第九章 銀と黒と黄金とー3
(文中に未成年の飲酒シーンが有りますが、
それを推奨するものではありません。
あくまで違う世界の話としてご了承ください)
厨房から大急ぎで。
でもお酒と干し肉を、絶対に落っことしたりしないように慎重に。
アレクのために働くのは間違いなくユーリの意志で、
動くのは彼の体なんだけど。
こんな風に共生してると、
ときどきそこらあたりの感覚が曖昧になってくる。
特に、あたしとユーリの感情が、同じ方向に向かっている時は。
両手いっぱいの荷物を抱え、
アレクとガイのいる執務室の前でふと立ち止まる。
――はて…
どうやって、扉を開けようか…?
その時、前触れもなくいきなり目の前の扉が開いて。
「よお! ごくろうさん。早かったな!」
「…あ、ありがとうございます…」
仮にも第二騎士団の団長ともあろう方が…
だから、それはあたしの仕事だと思うんです。
両手がふさがっている今は、確かに扉開けられなかったけど。
扉の前で立ち往生はしてたけど!
――お客様に開けていただくなんて…
部屋の奥でアレクが苦笑してる。
いいのかな?
叱られたりしないかな?
気さくな所がガイの良い所なんだろうし。
アレクだって、決して咎めるような視線じゃない。
うん、ユーリ。
この際だから立ち直ろう。
「おお! お前、気が効くな。ちゃんと食べるものも一緒か。ありがたい」
「こ、これはジーナさんから…」
「流石、第一の隊舎の主。アレク、お前良い生活してるな~」
「私が整えた極上の仕事環境だ。
他人に頼らぬ自力救済を推奨する」
「友達甲斐の無い…
お前が先に、良い人材を取っちまうから俺が後で苦労する」
「卿の努力不足を人の所為にするとは、
――シュロスにその人ありと言われる、第二の長ともあろうものがいただけない」
「自分を棚上げすんじゃねーよ、有名人。
俺は、第二でお前は一。有名税とやらはお前の管轄だ」
「そのような職務を拝命した覚えはない。認識を改めることをお勧めする」
あの、
際限がないんですが。
また、言葉の応酬ですか?――楽しそうだから良いんだけどね。
でも、ユーリがおろおろしちゃってるから、
そのあたりで止めていただけると嬉しいな~
――なんて思うのですが、いかがです?
あたしぐらいにすれちゃうと、
会話の裏の裏とかが案外理解できるようになるけれど。
ユーリなんかは、まだ無理ね。
良くも悪くも世間慣れしていないから。
ああ、ああ、大丈夫。
そんなにうろたえなくても平気だよ。
これは仲の良い大人同士の、言葉のスキンシップってやつですよ。
だからユーリ君。
手に持ったままの葡萄酒は、テーブルの上にいったん置こう。
干し肉は、さっさとガイに攫われたけど。
団長の執務室は、隊舎への客の応接室も兼ねている。
その為か、テーブルとイスは結構きちんとしたものが置いてある。
華美では無いけれど、作りのしっかりした職人のもの。
なにせ主はアレクだし、仮にも城の中だから粗悪品がある訳もない。
「とりあえず腹ごしらえ… アレクも食うだろ?」
「ここは私の隊舎だぞ。何故、卿の方が先に座って物を薦める」
「まあ、堅い事言うなって。そうだ、坊主も一緒にどうだ?」
「え?」
――え?
何と今、おっしゃいました?
ユーリはただの従僕で、むしろ色々とお給仕?
……いや、いらないかもしれないけど。
そういうのを率先して、するべき立場なのではないのかい?
「ああ、そうだな。
ユーリもそろそろ酒を覚えても良い頃だろう。
ここに来なさい」
――って、アレク!
あんたまで、何、言ってらっしゃるんですか!
「そうだそうだ。
こんな無愛想な顔だけ見ていては、酒も美味くないからな。
お前もこっち来て一緒にやれよ」
って、ガイ。
そこで、あんたの隣の椅子を引くんじゃない!
「わっ…!」
いきなり引っ張られて、
ユーリの体はすとんとガイが用意した椅子の上に乗っかって。
いつの間にか、
手には葡萄酒の入った器が握らされている。
「ほら、呑んでみな。葡萄酒は初めてか?」
「これは――今年取れたばかりの奴か。
ならば強くないと思う。お前にも呑めると思うが…」
きゃー! アレク!
なんで、あんたが先に呑んでるの!
毒見…ってこの城内で、そんな心配は無いと思うけど。
従僕の毒見をあんたがやるって、
本末転倒、どっかに知れたらヤバいやつでは?
