↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
PR

わんこ系イケメン冒険者を甘く見てはいけない【異世界BL】

掲載日:2026/08/20




 決して油断してはいけなかった。


 平和と危険が常に隣り合わせのこの世の中。



 自分の身を守れるのは、自分だけだ。




***



 冒険者ギルドでの勤務中。


 依頼掲示板(クエストボード)に新しい依頼書を貼っていると、腰を両手で掴まれた。


「ロイ~、次のクエストちょうだい」


 耳元で低く甘えるような声が聞こえた。後ろを振り向けば、目を細めて無邪気に笑う長身の青年が立っている。


「なんだ、レオンか。え、もうあの依頼終わったの??」


 俺は青年の手をやんわりと腰から外しながら声をかけた。


「うん、そう。楽勝だった!」


 行き場をなくした男の手は一瞬だけ宙に浮き、次の瞬間には、ビシッと俺へ向けてピースサインを決めていた。得意げに笑う青年の笑顔は太陽のように眩しい。


 レオン・ブラウトは、このギルドに通う冒険者の中で間違いなく一番と言えるほどのイケメンで、現在Bランク。このままいけばAランク到達は確実とされる、目覚ましい勢いで成長を続ける将来有望な若手冒険者だ。

 オレンジと桃色が溶け合った柔らかい淡い髪をなびかせるレオンは、春の陽だまりを思わせる穏やかな雰囲気をまとっていた。気さくで親しみやすく、男女を問わず人気があった。


 そんなレオンが、俺に期待の眼差しを向けてきた。「褒めて、褒めて」と目が訴えてくる。


「すごいよ、レオン」


 そう言ってあげると、嬉しそうな笑みを浮かべて勢いよく抱きついてきた。まるで大型犬のようだ。


「ちょっと近いって」


 俺は苦笑いしながら、レオンを慣れた手つきで引き剥がす。なぜかよくこうやって急に抱きついてくるんだよなあ。テンションが上がってついやってしまうんだろうけど、そこ触るか?というような場所にまで手が伸びることもあるから焦る。

 しかも俺にばっかり触ってくる。周りからすると、レオンは俺にだけ特別懐いているらしい。


「ねえ、おすすめのクエスト教えてよ」


「帰ってきたのにもう次を受けるのか?頑張り屋だなあ」


 素直で明るく、昇格を目指し一生懸命クエストに取り組むレオンを、ついつい褒めて可愛がってしまう俺のせいでもあるかもしれない。


 ギルド職員として忙しなく働く俺と、順調にクエストをこなし、実績を積み上げていくレオンはプライベートでの関わりはないけれど、冒険者ギルドでこれからもほどよい距離感を保ちながら仲良くやっていくものだと信じて疑わなかった。


 

 

「ロイ、これあげる」


 Aランク昇格へと近づいてきたある日、クエストから戻ってきたレオンはいつになく真剣な表情をしていた。少し気にはなったものの、仕事が忙しい時間帯だったので詳しい話を聞けないまま時間が過ぎていった。

 そして仕事を終えた帰り道に、彼に呼び止められた。普段と変わらない笑顔に安堵したのも束の間、レオンは俺の手に何かを握らせてきた。



「え、っと、腕輪?」


 渡されたのは、中央に青い魔石が埋め込まれている金色の腕輪だった。


「俺はこっち」


 戸惑っているとレオンが自身の手首に嵌(は)めた腕輪を見せてきた。同じデザインで、そちらには中央に赤い魔石が埋め込まれている。


「なんで俺に?女性に渡したほうがいいんじゃないか?」


 困惑しながら腕輪を返そうとすると、レオンは俺の手をそっと優しく押し返した。そのまま両手で包み込むように握ってくる。


「ロイにつけて欲しい」



 困った。冒険者ギルドの規則からすると、職員が冒険者から贈り物を受け取ることは望ましくない。特定の冒険者の特別扱いや優遇を疑われかねないからだ。職員は中立の立場でいることが求められる。


 ただし、実際のところはグレーな扱いだった。

 現実には見逃されることも少なくない。


 でもな……



「やっぱり贈り物はちょっと…」


 そう言って再び返そうとすると、太陽みたいな笑顔がしぼみ、悲しそうに眉尻を下げて耳と尻尾が垂れたように明らさまにしょんぼりした。


 あまりの落ち込み具合に、断るのが申し訳なくなった。大型犬のようなイケメンが縋(すが)るような目で俺を見つめてくる。俺はレオンと腕輪を交互に見ながら考えを巡らせる。


