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現代小説『戦力外アイドル、トライアウトします。』

作者: 虫松
掲載日:2026/09/25

挿絵(By みてみん)

主人公は元プロ野球監督、黒田鉄平・52歳。


プロ野球の世界で二十五年以上を過ごしてきた男である。現役時代は決して華のある選手ではなかった。


引退後はコーチ、二軍監督を経て、一軍監督まで務めた。


スター選手を育てた名将ではない。


黒田についた異名は、


「再生屋」


怪我で成績を落とした選手。


若手にポジションを奪われたベテラン。


他球団を戦力外になった男。


そんな選手をトライアウトや解雇や戦力外で拾い、使い道を見つけ、もう一度グラウンドへ送り出す。


それが黒田の仕事だった。


だが三か月前、球団フロントとの対立で野球監督を辞任した。


そんな自分のもとへ突然届いた依頼が、


『アイドルグループのプロデューサーをしてほしい』


だった。


黒田は肩に掛けていたショルダーバッグを持ち直した。


「……どう考えても人選ミスだろ」


そう呟きながら、自動ドアをくぐった。


事務所の奥では、一人の男が待っていた。


スターライトプロダクション社長、須藤孝之。


六十歳を過ぎた小柄な男で、黒田を見るなり深々と頭を下げた。


「黒田さん。来ていただいてありがとうございます」


「まだ引き受けた覚えはない」


「まず見ていただきたいんです」


須藤はそう言って、奥の扉を開けた。


黒田は足を止めた。


広いレッスン場。


そこに、彼女たちがいた。


十人


二十人


いや、もっといる。


「……何人だ」

「三十人です」


全員が黒田を見ていた。


衣装も髪型もバラバラだった。


王道の白いアイドル衣装を着た女。


黒を基調とした衣装で腕を組んでいる女。


ピンクのリボンを髪につけ、隣の女と何かを囁き合っている女。


眼鏡を掛け、ノートを抱えている女。


その中に一人、少し離れた場所で俯いている女もいた。


須藤が小声で説明する。


「全員、一度は芸能界で問題を起こし失敗しています」


黒田が振り返る。


「失敗?」


「薬物に手を出した元センター。元地下アイドル。大手事務所の研究生。グループを解雇された者。炎上して活動を休止した者。人気グループにいたのに、最後まで人気が出なかった者……」