――なんて騒いでるのは、ユーリの中のあたしだけ。
当のユーリはもう気持ちが一杯一杯で、
勧められるまま恐る恐る器に口を付けている。
「うぷっ!」
「ありゃりゃ… お前、本当に初めてか?」
「は、はい…」
ごほっ!
うわっ! むせた!
く、苦し…!
あたしにとっちゃ水みたいなもんだけど、
この子ってば、お酒初めてなんだよな。
初々しいってなんか誉め言葉みたいだけど、
訓練の、必要あるよ、ユーリ君。
「剣の練習もだが、こっちの方も鍛えてやれよ、アレク」
「どうやら、そのようだ。
――ああ、もういい。無理をするな、後にくる」
「で、でも…」
まだ、器に残ってるんです。
――口に出さなくても、言いたい事は良く解る。
お残しは許しません!――って、食堂のジーナさんに言われるまでもないけれど。
こちらに来て、実は痛切に知った事。
何をするにせよ、
何を作るにせよ。
あたしがいる現実世界に比べ、それは恐ろしいまでに手がかかる。
基本機械が存在しない世界だから、
食べるものも着るものも、
家も城も橋も道も何もかも、
人の手で一から作り上げられる。
つまり、手間も暇も、
きっとあたしが想像する以上にかかっているはずだ。
だから、勿体なくって『捨てる』という概念があまりない。
アレク並みの大貴族様は、そこのところどこまでどうか知らないが、
ユーリには、あたしなんかでは太刀打ちできない『もったいない精神』が生きている。
物を捨てるとか食べ物を残すことは、基本出来ないのだ、ユーリは。
器を見ると、まだ半分。葡萄酒は残ってる。
――う~ん…
あたしだったらこんなもん一息でいってしまえるレベルだが。
精神は共生してても、
味覚も口も、体はユーリのものだから。
さて、どうしたもんかと考えてたら、
ひょいと手の中の器を取り上げられて。
「――!」
「ほい。ごちそうさん」
ガ、ガイ?
え? 呑んだ、の?
残ってたの、呑んじゃった…
「このままで、良いか… アレク、そっちの酒、寄越せ。
これっぽっちじゃ足りねぇよ」
器、ガイ!
それ、あたしが呑んだ器…って、
か、かんせつきす…です、か…?
え? えぇ?――ど、どうせなら、アレクと…
い、いや、ちがうだろうが、そこは。
間接キスになっちゃったのは、あたしじゃなくて、ユーリなだけ。
男同士…男同士…
い、いや、良くあること。
意味なんかないぞ。良くあること!
あたしだって、友達と当り前のようにペットボトルのシェアしてた。
それと一緒!
焦るな、あたし。
「ここで、本気を出さなくてもよいだろう?
今夜、屋敷に来るといい。とっておきの竜酒を振舞おう」
「竜酒? イアニスの竜酒か?」
「それも十年物だ。いかがかな?」
「もちろん!――と言うか、良く手に入ったな」
いきなり、酒の事で盛り上がってる。
こういうところは、あちらもこちらも、
人ってあんまり変わらない。
イアニスって、確かソレニアの北方に位置する大国だよね。
ユーリが持ってる知識の中では、決して良い印象が無い国だけど。
しかし、北の方の酒って――もしかしたら、めっちゃ、きつくね?
アルコール度数、半端ないのが多いような印象が…
まあ、あたしが呑むんじゃないからいいか。
ユーリに呑ませる訳でもなさそうだし。
やっぱり、お酒にも強いんだ、二人とも。
それはそれでカッコイイよね。
うん。やっぱり、惚れ直しちゃう。
それでも、この大物二人と一緒のテーブルに着いてるのって、
ユーリの神経に多大な負担をかけたよう。
早々に椅子を立ち、葡萄酒の追加やら干し肉以外のつまみやら、
その他の細々した雑用であっちこっちへ動きまわることになる。
確かにね、目の保養ではあるけれど。
あんまり近くで拝見するのは、
――心臓に悪い。あたしにも。
ガイの存在感もそうだけど、
やっぱりアレクの、あのとんでもないお顔の造作に尽きるでしょう。
あの顔とあの近さで向き合って、
普通に話せるガイに尊敬の念すら持ってしまう。
やっぱり、大物は違うって?
なんかちょっと、
なさけないと言えば、なさけないなぁ。
片思いっていうのにも、
もしかしたら適度な距離感って必要なのかも。
また一つ、勉強になった気がした。