 レオンは良いやつだし、贈り物をしたからといって何か特別に配慮してくれというような邪(よこしま)な考えはないだろう。純粋に俺に渡したいんだと思う。おそろいなのは謎だけど。


「えっと、分かった…。貰うね。ありがとう」


 俺は結局、レオンのまっすぐな瞳に絆(ほだ)された。


「やった!じゃあ腕につけてあげるね!」


「え?今?」


 家に置いておこうと思ったが、レオンに腕輪を奪い取られ、即座に俺の手首へと通された。あまりに一瞬のことで反応する間もなかった。


 …まあ帰ったら外せばいいか。


 そうのんびり構えていると、何を思ったのかレオンが俺の腕輪に埋め込まれた魔石と、自身の腕輪の魔石を合わせる。


 すると2つの魔石がまばゆい光を放った。眩しさに目を細める。



 どういう仕組み?と訝(いぶか)しんでいると、しばらくして輝きは収まった。

 レオンは上機嫌で自分の手首についた腕輪を眺める。


「ロイがつけてくれて嬉しい。俺さあ、この日をずっと楽しみにしてたんだよね」


「えっ?」


「ロイによく似合ってる」


 いつもと変わらない笑顔だ。けれど、

 無垢で穢(けが)れのないと思っていたレオンの瞳の奥をよく見たら、一瞬濁(にご)ったものが見えた気がした。



 俺はどこか不穏な気持ちになり、「そ、そろそろ帰るね」とぎこちなく笑いながら、少しずつ距離を取った。レオンは笑顔で手を振ってきた。俺も平静を装って振り返し、逃げるようにレオンの前から足早に立ち去った。


 やっぱり受け取るべきではなかったか?

 いや、しかし、あいつに限って俺を悩ませる真似をするわけがないよな。


 ずっと前から俺に何か贈りたかったのかな。世話になっているお礼のつもりだろうか。ギルド職員として当然のことをしているだけだし、気を遣わなくていいのに。真面目というか、律儀というか。


 もやもやした気持ちを抱えたまま俺は家路についた。このときの俺はレオンの様子に言い知れぬ不安を感じながらも、この贈り物をただの善意だと受け止めていた。



 帰宅後、簡単に夕食を済ませる。それから湯に浸かろうとシャツを脱いだ。

 その際に腕輪を外そうと、腕輪に指をかけ、手首から抜こうとした。だが…



 ―――外れない。


 腕輪は肌に吸い付くようにピッタリと密着し、ぴくりとも動かない。手で強く押してもビクともしなかった。


 なんだ??全然取れないじゃないか。


 仕方なく、腕輪が湯に当たらないように慎重に体を洗うしかなかった。就寝前にも頑張って外そうと試みたが、結果は同じだった。


 レオンはなんてものを渡してきたんだ。腕輪を見つめてため息が漏れる。朝起きても外れる気配はなかった。


 幸い、職員の制服を着れば腕輪はシャツの袖にすっぽり隠すことができた。ひとまず人目につく心配はなさそうだ。特殊な外し方があるのだろうか。レオンに会ったら聞いてみよう。俺は一旦、腕輪を外すことを諦めて職場に向かった。

 



「マークさん、Dランクの昇格試験についてなんですけど…」


 ギルドのロビーで冒険者に声をかける。もうすぐ昇格試験の季節がやってくる。受験者の確認や、試験の準備を着々と進めていた。


 時折雑談を交えながら、ギルド内にいる昇格候補者たちの参加状況を確認していく。試験について相談に乗ったり、自信がない冒険者に昨年の資料を渡し、励ましの言葉をかけたりと動き回っていた。


「緊張しますよね。でも、真面目に頑張ってるミゲルさんなら大丈夫ですよ!会場は~で、日時は……」


 昇格試験が初めての冒険者に試験の詳細を丁寧に説明していると、急に、体に異変を感じた。



 ……ん?


 背中を強く引かれるような感覚に襲われ、後ろへよろめいた。


「どうしたんですか??」


「あ、え、ちょっと、あれ?」


 会話をしていた冒険者からなぜか体が遠ざかっていく。ひとりでに足が動き、引っ張られるようにギルド内を歩かされる。そして何かに当たってようやく止まった。なにがなんだか分からないまま首だけ動かすと、見上げた先には目を細めて笑うレオンの姿があった。


「ロイ、おはよう」


「お、おう」


 なんで俺はこいつのそばに来ているんだろう…。


 思考が追いつかずレオンを凝視すると、いつにも増して嬉しそうに頬を緩ませていた。困惑しながらも、触れ合っている腕に目線を落とす。思った以上に近くに寄っていて、慌てて距離を取った。


