表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第五章   知り合いと書いて天敵と読む


脳天へ何の遠慮もない一撃を食らって、

ボルテージが一挙に跳ね上がる。


病院内で、

あたしにこんな仕打ちを食らわせて

平気な奴なんてたった一人だ。


「剛史!」


やっぱりお前か!

結構たっぱのある(ちなみに167センチ)あたしを、

見下ろす様に立つこの男。

名を山本剛史やまもとたけしと言う。


今年の春からうちの病院で、

整形外科を担当する事になった正真正銘の医者ではあるが。


「出たな、妖怪」

「誰が妖怪だ、誰が」

「んじゃ、天敵、害虫、ぬらりひょん」


この山本剛史と言う男、あたしにとっちゃ鬼門中の鬼門。

出来れば顔を合わせるのだって思いっきりごめんこうむりたい相手。


目測で180センチはありそうなガタイは、

上だけでなく、横にもそれなりに分厚くて。

細い黒ぶちの眼鏡に大きな手。

世間一般でいうならば、イイ男の部類に入るだろう――


思い切り難ありの、性格がなかったら。


一部女性の界隈で、

『可愛い』とか『カッコいい』とか言われてるのは聞いている。



でもね、皆様方。

いい男って形容詞、このレベルで言ってなんか欲しくない。



思い返せば、当時、十歳。

まだ、いたいけな小学生だったあたしの前に、

兄貴の同級生としてやってきたのが初対面。

その時の暴言を、あたしは忘れてなんかない。


「あっちいけ、しっしっ! 

 あたしの大事な後輩に近寄んないで、女の敵!」


軽く撫でるだけだった陽子ちゃんを、ぎゅーと抱きしめながら言ってやる。


「人聞きの悪い単語を連発するな、バカ女。

 女の敵で、セクハラ大魔王は今現在のお前だろ。

 さっさとその大事な後輩を放してやれ。窒息してもしらねえぞ」

「窒息なんてさせるもんですか、ご心配なく!」


大事な大事なよーこちゃん。ちゃんと考えて、だっこしてます。


「あんたの前に無防備に置いとく方がより危険! 

 ナンパ師、ホスト、見た目詐欺!」

「だから、それ全部、人聞き悪いオンパレード。

 誹謗中傷で告訴してやろうか。いやそれよりも、お前の実家へ速達か?」


ん? どっちがいい?

ニヤッと笑った顔が憎らしい。


「山本先生、おはようございます~ 今日もお元気ですね」


陽子ちゃんがあたしの腕に手を添えて、ほやほやと朝のご挨拶。


「はい。おはよう、陽子ちゃん。

 毎朝毎朝、大変だね~君も。

 僕が代わりにセクハラで、こいつ訴えてあげようか?」

「大丈夫ですよ~ 愛情表現だって知ってます~」


ニコニコニコ…

なんて、いいこなんだ、よーこちゃん。


いかん、可愛すぎて鼻血出そう…

思わずしゃがみ込んで、鼻を押さえてしまうじゃない。


「相変わらず、仲いいですね~ お二人は」


――鼻血が引っ込みました。


「…聞きたくないけど、聞いて良い?

 陽子ちゃん。誰と誰が仲いいって?」

「そりゃ勿論、山本先生と神戸さん」


「ありえないから、それ!」


思わず絶叫してやろうかと思ったわ。


剛史とは、腐れ縁も腐れ縁。 

もう十年以上前からの。


「どこをどうとったら、そうなんの?」

「え~? でも、ねぇ?」

「ええ、そうね」

「すっごく楽しそうだし」

「そうよねえ」


なんで参戦するんですか、深山さん。


「だ・れ・が!」

「お前だ、お前――ちなみに俺は、巻き込まれてるだけの他人でよろしく」

「巻き込まれてんのはあたしでしょうが、バカ剛史!」

「先生と呼べ、先生と。できればしっかり山本先生と呼ぶように。

 仮にも年上の、しかも医者に向かってのその暴言、許し難し。

 今夜、付き合え、おごらせたる」

「あのね、もう十年以上も呼び捨ての相手、

 今さら『センセ』もないでしょが」


高給取りの癖に、しがない栄養士にたかるな!


「さて――山本先生。どうされたんですか? こんな朝早く」


にこにこと、この時まであたしたちの騒ぎを傍観していた深山さんが、

冷静な口調で剛史に問いかける。


その瞬間、剛史も医者の顔になって、声のトーンが瞬時に変わる。


「おはようございます、深山さん。

 実は入院された伊藤さんの指導の件で、少しご相談が」

「ああ、302の伊藤さん? 

 あの方の栄養指導は、確か午前の10時半に予定が入っているはずですが」


流石だな、深山さん。

予定表を確認しなくても、頭にバッチリ入ってる。


二人とも、仕事モードに突入ということは、

あたしも切り替えをしなければ。


一呼吸して、気持ちさっと入れ替える。

只今、午前八時四十分。

朝のウオーミングアップは終了ということで。


ちょっぴり不完全燃焼の様な気もするが、

お仕事はしっかりこなす。

これはあたしの身上だ。


「はい、これ西さんの分」


さっきまでまとめていた、栄養指導のリスト一覧。

ざっと確認をし直して、三分の一ほどを陽子ちゃんに渡す。


「わかりました。なにか申し送りありますか?」

「糖尿の患者さんが主。歴が長い方々だから、話は通りやすいと思う。

 何かトラブりそうなら早めに連絡くれると嬉しい」


亀の甲より年の功。

患者によっては、慣れてる方がスムーズな時もある。


「ドジるんじゃねぇぞ。このおっちょこちょい」


深山さんとの打ち合わせを終えたのか、

ドアを開けた剛史が最後に振り返って、一言。


ニヤッしたその笑いに、同じようにニヤリと返してやる。


「だ~れに、言ってんの?」


勤務歴、あんたよりこちらの方がアドバンテージ。

そんな挑発に、今はもう乗ったりしない。


カルテをしっかりとファイルに挟みこんで、

傍で同じように準備をしていた陽子ちゃんに声をかける。


「西さん、準備大丈夫?」

「はい!」


二人事務所を出たその時から、

あたしたちは患者やその家族にとって、職員という立場になる。

個々の事情も感情も、出来るだけ挟まない。

そのことを、あたしはここで学んできた。


これが、あたしの日常。

日々は流れて行くのだ。また今日も。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