなんぞは、女が主役、男が引き立て役じゃよ。それに本当に似合っとるぞ? さすが大公家のものじゃな」
パーティなんて大げさなものじゃなく、普通の食卓でご飯食べるほうが楽だよね。
はぁ、面倒だよ。
「さ、そろそろ行くぞ」
「……はぁい」
「ほらほら、しっかり歩いて!」
ボクは引きずられるように、パーティ会場へと向かったのでした。