 それから自分の体を確かめるように触れた。まだ妙な感覚が抜けない。先ほどの出来事がとても信じられなかった。勝手に体が動くなんて一体何が起きたというのだ。



「あ、そうだ。レオン、腕輪ってどうやって外すんだ?」


 しばらく体に異常がないことを確認していたが、ふと尋ねたかったことを思い出した。俺は背伸びをしてレオンの耳元に顔を寄せ、小さな声で話しかけた。



「外そうとしたの?なんで?」


 レオンは少し険しい顔をした。初めて見る表情に一瞬たじろぐ。


「えーと、ほら、風呂に入る時とか困るだろ」


「心配しなくていいよ。水に濡れても問題ないから」


「そうなのか…。でも外し方は教えてくれ。このままじゃ職場でもつけることになってしまう」


「いいじゃん。目立たないし大丈夫だよ」


 レオンはそう言って俺のシャツの袖越しに、腕輪がついた手首に触れた。


「それはそうだが…俺は今までアクセサリーをつけたことがないし、職場では外しておきたいんだ」


 触れられている手首をそっと引いた。レオンの手が離れる。俺はシャツの上から腕輪を落ち着きなく触る。


「外し方分かんないんだよね」


 レオンはあっけらかんと答えた。


 なんだと……?



「なんでそんなものを渡してきたんだ…!」


 語気を強めてレオンを問い詰めた。考えなしの行動に呆れ返る。


「ずっと夢だったんだ。だから、ロイに腕輪をつけてもらえて最高に嬉しい」


 満面の笑みでさらりと答えた。悪びれる様子は一切ない。それどころか俺の想像の斜め上をいく言葉が返ってきて動揺する。


 まさか…この腕輪にそこまでの強い思い入れがあるとは。



「そ、そうか。……だが、それならなおさら大事に扱わないといけないだろ。職場では傷つけてしまうかもしれない。身につけないほうが安全だ。外し方を調べてくれないか?」


「これは強力な魔法で守られているものだから壊れることはないよ。だから外し方なんて知らなくていい。ロイには、ずっとつけていてほしいんだ」


 柔らかな口調とは裏腹に、言葉には一切の迷いがなかった。


 一歩も引かないレオンに呆気にとられた。これだけ言っても頑なに願いを聞き入れようとしないなんて。こいつは素直な性格なので俺の言葉をすんなり受け入れてくれると思っていたのに。


 どうしたら説得できるか考えあぐねていると、突如として得体の知れない違和感が全身を包み込んだ。


 少し前にも感じた、体を支配されるような感覚。なぜか俺の意思を離れて、手や足が勝手に動き始めた。止めようにも止められない。俺の体は隣にいるレオンへと近づいていく。

 そして、気づけば俺はレオンに抱きついていた。



「あれ、どうしたの?レオンにくっついちゃって」


 同期の女性職員であるソフィアが不思議そうな顔で声をかけてきた。彼女だけじゃない。ギルドにいる数人の視線がこちらに集まっていた。


 俺自身どうしてこんなことになっているのか全く分かっていない。しかし傍から見れば俺は、男に抱きついている奇妙なギルド職員にしか見えないだろう。冷や汗が垂れる。こんな人の目につくところで、俺の体は何をやっているんだ??このままでは変な誤解を生んでしまう…!



「い、いや、これはだな…ちょっと躓(つまず)いただけだっ。レ、レオン、悪いな」


 適当に言い訳をしながら、俺は必死で体を離した。操られているような感覚はいつの間にか消えていた。


 「なんだ、そういうことか」と皆納得したように笑い、それ以上気にする者はいなかった。


 平然を装いその場を笑って切り抜けたが、内心ではひどく動揺していた。何が起きたのか理解できない。怖い。仕事中だというのに今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。抱きついてしまったレオンとも気まずくて顔を合わせてはいられず、適当におだてながら次のクエストを勧めて早々に帰ってもらった。


