サラリーマンと女子高生
同じ毎日を繰り返している。
電車を降り、改札を抜け、いつもの道を徒歩で家へ帰る。
目にする景色はいつも同じだ。
たまに新しい店が建ったりはするが、それもいつかしらいつもの景色に紛れて色を薄くする。
帰宅したら家ブタと化した妻のぶよぶよした肉を見ながら飯を食う。
あんな汚いものを見ながら、よく完食できるものだと我ながら思う。
そんなことを考えながら、いつもの夕暮れる道を歩いていると、女の子の会話がふいに耳に飛び込んできた。
「おわびチキンが食べられる店、できたってよ」
「えー! ほんと? おわびチキン食べたい」
──おわびチキン?
なんだ、それは……
見るとコンビニの前にたむろして、四人の女子高生がそれについて会話を交わしていた。
私はそれが気になって仕方がなくなってしまった。
ろくでもないもののような気がする。
何か失礼なことをしてしまったおわびのチキンなのなら、まずは失礼なことをされないと食べられないもののような気がした。
しかし逆に、失礼なことさえされればそれが無料で食べられるとかなのであれば、食べてみたい気もする。少なくとも妻が作るいつもの手抜き料理よりは元気の素になってくれるもののはずだ。
「おわびチキンって何?」
つい、私は女子高生たちに話しかけていた。
女子高生たちが不審者を見るように振り向いた。
それぞれ口に緑色の見慣れぬ物体をぶら下げていた。
チューペットに見える。あるいはポッキンアイス、もしくはカンカン棒、果ては沖縄でいう『ミッキー』だろうか? 全国のひとにわかる言い方をするならば。いや、それにしてはやたら巨大で、女子高生の口から緑色の内臓が飛び出しているようにも見えた。
「そ、それは……何を咥えているの?」
何も言わずに女子高生たちは、ただ私をじっと見る。
人間的な感情を窺わせない目で、まるで宇宙人のようだった。
やがて一人の子が、口から緑色のものをぶら下げたまま言った。
「おじさんには関係ねーよ」
そしてまた、何事もなかったかのように、四人だけの世界で姦しい会話に戻る。
ここは──どこだ。
ほんとうに、地球なのか……
スマートフォンを開き、自分で調べてみることにした。
『おわびチキン』と窓に入れ、検索してみると──
>「おわびチキン」とは、主にコンビニやファストフードチェーンで鶏肉商品に不備があった際、公式サイトやプレスリリースで発表される「お詫びとお知らせ(商品回収など)」を指すインターネットスラングです。
実在した。
実在するとは思わなかった。
なるほど……
それが『食べられる店』ということは、やはり何かやらかしてしまった店なのだろう。調理不良か何かでお肉がパサパサだったとか、何かが混入してしまっていたとか──
しかし、それが『食べられる店』とは、何だ。
そういうのはまず、不備のある商品を食わされる必要があるのではないのか? それともそういう不良在庫を格安で提供している店があるのか?
どうしても気になった私は、踵を返し、コンビニ前へ戻ると、女子高生たちはまだそこにたむろしていた。
『おわびチキンって、何なんだ?』と、声をかけるより前に、彼女たちの会話が私の耳を釘付けにした。
「とぐろ巻きも食べたいよねー」
「あたし、あみだドリンクも飲みたい」
「こほうぎこなたの最新巻、読んだ?」
だめだ。
ジェネレーション・ギャップを感じた。
彼女たちとはけっして話は噛み合わない──そんな気がした。
いや、同じ人間なのだ、言葉が通じないわけはない。そう自分を奮い立たせながら、声をかけてみることにした。
何より、そこにいつもの日常から抜け出せる、新しい世界があるように感じたのだ。
「ねぇ、君たち、ちょっと教えてほしいんだけど……」
私が声をかけると、四人がいっせいにこちらを振り向いた。
口からはさっきの緑色の巨大チューペットではなく、何か赤黒い、長い舌のようなものがぶら下がっていた。
威嚇する犬のように私を見ている。
「おわびチキンって……」
怯まずに話しかけると、四人はものすごい速さで逃げ出した。
「ただいまー」
家に帰ると、飛行機が飛ぶ真似をしながら、娘の愛香が迎えに飛んできた。
「パパ、おかえりー!」
小学校二年生──
そんな設定の、私のイマジナリー娘だ。
実在はしていない。
食卓に行くと、妻が大根の葉っぱの煮物を用意してくれていた。飲み物はいつもの通り、麦茶だ。
妻は居間で寝転んでスマートフォンを見ている。
「いただきます」
私は両手を合わせ、妻のぶよぶよした後ろ姿を眺めながら、今日も晩飯を完食する。
おわびチキンを笑顔で食べる、あの女子高生たちを思い浮かべながら──




