第10話
ちょっと長くなってしまいました
「来るでないっ! 逃げるのじゃ!」
ボクとリティがエレンドさんに追いついた時、彼は片手剣をもった人型の魔物と戦っていました。
え? なぜ逃げるの?
そう疑問を持ったのも一瞬。
彼のそばには四名の冒険者たちの成れの果てが転がっていました。
彼らから流れた真っ赤な血が薄暗い通路の光に照らされ、不気味に光っています。
エレンドさんと戦っている魔物、あれに切られたのでしょう。
しかしあんな魔物は初めてみます。
……いや、あれはゾンビ?
その魔物とエレンドさんの戦いは、激しい、の一言でした。
エレンドさんの振るうハルバードをしゃがんで避け、足払いを仕掛ける魔物。
しかしドワーフであるエレンドさんの重心は低く、更に盾でがっしりと魔物の足を止めました。
すかさず逆手に持ち替えたハルバードで突くものの、後ろへ転がるように離れる魔物。
転がりつつ、まるで体操の選手のように石畳の地面を手で反動をつけ起き上がりました。
そのまま深くしゃがみこんで、両手で片手剣を持ち、突くような形で一気にエレンドさんへと襲い掛かってきます。
魔物の片手剣がエレンドさんの盾に当たり、激しく火花を散らして通路を一瞬照らしました。
次の瞬間、魔物の片手剣が甲高い音を立て根元から折れ、剣の刃が地面を転がっていきました。
その隙を逃さず、エレンドさんのハルバードが魔物を襲うものの、軽快なフットワークで後ろへと離れていく魔物。
一瞬追いかけそうになったエレンドさんですが、深追いせず踏みとどまりました。
あれはゾンビの動きではありません。
見た目はまだ新しいゾンビのようですが、動きが全く違います。
あれだけ多彩な攻撃をするような魔物なんていただろうか。
そばにいるリティに視線を送ると、彼女も唖然と戦いを見ていました。
「なかなか用心深いドワーフだな」
距離を取った魔物は、追ってこないエレンドさんを見て甲高い声で話し始めました。
というか、しゃべった?!
不死は高位の魔物でない限り、知性は持たないはず。
この階層には、スケルトン、ゾンビ、まれにグールが沸くくらいです。
どれもこれも知性を持たない不死のみ。
なぜこんな低階層で、会話できる程の知性を持つ不死が?
「リリス、リティ。早く逃げるのじゃ。あやつは幻影騎士、お前さんらでは勝ち目は無い」
エレンドさんは魔物から視線を外さず、ボクたちの前に移動してきました。
「……幻影騎士? って、まさかBランクの?!」
リティが青ざめた表情で驚きの声を上げます。
あっ、そういえばギルド発行の迷宮ガイドブックに幻影騎士の名前が載ってた記憶がある。
迷宮ガイドブックは、三十階層までの大まかな地図と、その階層に沸く魔物の一覧と特徴が載った本です。
冒険者は必ず一冊買って熟読するように義務付けられています。
でも幻影騎士って確か二十階層付近に沸く魔物……だったよね。
ボクたちはまだE+ランクなので、十階層までは暗記できるくらい読んだけど、それより下の階層はさっと斜め読みした程度。
だから少し怪しい記憶だけど、確か十八階層だったか十九階層だったはず。
でもここ五階層。
なぜ二十階層付近の魔物がこんなところに。
「迷宮では十年くらいに一度、低階層にあのような高位の魔物が沸く事があるのじゃ」
「そんな話聞いたこと無いよ!?」
「そりゃリリスはまだ冒険者暦一年の初心者じゃからの。とにかくお前さんらは逃げて応援を呼んで来てくれんか。その間、わしはあやつを何とか抑えておく」
「そんな無茶な!」
「いいからさっさと行くのじゃ!」
エレンドさんはC+ランクで、あの魔物はBランク。
どう考えても一人で押さえ切れるような相手じゃないはず。
かといってここは五階層。
応援を呼ぶにしても、この階層にいる冒険者はボクたちと差ほど変わりないランクだ。
「ふむ。来ないのか? ならばこちらから行くとしよう」
「さっさと行ってくるのじゃ!」
迷っている間に、魔物……幻影騎士が再び襲ってきました。
それを迎え撃つエレンドさん。
「リリスちゃん! 早く誰か呼んで来よう!」
「あ、うん」
……どうしよう。
ボクは氷系の魔法が得意だ。
でも不死には氷系の魔法は効果が薄い。
あれにダメージを与えられるくらいの氷系魔法は一つ知ってはいるものの、威力が大きすぎて使いづらい。
エレンドさんの言うとおり、二人で誰か呼びに行ったほうが確かに効率的だ。
……しかし。
幻影騎士は、倒れている冒険者から剣を奪い取って、激しくエレンドさんを攻めています。
防衛一方のエレンドさん。