 話の途中だった冒険者に謝り、また体が勝手に動き出すのではないかとビクビクしながら業務を再開した。

 その後は何事もなく仕事に没頭し、体のことはすっかり頭から抜け落ちていた。




 仕事が終わってギルドを出ると、建物近くにレオンが立っていた。

 今朝のことを思い出した俺は、すぐさまレオンに駆け寄った。


「なあ、今日抱きついてごめん。少しフラついただけで、あれは事故だ。変な意味はないんだ」


 レオンは一瞬きょとんとしたあと、何かを察したようにくすくすと笑った。


「あは、ロイ気にしてたの?もしかしてあれからずっと俺のこと考えてた?ふふ、可愛いなあ」


 楽しそうに目を細め、俺の顔を覗き込む。


「か、かわっ…?」


「見て、唐揚げ買ってきたんだ。一緒に食べようよ」


「え?あ、ああ……」


 おかしな言葉を言われた気がしたが、目の前に差し出された食べ物があまりに美味しそうでそちらに意識が集中した。お腹がすいていた俺は、考えるより先に頷いていた。


 レオンの提案で広場で食べることになった。夜なこともあり、広場には誰もいなかった。街灯の柔らかな明かりがベンチを照らしている。


 ベンチに腰掛けると、十分なスペースがあるにもかかわらず、レオンは俺のすぐ隣に座った。太ももがぴったりと触れ合う。

 距離が近いな……。


 気になりつつも空腹には勝てず、冷めないうちに魔鶏の唐揚げを口に運ぶことにした。


「!これ美味しいな。…あ、そうだ。お金これで足りるか?」


「え、要らないよ。ロイが喜んでくれるだけでいいのに」


「いやいや。こういうのはちゃんとしておかなきゃダメだ。いいか、レオン。お金を気前よく使いすぎるなよ」


 強引にお金をレオンの手に渡した。腕輪は受け取ってしまったが、ギルド職員と冒険者の間で貸し借りはあまりしたくない。後々のトラブルにつながる可能性がある。たとえ相手が人の良いレオンだとしても、そこはきちんと一線を引いておくべきだ。

 レオンにも注意しておく。こいつの善意が悪いやつに利用されないか心配だ。油断していると痛い目に遭うからな。



「ご馳走様。ありがとな。ん?もうこんな時間か。夜も遅くなってきたし、そろそろ帰るか」


 広場の時計を確認した俺はベンチから立ち上がると、レオンに向き直った。俺より先に食べ終えていたレオンは、のんびりとベンチに腰掛けたままだ。まだ動く気配はない。

 疲れたのか、それとも居心地がいいのか。俺は首を傾げながら次にどういう声をかけようかと考えていた。


 その刹那、体に妙な違和感が走った。グググッと、目の前の男に引き寄せられる。



「うわっ」


 引っ張られる勢いに抗えず、レオンの膝の上に向かい合う形で乗ってしまった。


「!?ご、ごめん、今すぐ降りっ…」


 全然思うように体が動かない。まるで磁石のようにレオンにくっついてしまう。頭の中は完全にパニックになり、大量の「??」で埋め尽くされる。


 な、なんだこれは……!!



 ベンチの背もたれに手をつき、体を支えながらなんとか離れようとするが、目に見えない力によって引き戻される。レオンはそんな俺に驚くどころか、うっとりした様子で俺を抱きしめた。


 筋肉質な腕が腰に回り込み、体を密着させられる。レオンは俺の胸元に顔を埋(うず)めた。何をやっているんだこいつは。俺はますます混乱した。



「はあ…こんなに効果があるなんて…苦労した甲斐がある」


 聞き逃せない一言が耳に飛び込んできた。


「は?おい、レオンっ、どういうことだ!なにかしたのか!?」


 声を上げながら腕の中でもがくが、俺の体はまるでレオンに媚びるようにぴったりと吸い付く。


 レオンは身動きができずに取り乱す俺を気にすることなく、頬を擦り合わせてきたり、首元の匂いを嗅いだりしてきた。


「おい、やめろ!俺に何をした?変な技でも使ったのか!?ふざけるのはよせっ」


 俺は懸命に言葉を投げかけ、レオンを止めようとする。


「何したもなにも……腕輪を貰ってくれたのはロイだよね?」


 レオンは少しも動じることなく、穏やかな笑みを浮かべた。


 俺は弾かれたように手首へ視線を落とした。袖を捲り上げ、そこにある腕輪を確認する。



 思えば、これをつけてからだ。体に異変が起きたのは。


 …これが原因なのか?



 街灯の明かりに手首をかざし、腕輪をまじまじと見つめた。どこかのお店で何気なく売られていそうな金色の腕輪。見た限りでは特におかしなところはない。ただ、外れないという点だけは気になっていたが…。


 腕輪の嵌(はま)った俺の手首を引き寄せ、レオンは愛おしそうに頬擦りした。



「これはね、レアアイテム【相愛の腕輪】。


 2つの腕輪が対になっていて、それぞれを身につけた者同士を繋ぐんだ。たとえ2人が離れていても、お互いを求め合い、体を引き寄せ合う。そんな神秘的な力を宿した特別な腕輪なんだよ」



 ……一瞬、言っている意味が理解できなかった。


 相愛の腕輪?