黒田はもう一度、三十人を見る。


なるほど。


表情を見れば分かる。


自信満々な者はほとんどいない。


強がっている。

警戒している。

怯えている。


そして何より、

ここにいる全員が、一度「選ばれなかった顔」を知っている。


黒田には、その顔に覚えがあった。


毎年秋。

球団事務所。

契約更改。

そして戦力外通告。


野球選手が同じ顔をする。


「それで、俺に何をしろと?」


須藤は答えた。


「この中から七人を選んでください」


「七人?」


「新しいアイドルグループを作ります」


部屋の空気がわずかに揺れた。


三十人も、すでにその話を聞かされているらしい。


「うちは今、かなり厳しい経営状況です。このまま全員を抱えることはできません」


黒田の目が細くなる。


「つまり?」


須藤は言いにくそうに視線を落とした。


「残れなかった子は……契約終了もあります」


レッスン場が静まり返った。


一人の少女が拳を握った。

別の少女は唇を噛む。

黒田は彼女たちの表情を順番に見た。

そこで初めて理解した。


これはただのオーディションではない。


彼女たちにとっては、

契約更改だ。


「分かった」


黒田はバッグを床へ置いた。


「まず見せろ」


歌唱審査から始まった。


一人目。

上手い。


黒田に音楽の専門知識はない。それでも、普通の人間より遥かに歌えることくらいは分かる。


二人目。

さらに上手かった。


三人目。

高音がよく伸びる。


四人目。

ダンスを交えながらでも声が安定している。


審査員席のスタッフたちは次々に点数を書き込んでいく。


「八十六点」


「この子は歌唱力トップクラスですね」


「七人には入りそうです」


黒田は何も言わなかった。


五人目が歌う。

六人目。

七人目。


黒田の眉間の皺が、だんだん深くなっていく。


十人目が歌い終わったところで、


「もういい」


黒田は手を上げた。

音楽が止まった。


ステージ中央の少女が固まる。


「え?」


スタッフも須藤も黒田を見る。


「黒田さん、まだ二十人残ってますが」


「歌はもういい」


一人の少女が立ち上がった。


長い黒髪。黒い衣装。


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味だ」


「歌を聴かないで何を審査するんです?」


今度はピンクの衣装の少女も声を上げる。


「七人選ぶんですよね?」

「ああ」

「だったら最後まで見てください!」


何人かが頷いた。


当然の反応だった。


黒田は机の上にあったペンを一本取り、ホワイトボードへ歩いた。


そして大きく四つの枠を書いた。


一つ目。

《一軍 七人》

二つ目。

《二軍 七人》

三つ目。

《育成枠》

最後。

黒田は少しだけ手を止めた。

だが、そのまま書いた。

《戦力外》


ざわっ、と空気が震えた。


「……戦力外?」


「何、それ……」


「アイドルですよ?」


眼鏡の少女が呆然とホワイトボードを見つめる。


ピンクの衣装の少女は椅子から立ち上がった。


「ふざけないでください!」


黒田は振り返る。


「何がだ」


「アイドルに一軍とか二軍とか、意味分かんないです!」


「じゃあ今まで、お前たちは何で選ばれてきた」


少女が言葉に詰まる。

黒田は続けた。


「歌か?」


誰も答えない。


「ダンスか?」


沈黙。


「顔か。フォロワー数か。チェキの売上か」

何人かが俯いた。


そこには、明らかにその言葉に傷ついた者もいた。


「俺はアイドルのことは何も知らん」


黒田は言った。


「曲も知らん。振り付けも知らん。誰が人気なのかも知らん」


「じゃあ何で監督なんですか!」


「俺が知っているのはチームだ」


黒田はホワイトボードに簡単な野球のダイヤモンドを描いた。


「野球で一番ホームランを打つ九人を集めれば最強チームになると思うか?」


少女たちは黙っている。


「ならん」


黒田は即答した。


「出塁する奴がいる。送る奴がいる。走れる奴がいる。守れる奴がいる。試合の流れを変える奴もいれば、最後の一球を任せられる奴もいる」


そしてホワイトボードの《一軍七人》を叩いた。


「歌が上手い順に七人並べても、チームにはならん」


黒髪の少女が腕を組んだまま尋ねた。


「じゃあ、何を基準に選ぶんです?」


黒田は三十人を見渡した。


最前列。


強い目で睨み返す女。


不安そうに手を握る女。


泣きそうなのに必死に耐えている女。

一度夢に敗れ、それでもここまで来た三十人。


黒田は、不思議と嫌いではなかった。

むしろ知っている。


こういう連中を


才能がないと言われた。


数字を残せなかった。


もう若くないと言われた。


「お前には居場所がない」と宣告された。


それでも諦め切れず、泥だらけになってトライアウト会場へやって来る選手たちを。

黒田はペンの先を三十人へ向けた。


「俺はセンターを探してるんじゃない」


誰も動かなかった。


「勝てる打線を作る」


少女たちの顔から、先ほどまでの怒りが少しだけ消えた。


代わりに浮かんだのは、戸惑いだった。

黒田は続ける。


「今日から三日間。歌、ダンス、MC、自己PR、チームワーク。全部見る」


須藤が驚く。


「三日間?」


「ああ」


「そんな話、聞いてませんよ」


「今決めた」


そして黒田は、三十人へ背を向けてホワイトボードに大きく書いた。


《アイドル・トライアウト》


「今までの実績は一回捨てろ」


黒田が言う。


「元センターも、元研究生も、人気最下位も関係ない」


一人の少女が顔を上げた。


先ほどからずっと俯いていた、青と白の衣装の女だった。


黒田はその視線に気づいた。


「ここで使える奴を、一軍に入れる」


「……使える?」


「そうだ」


黒田は振り返った。


「お前たちが、自分でも気づいていない武器まで見る」


レッスン場を照らしていた照明が、少しだけ眩しく見えた。


誰かが息を呑んだ。


黒田は三十人の顔を見渡した。


そして、低い声で言った。


「見せてみろ」


一拍。


「お前たちの価値を」


その瞬間


ただのアイドルオーディションは終わった。


そして芸能界では前例のない、


三十人の《アイドル・トライアウト》が始まった。


続く

漫画化しました。

https://rookie.shonenjump.com/series/TWpXKpYzicI

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