元々重戦士は守る事に特化した職業ですから、あのままではジリ貧です。
応援を呼ぶにしても、時間がかかるし、その間エレンドさんが持つ可能性は低い。
「リティは上に登る階段に行って! 運が良ければ、高位冒険者が通るかもしれないから。五分待って誰も通らなかったら、とにかくたくさんの冒険者を呼んで来て!」
「え? リリスちゃんはどうするの?」
「ボクは……エレンドさんをフォローする。あのままだとエレンドさんが危険だ」
魔弓士のリティでは、あれだけ接近戦をしていると狙いが定まりません。
最悪エレンドさんに矢が当たるかも知れない。
それならばリティが誰かを呼びにいったほうが良いし、ボクより速く走れるから適任です。
そしてこれから使うボクの魔法は少し大きいやつだから、リティがそばにいると使いにくい。
万一ボクの魔法が失敗したとしても、リティが誰かを呼んでくれば何とかなるはず。
たとえEランクの冒険者だって五十人くらい集まれば、Bランクの魔物を倒せなくても逃げさせる事はできるでしょう。
だってあいつは知性を持っている。という事は自分が不利と悟れば逃げるはず。
「……うんわかった。リリスちゃん、気をつけてね」
「リティも途中にいる魔物に気をつけて」
リティはボクの考えを読んだのか、何も理由を聞かず走っていってくれました。
さて、エレンドさん。ボクは少しだけ怒っています。
エレンドさんの今やっている行為は、先日ボクがリティに対してやったことと同じ。
一人だけ残して行くなんてダメです。
仲間ならやっぱり一緒に戦わないとね?
<凍える魂、堅牢なる盾、纏う風>
突き出した両腕に文字が集まり、魔方陣を描いていく。
「馬鹿もん! さっさと逃げろと言ったではないか!」
ボクの唱えている呪文が聞こえたのか、エレンドさんから罵声が飛んできました。
でもそんなの無視です。だって彼もおしおきの対象ですから。
<悪しき力から守る氷河、氷の盾!>
ボクの呪文が完成すると、魔方陣から白いふわふわとしたものが飛び出し、エレンドさんに纏わりついていきました。
「ぬっ、これは?」
氷の盾。冷気を纏わりつかせ周囲の動きを阻害する魔法。
「ほぅ、氷の盾か。だが不死たる俺には効き目はないぞ?」
小馬鹿にしたような口調で話す幻影騎士。
確かに不死には、凍りつかせるくらいの冷気でないと効き目はありません。
しかし氷の盾には、もう一つの効果があります。
それは、寒さに対する耐性。
そう、これで遠慮なく氷の魔法をぶっ放せます!
「エレンドさんごめんね。頑張って耐えて!」
「むっ? な、何をする気じゃ?!」
ボクの不穏な気配を感じたのか、焦るエレンドさん。
でもあれだけガチガチに鎧を着込んでいるし、尚且つ氷の盾もついています。
一発二発当たったところで、大したダメージにはなりません。
……多分。
<凍える魂、凍れる雹、凍てつく風>
ボクが詠唱すると、風など通らない迷宮の通路に、不気味な冷たい風が拭き始めました。
その風は徐々に音を立て、ボクの両腕の先に竜巻を形作っていきます。
「ま、まて。まさかわし諸共やる気か?!」
「なっ、貴様。仲間ごと!?」
思わず攻撃を止めたエレンドさんと幻影騎士。
二人ともボクの作った竜巻を凝視しています。
<生み出せ冷気の積乱雲、氷の刃よ嵐となりて切り裂け>
詠唱と共に竜巻は肥大化していき、天井まで届く高さになりました。
さらに竜巻の内部には氷の刃が凄まじい勢いで回転しています。
いくら氷に耐性のある不死とはいえ、肉体がある以上この竜巻に当たれば細切れになるでしょう。
「か、考え直すのじゃ!」
「こ、この魔法使い狂ったか?!」
<吹き荒れよ凍れる嵐>
詠唱が完成したボクは顔を上げて、ニヤリと二人に笑いました。
その笑みをみた幻影騎士は「つ、付き合いきれんわ!」と言い放って一目散に逃げていきました。
「エレンドさん、どいて?」
そう言った途端、エレンドさんは表情を変えてボクの方へとすっ飛んできました。
さあ、ボクの使える最上級の氷の魔法を喰らえ!
<氷の嵐!>
エレンドさんがちょうどボクの隣に来た瞬間、呪文を解き放ちました。
凄まじい音を立てて、手の先に生まれた竜巻が勢い良く噴出して、逃げて行った幻影騎士を追いかけていきます。
ちなみに、アレ追尾型です。
あとは、他の冒険者に当たらない事を祈りましょう。
はるか遠くのほうで幻影騎士の甲高い悲鳴が上がるのを聞きながら、ボクは箒型の杖の先端をとんっと床に下ろしました。
前半普通に戦闘シーン書いていましたけど、後半なぜか別作品のノリになっていました。
なぜだろう……。