 体を引き寄せ合う?


 聞こえてきた言葉を、一つ一つ頭の中で噛み砕いていく。そうするうちに、嫌でも認めたくない真実にたどり着いてしまった。

 嘘だろ……?

 俺の体はこの腕輪に操られていたのか!?


 みるみるうちに顔が青ざめていく。腕輪をガッと鷲掴み、無我夢中で引き抜こうとした。


「無駄だよ。腕輪を身につけて魔石同士を接触させると光が生じて、契約は完了。外すことはできない」


「は…?」


 レオンが涼しげに言い放った言葉から、忘れていた記憶が蘇る。――赤い魔石と青い魔石が触れ合い、光り輝いたあの瞬間が。


 俺はあのとき、それを呑気に眺めているだけだった。



「な、なんのためにこんな腕輪を俺につけたんだ!?」


「ロイはさ、よく俺に『世の中に悪いやつもいるから危機感を持つんだぞ』とか、『人懐っこいのはいいことだが気は抜くな。お前しかお前を守れないと思って用心しておけよ』とか忠告してきたよね。でも正直、俺からすればロイのほうがよっぽど心配だったよ。誰彼構わず無防備に愛想を振りまくし、人との距離も近いし…。ロイこそ、周りを警戒するべきだ。変な虫がつきそうで気が気じゃなくて、俺が守らなきゃってずっと思ってた。だからこの腕輪があれば安心なんだ。ロイの身に何かあれば腕輪が知らせてくれる。それに、こうしてロイを抱きしめられるのは俺だけだなんて嬉しいよ」


 言い終わるや否や、レオンはさらに強く俺を抱きしめた。

 

 血の気が引いていくのを感じた。胸の奥では心臓がうるさいほどに暴れている。


 レオンの言葉で俺は気がついた。

 自分がどれほど愚かな選択をしたのかを。



 冒険者は頼もしい戦力になる一方で、時には危険な存在になり得る。職員として気を引き締めて対応しなければならなかった。職員の目の届かない場所で、冒険者同士の揉め事や悪事、詐欺トラブルなどが発生することも少なくない。伸び盛りで実力者とはいえ、のほほんとして警戒心がなさそうなレオンには再三注意してきた。


 だが現実はどうだ。俺は冒険者から危険物かどうかの確認もせずに物を受け取り、そして身につけてしまった。


 警戒も、危機感もなく。


 レオンなら大丈夫。無害な相手だと思い込み、完全に油断していた。むしろ信頼できる存在だとさえ思っていたのだ。まさか俺の意思を無視して、自分の望むままに事を進めるやつだとは露ほども疑わずに。


 俺は判断を誤った。

 自分の失態に頭を抱える。


 それと同時にレオンには失望させられた。


 男の俺の身を案ずる意味が分からないし、抱きしめることの何がそんなに嬉しいのか理解できない。そしてなにより、この腕輪が人にとって危ないものだと考えもせず、その力を喜んでいることに呆れてしまう。



「お願いだ。外してくれ…!」


 レオンの肩を掴み、声を振り絞って訴えた。聞き入れてくれる可能性に縋りながら。


「話聞いてた?外すことはできないって。もう腕輪は俺たちを、永遠を誓い合って結ばれた2人だと認識している。誰にも……たとえ神であろうと俺たちを引き離すことはできないよ」


 平然と、淡々と、レオンは告げる。おかしいことなどないかのように。


「ああ、幸せだなあ…。この腕輪の存在を知った時は、夢物語かと思ったけど、それでも信じて探し続けた。諦めなくて良かったよ。こうして愛してるロイを俺のものにできた」


 レオンは嬉しそうに笑った。顔を引きつらせている俺を視界に入れているはずなのに、全く見えていないようだった。


 こいつが何を言っているのか分からない。

 愛ってなんだ。俺のものって…。一体なんの話をしているんだ。


「どうかしてるぞ、レオン…!俺はお前のものじゃないっ。そもそも、この腕輪がどれほど恐ろしい装身具なのか分かっているのか。お前のその妙にロマンチックな発想も、百歩譲って恋人関係の女の子に向けるなら分からないでもないが、それでも、これは人の体を勝手に動かせてしまうんだぞ!危険なんだよ、この腕輪は!」


 聞くに堪えなくなり、俺は怒鳴った。このままでは埒が明かない。どうにかして正気に戻さねば。


 しかし俺の必死さとは対照的に、レオンは気にする様子もなく笑う。


「ははっ、そんなに怖がる必要はないよ。これはロイを守るための物なんだ。俺からしたら危険なのは男共さ。そいつらに襲われないようにロイを守護する最高のレアアイテムだよ。それに、体が動くっていっても俺のところに来るだけだ。俺のそばにいれば安心安全でしょ?今この街でAランクに一番近いのは俺くらいだ。強さなら自信がある」


