第三十九話「呼び止め」
勉強を開始して一時間が経過した。俊樹は、数学のプリントを五枚で残り三枚。音葉は、英語のプリント三枚で残り一枚。二人とも宿題に集中しているため開始してから一言も会話をしていない。聞こえるのは、問題を解く時のシャーペンが走る音のみ。向かい合う二人だがほのかに、音葉の方からシャンプーの香りがする。俊樹は、元々数学が得意なため苦戦することは、ないと思っていたが。ピタリと手が止まった。それから考えること約20分。全然手が動かない。俊樹は、意を決して音葉に聞くことにした。音葉は、スラスラと英語の長文を訳していた。
「……あの。音葉先輩」
何故か小声になってしまう。俊樹の呼びかけに手を止めた音葉。
「ん?どうしたの?」
「ちょっと、この問題が分からなくって」
すると、スッと立ち上がり俊樹の隣に座る音葉。俊樹は、ドキッとして同時に音葉のシャンプーの香りが濃密に感じる。
「どれ?」
長い髪を手慣れたようにかき上げ、綺麗な形をした右耳が姿を現した。
「あ、えっと。これです」
分からない問題に指をさす俊樹。
「あぁ~。指数法則の問題ね。確かに難しいわね。じゃ、私が説明しながら一問目答えるから、そのあとやってみて」
「分かりました」
音葉が問題を解きながら分かりやすく俊樹に教える。二人の座る距離は、ほとんど無く密着状態。音葉の顔が近い。それから五分後。
「どう?分かった」
「多分大丈夫だと思います」
「それじゃ、二問目やってみて」
「はい」
音葉に教えられたように二問目の問題を書きはじめる。が、音葉は、そのまま俊樹の隣に座り続ける。集中力を維持したまま頑張る俊樹。隣にいる音葉の口から呼吸音が聞こえる。
「……これで合ってるかな」
書き終えて音葉に確認してもらう。
「……うん。合ってるよ。良く出来ました」
音葉は、俊樹の頭を優しく撫でる。
「ちょ、音葉先輩」
「あ!ごめんなさい。つい」
「いえ、でも、音葉先輩。教え方上手いですよね」
「そ、そうかな。鈴木君だからかな」
「そんなこと。音葉先輩ならいい数学の先生になりますよ」
照れて俊樹の隣から自分がいた場所に戻る。
すると。俊樹のカバンからスマホが鳴り響いた。
「あ、すいません」
鞄からスマホを取り出すと。
「あ、美咲さんからだ」
「美咲から?」
俊樹は、通話ボタンを押そうとした時。
「駄目っ!」
音葉が大声で叫んだ。それに俊樹は、ビックリした。
「ど、どうしたんですか?」
「お願い。電話に出ないで……」




