第七章 銀と黒と黄金とー1
揺れる。
視界が躍る。
ああ… ユーリが、たぶん走ってる…
自分の体がそれを認識した途端、あたしの視界が鮮明になる。
え~と、ここは――ああ、隊舎の中、だ。
この廊下は多分執務室へと続くはず。
そうか、お使いの最中ね。手にはかなりな量の書類を抱えて、
――また、押し付けられたんだ。
自分の置かれている現状を認識して、あたしは意識を落ち着ける。
この工程に、タイムラグはほとんど無い。
あたしが夢の世界へ来るのに、どうやら法則などは無いようで。
現実世界と夢の世界は、時間が連動していない。
来るたびに、朝だったり夜だったり。
総じて一貫性は感じない。
あたしが実際に寝る時間って、毎日ほとんど変わらないから、
時間の流れが同じなら、認識する体感時間も同じはず。
でも違う。
ユーリ本人の時間は、あたしにかまわず流れてる。
本来ならいない間の出来事は、あたしに記憶されないはずだけど。
そこはそれ。
こちらの世界に来た途端、
あたしの意識はほんの数秒で、ユーリの意識と同化する。
あたしがいなかった間の記憶ってやつも、
一瞬で何の違和感もなくあたしの中に流れ込む。
こういった所こそ、夢が夢である所以とでもいうのかな。
いやまったく。なんて便利な機能なの。
確かに、あたしにとってはすごくありがたい話ではあるけれど、
これ、ユーリにあたしの存在がばれたりなんかしたらって思うと怖いよね。
だって初めてユーリを知った時――
あたしがこの子の中にいると、あたしがちゃんと知った時。
あたしはこの子が今まで生きてきた、
全ての記憶すらも共有してしまった。
――ここで、よく考えて?
他人の、それも見ず知らずのねーちゃんに、
自分の過去を全部知られちゃうなんて、
ちょっと想像するだけでヤバくない?
あたし、自分がこれをやられたら。
マジ、恥ずかしくて、その日のうちにトンズラするわね、この世から。
あたしはこれでも、プライバシーを尊重して生きているつもりなの。
とりあえず、知らなくて良いことは、
知らずに済むように、努力だけはしたんだけど…
やっぱり、無理?
――っていうか、
ここにいる時は、
どうしたってユーリの意識と文字通り一心同体な訳でして。
しかたがないので、せめてもの思いやり。
ユーリの過去を振り返ることだけは、極力避けるように努力中。
記憶って、
意識をそちらに向けない限り、あまり思い出したりはしないでしょ?
それに記憶はともかく感情は、
共有してる状態でも、やっぱり察知しにくいの。
こうして共有しているときは、
ユーリの感情も、あたしに流れ込んでは来るけれど、
過去にあった事、共有していない間の事、
その間のユーリの感情は既に名残の様な淡いものになっている。
喜怒哀楽ぐらいかな、わかるのは。
だから勝手ではあるけれど、
自分のなかでそんな風に折り合いをつけている。
覗き見厳禁。マナーでしょ?
まあどっちにしても、
あたしって存在がこの子に気付かれる訳じゃないから、
そんなにこだわらなくてもいいのかもしれないが。
さて。
こんな事情で、
今日この場所をユーリが小走りに走っている理由を、
この時点であたしには把握済み。
ふ~ん…
宰相から団長への書類一式お届け、と。
それにしては多すぎるような気もするが、この子は気づいてないからね。
『出来るだけ早く』って。
そんなこと言われたら、走るにきまってるじゃないの、質悪い。
隊舎の中は有事以外、走ることは推奨されていないから、
精一杯早歩きに見えそうなってとこが健気すぎる。
でも気を付けないと。
本当にその書類、量多いよ?
あんまり慌てるとうっかりして…
「うわっ!」
「わわっ!!!」
どしん!
ばさっ!
――ほら、やった。
「うわっ… すみません!すみません!」
誰かを確認もしないで謝って。
「しょ、書類が…」
あたふたとかき集め出したユーリの、
その傍にしゃがみこんで一緒に書類を集め出す人。
「ほら、落ち着けよ、ぼーず」
聞き慣れた声に、あたしも、そしてユーリも思わず視線を上向ける。
「ヒューバー団長…」
視線の先、黒髪の驚くほどの男前の偉丈夫が立っている。
「よっ! 久しぶりだな、ぼうず。相変わらずちっこいな~」
拾い集めた書類を渡され、そのまま大きな手で、頭をなでられる。
「お、お久しぶりです。 お元気でしたか?」
「おうよ。そっちはどうだ? 変わりないか?」
そう言って笑ったのは。
この所めったにお目にかかれなかった第二騎士団団長様――
ガイ・ヒューバー、その人。
あら、本当に久しぶり。
あたしが直に会うのも久しぶりだけど、
ユーリも、この頃会ってなかったみたいだね。
立ちあがって見上げると、これまた驚くほどに背が高い。
アレクも高い方だけど、それよりもう五センチぐらい、高いかな?
瞳は髪と同じ黒。
アレクが非の打ちどころがない美貌だとすると、
こちらは粗削りな男らしいとしか表現できない容貌の持ち主。
体躯も、アレクが細身のしなやかな剣だとしたら、
この人は鍛え抜かれた剛剣。
王宮で、貴婦人方の視線を二分する存在だ。
しかし生粋の貴族でもない事もあって、
社交の世界にはとんと興味も未練もないらしく、
用がないかぎり城に足を運んでこない変わり種。
けれど、
あたしのアレクの、大の盟友でもあるのだよ。
――あたしの、だって…
きゃ~! 言っちゃった!
「団長に御用ですか?」
「ああ。ちょっと色々報告がてら。居るかい?」
「いえ、あの、わたしも、これを届けに、今執務室へ伺う所で…
いらっしゃるかどうかは…」
うん。
正直、行ってみないとわかんない。
アレクは第一騎士団の所属であると同時に、
公爵家の跡取りという立場にある。
つまり、騎士団の仕事のほかに、
公爵家の実務もある程度こなさなくてはならないらしい。
この頃は執務室にいない事も多くて、
団員が欠かさない訓練すらも欠席しがちになっている。
おかげでこっちへ来ても会えない時が多くなった。
う~ん… 今日はいるかな~?
いて欲しいな~
あたしがここに来れるの、本当にささやかな時間だけなんだぞ~
大好きな人の顔、一回ぐらいは見て帰りたい。
「――まあしかたないか… とりあえず、行ってみればわかる。
どれ、半分貸せ。持ってやる」
そう言って、ひょいっとユーリの手の中の書類の束を掴みあげる。
「えっ? あの…ヒューバー団長…」
どう見ても、そっちの方が多そうなんですけど。
「どうせ、行先は同じだ。なんとも危なっかしくて見ておれん。
俺がほっとけなくなるから、持ってやる」
ちょっと、毒を含んだような笑いかたがむちゃきまる。
ユーリの感情が、称賛に染まっていくのを中のあたしは感じ取る。
――正直に、言ってしまうとなんだけど。
アレクにここまで落ちてなきゃ、
あたしが惚れていたのはこちらだろうと思うくらい、
良い男なんだよね、ガイってば。
もともと、おじさま系のちょい悪に弱かったあたしの好みド真ん中。
口をつく言葉は俺様っぽいけど、声音も仕草もあたたかい。
「――ああ、ユーリ。おや? ガイも一緒なのか」
どうした? 二人揃って。
いきなり掛けられた声に、真面目に意識がぶっ飛んだ。
きた~~~~~!
振り返ってみたその先に、
あたしが一番会いたかった銀の髪が陽光に光っていた。