 形の良い唇から柔らかな声音が紡がれる。けれど、俺を捉える眼差しには微塵の揺らぎもなかった。狼狽(うろた)え、逃げ腰になる俺を、レオンは両腕でしっかりと抱き留めた。


 一度閉じた唇が、再び静かに開かれる。


「あとさ、さっき女がどうとか言ってたけど性別って重要かな?俺にとってロイは世界で一番可愛くて大好きで、存在がもう愛しいの。守りたいし、誰にも渡したくない。ずっと俺のものにしたくて仕方がなかったんだ。ロイはこの腕輪に今は戸惑っていると思うけど、いずれ慣れるよ。ロイにも早く馴染んで欲しいなぁ」


 甘やかな声が背筋を冷たく撫でた。


 俺を見つめる瞳には、慈しむような恍惚とした熱が滲んでいた。


 イケメンで人当たりの良いレオンは女性職員からも周りの女の子たちからも人気があり、想いを寄せる人を何人か知っていた。けれど、一介のギルド職員として冒険者の恋愛事情を詮索するようなことはなく、特に興味を持つことはなかった。


 "好き"とか、"守る"とか、そんな気持ちを男である俺に向けていたなんて気づきもしなかった。


 初めて知るレオンの想い。しかし喜びを感じる余裕などなく、レオンの言葉を聞けば聞くほど恐怖が込み上げてきた。

 こいつは自分の言動を異常だと思っていない。それどころか、俺がこのとんでもなく禍々しい腕輪を受け入れると思っている。可愛いわんころのように懐いてきたレオンが、こんな男だなんて。悪い夢でも見ているかのようだった。


 

 頭の中がぐちゃぐちゃする。衝撃と恐怖が重なり、考えることに疲れてしまった。もう説得する気力すらない。


 現実逃避したい。とりあえずレオンから離れて1人になりたかった。


 

「………家、帰る」


 震える喉から出た声は、弱々しくか細かった。


「眠たくなった?送るね」


 俺を抱き上げて地面に下ろす。レオンも立ち上がり、当たり前のように俺の手を握った。俺は恋人繋ぎになっている2つの手をどこか他人事のように見つめた。レオンが歩き出すと、俺の体は隣へぴたりと寄り添う。心とは正反対に動く体を、自分の意思ではどうにもできないことがたまらなく恐ろしかった。


 なぜか俺の家を知っているレオンを問いただす余力も残っていなかった。顔を見ずに扉を閉めると、体の力が一気に抜けた。ようやくレオンから離れることができた。



 しばらく玄関にへたり込み、放心状態になった。


 俺は……俺はどうしたらいいんだ…?



 レオンの好意に気づかなかったこと。警戒心を持たなかったこと。腕輪を受け取ってしまったこと。……後悔することが多すぎて何から悔やめばいいのか分からない。そのうえレオンに今まで注意してきたことがそっくりそのまま自分に返ってきたようで、落ち込まずにはいられなかった。


 現実から逃げるように眠っても、目が覚めると腕輪が変わらず俺の手首に嵌っていて嫌でも昨日の記憶が蘇ってきた。ひぃっと飛び起きて、腕輪を力ずくで外そうとするがどうにもならない。


 腕輪と格闘しているうちに、あっという間に始業時間が近づいてきた。やむを得ず腕輪をシャツで隠し、出勤することに。


 同僚には顔色の悪さを心配されたが努めて平静を装った。いざ仕事に取り掛かると、忙しさに追われ、腕輪の存在を意識しなくなっていた。



 しかしギルドの扉が開き、レオンが入ってきた瞬間、そのわずかな平穏はあっけなく崩れ去った。


 ドクドクと心臓が鳴る。

 そうか。仕事をしている限り、こいつと顔を合わせなければならないのか…!

 今まではなんとも思っていなかった当たり前の日常が、絶望へと変わった。


 俺は今カウンターにいるのでレオンと密着するような状況ではないことが救いだった。レオンは晴れやかな笑みを浮かべて歩いてきた。その間、職員や冒険者に声をかけられる。他の人からしたら天真爛漫で周囲を和ませる存在だろうが、今の俺からしたら恐怖の対象だった。


 レオンは依頼掲示板を眺めて1枚の依頼書を取り、カウンターで手続きを行う。女性職員がその対応を行っていたが、手続きが終了するとレオンは俺を呼んだ。体がびくりと強張った。なかなか動こうとしない俺を女性職員が首を傾げながら見てきた。まずい、仕事中だ。職員として、冷静に対応しなければ。


 震える足を動かし、彼の元へ向かう。


「ロイ、行ってくるね」


「あ、ああ…」


 レオンはカウンター越しに俺に手を振り、そのままギルドを後にした。なんだ…。挨拶だけか。


 昨日のようにまた勝手に体が動いてしまうのかと身構えていたが、何も起こらず肩透かしを食らったような気分だった。


 心臓に悪い。胸元を押さえながら深く息を吐いた。


 昨夜のことを思い出して気持ちが沈んでいた俺だったが、先輩に声をかけられ、慌てて仕事へと意識を切り替えた。

 周囲のいつも通りの雰囲気に囲まれ、心のざわつきが収まっていく。


 さすがにギルド内では周囲の目がある。ギルドにいる間はレオンも好き勝手できないに違いない。そう考えると、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。

 問題はどうやって考えを改めさせるかだ。あんな馬鹿なことを続けられたら安心して過ごすことなどできるはずがない。自分の身は自分で守らねばならない。そう頭では分かっているものの、肝心の解決策は一向に浮かばなかった。



 家で静かに考えたかった俺は、仕事を終えるとすぐに帰路を急いだ。

 しかし、そんな俺の思惑を打ち砕くようにレオンが現れた。咄嗟に逃げようとしたが、見えない糸に引っ張られるようにレオンのところへ足が向かう。待ち構えていた腕に思いっきり抱き込まれた。


「ロイ!お仕事お疲れ様!」


「ひっ…!また体が動いて…!?昼間は何もしなかったじゃないか…!頼む、やめてくれ!」


 俺は腕の中から逃れようと必死に身をよじらせるが、離れるどころかレオンの腰に腕を回し抱き返してしまう俺の体に泣きたくなった。


「俺的には四六時中くっついていたいけど、もうすぐAランクの昇格試験だから今は我慢してる。しっかり鍛えて準備しておかないと。ロイもそう言ってたでしょ?だから、腕(・)輪(・)で(・)調(・)節(・)してるんだ。昼間は急いでて、顔を見るだけでも嬉しかった。でもやっぱり会いたくなって待ってた」


「は…?は…!?」



 『腕輪で調節』――そんなとんでもワードがレオンの口から飛び出し、俺は目を瞬かせた。困惑せずにはいられなかった。レオンは構わず話を続ける。


「クエスト中さ、この腕輪でロイと繋がっていると思うと今まで以上に力が湧いてきたんだ。応援してくれるロイのおかげで俺はここまで強くなれたし、これからも大好きなロイがそばにいてくれるから俺はどこまでも頑張れそう!」


 明るく、喜びに弾んだ声が頭上から降ってきた。


 そこではっとした。


 腕輪を装着させられる前まではAランクの昇格試験の情報を集めてレオンに共有し、ギルド職員として応援していた。それ以前にもクエストを達成するたびに褒め、落ち込んでいたら元気づけ、何かと面倒を見てきた。


 俺としては他の冒険者と同じように接していたつもりだった。特に一生懸命な人は応援したくなる。レオンはその1人だった。しかし、よくよく考えてみれば、レオンには特にあれこれ気にかけ、世話を焼くことが多かったかもしれない。


 もしかして俺の接し方がまずかったのか……!とこれまでの自分の行動を思い返し、愕然とする。


 そうか。そうだったんだ。


 俺の仕事上の対応を好意だと思い込んだんだ。そう考えると、すんなり腑に落ちた。


 俺の髪にすりすりと頬を擦りつけてくるレオンを手で制止した。それから一度咳払いをする。

 

「レオン…、俺はギルド職員として当然のことをしていたまでだ。知らないうちに期待させてしまったみたいで悪かったが、お前に特別な感情はない。今はAランクの試験前で気持ちが昂(たかぶ)っているだけだ。落ち着いて考えろ。俺への好き?みたいな感情は一時の気の迷いだと分かるはずだ。俺じゃなくて、お前が心から大事に思える相手がいつか見つかるさ。だから、ほら、腕輪は外そうな?」


 こいつは純粋すぎて、妙な方向に考えが行き過ぎているんだ。今のうちに正しい道に戻してやらないと大変なことになる。


 俺は再び説得を試みた。きっぱりと拒まなければ、レオンのためにならない。



 レオンは少しだけ不満げな顔を見せたあと、ふっと表情を緩めた。


「……気の迷いか。俺はロイに初めて会ったとき、天使って本当にいるんだなって思ったよ」


「てんっ…!?」


「ギルドに行けばロイに会える。それが何よりも嬉しくて、この世界に生まれて良かったと心から思った。……でも同時に怖くもなった。ロイが俺の前からいなくなったらどうしようって。なにかあったらどうしようって。毎日毎日、ロイを守るにはどうしたらいいか考えた。家に帰るのを見届けたり、強くなるために努力してきたけど、それでも安心できなかった」


 レオンは胸の内を語り出した。黙って聞いていたが、さりげなく背筋が寒くなるような話も混じっていて無意識に身を引いた。…まあ、腕輪のせいですぐに引き戻されてしまうが。



「ロイは知ってるよね?深魔洞ダンジョン。腕輪は、あの最深部の50階層で見つけたものだ」


 思わず耳を疑った。50階層だと……?

 そんな馬鹿な…。だってあそこはAランク相当の危険地帯だ。そこにこいつは行ったのか?


「Dランクになってあのダンジョンに挑むようになった。そこで偶然、腕輪の存在が記された古い記録に出会ったんだ。それからずっと探し続けた…それでようやく手に入れた腕輪なんだ」


 何度か深魔洞ダンジョンのクエストをレオンが受けていたことは知っていたが、それでもBランク相当を越える階層の依頼をギルドが出しているはずがない。

 あのダンジョンの各階層には転移装置があり、一度その階層を攻略して装置を起動すれば、次回からはそこへ直接転移できる。つまり、それを駆使してこの男は、俺の知らぬ間に自力で50階層まで到達していたということか。

 そうなると、レオンは俺の想像をはるかに上回る強さを手にしていることになる。


 俺が言葉を失っていると、レオンは穏やかながらも真剣な眼差しで俺を見つめ、抱きしめる腕に力を込めた。


「どれだけロイのために生きてきたか、どれだけロイと過ごす時間を愛してきたか。俺はいい加減な気持ちじゃないよ。ロイにはまだまだ伝えてないことがたくさんあるね。時間はいくらでもある。これから俺の想いを知っていけばいいよ。とりあえず今はこの幸せを噛み締めさせてくれ。

 ―――やっと、俺は平和になれたんだ」







***



「ロイくん、彼氏がAランクに昇格したんだって?おめでと~!」


 先輩のハンナさんがニコニコしながら、今回の試験の昇格者が一覧になった紙を見せてきた。これから掲示板に貼り出すのだろう。



「は!?いや、彼氏じゃないですって!」


「またまた~。隠さなくていいのよ~?この間も抱きしめ合ってるところ見ちゃったし」


 え、いつどこで?心当たりがありすぎて冷や汗が止まらない。横から同期のソフィアも声をかけてきた。


「ラブラブすぎて誰も入り込めないって噂よ?レオンってあんなに格好良いのに浮いた話がないから前から疑問だったのよ。振られた女も結構いるようだし。でも今なら納得だわ」


「ちょっ、違うって!誤解だよっ。付き合ってない!」


「なに?男同士だから気にしてるの?大丈夫よ。皆応援してるから!」


 ソフィアは親指をグッと立てながら俺にウインクしてきた。ハンナさんも微笑ましげに、うんうんと頷いた。



 どうやら俺とレオンがカップルになっていると、ギルド職員にも冒険者にも思われているらしい。その熱愛っぷりを周囲は温かい目で見ているのだと。


 さいっっあくだ……!



 あれからレオンの考えを直させようとあの手この手を尽くしたが、事態は悪くなる一方だった。ついには皆に、俺たちの関係を勘違いされるようになっていたなんて…。


 ――どうしよう。この冒険者ギルドを辞めてレオンから逃げるしかないのか。



 そう思い悩む俺をあざ笑うかのように、さらなる現実が突きつけられた。



「な、な……!俺はどうしてお前のところに…?」


 自分の家にいたはずなのに、気づけば見覚えのない部屋に移動していた。

 こともあろうに、ベッドに座っているレオンに抱き寄せられ、その腕の中に閉じ込められている。



「そんなの当たり前じゃん。離れ離れになった2人を結びつける。これはそういう腕輪だよ?俺が呼べばロイがどこにいようと俺のそばに連れてきてくれるの。だから俺たちは絶対に、ずっと一緒にいられるんだ」


 レオンは幸せそうに笑い、俺の髪にそっとキスを落とした。




 決して油断してはいけなかった。

 平和と危険が常に隣り合わせのこの世の中。


 それなのに、俺は腕輪を受け取った。



 ……もう何もかも手遅れなのだと悟った。




おわり




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。