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第四章   こちらのあたし パートⅡ


ドアを開けて開口一番。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます!」


声をかければ、次々と応えが返ってくる。

う~ん、今日の皆様、テンションは良好…

なれど、やや、お疲れ気味ってところかな?


現状把握は職場の基本。

皆様、おはようございます。今日一日お願いします。


あたしの職場、

ここ慧愛会坂水病院けいあいかいさかみずびょういん

二百床ほどの中規模病院。

大都市から少し離れた、医療僻地一歩手前の駆け込み場所として、

地域医療の中核を担っている――とは院長の弁。


かなりな医者嫌いのあたしには、敷居の高かったこの病院の、

門を叩いたのは三年以上も前の事。

緊張しまくっていたあたしを前にして、

好々爺然としてソファーに座った院長が、開口一番に言ったのは。


「4月から、来れるよね?」


あたしの就職活動は、この瞬間あっさり決まってしまっていた。

おかげで9月の休み明け、

ゼミの皆から、大ブーイングを浴びまくったが。


この病院は小児科、内科、外科、皮膚科、整形外科――とそろっていて、

駆け込み寺としての周囲からの信頼も、厚いことは厚いけど。

需要の多い科、とにかくいっぱい置いときゃいいよね?

――って感じのアバウトさ、ない?


いや、院長の力量は、

しこたまはびこる武勇伝で知っちゃってはいるんだが。



集団の中で働いてお給料もらうって、

色々軋轢が無かった訳じゃないけれど。


今はそれなりの居心地を確保して、

勤め続けているんだから良しとしよう。


今日の早番、栄養士はあたしだけ。

けれど調理場には、

早番のおばさま方がきびきびと動く姿が見える。

目にもとまらぬ速さで生成されていく大量のキャベツの千切り、

でっかいおかまがすでに景気よく湯気の上げはじめ、

巨大なお鍋には、豆腐がざらざら吸い込まれてく。


ひい、ふう、み… うん。ちゃんと六人いらっしゃる。

本日、イレギュラーは無し。

このまま事務室の方に回っても良さそうだ。


既にロッカーで、白衣に着換えちゃいるけれど、

ガラスで仕切られた調理室、配膳室に入るには、

もう一ランク厳しい服装規定があるからね。

人数足りない時の非常要員も兼ねている栄養士あたしらは、

そうなった場合もう一度、着替えてこなきゃならないの。

結構めんどいから、しなくていいならありがたい。


「神戸ちゃ~ん! 

 さっき、業者から電話あって、玉ねぎが一箱足んないってさ~」

「え~~! 芝さん、それやばいじゃん! 昼、大丈夫?」

「昼分までは取り置きでオッケーかな。もう一度電話かけてやってよ。

 向こうも色々あたってみるって言ってたし」

「了解!」


さすがに三年目ともなれば、年下の扱いにことさら厳しいおばさま方も、

少し寛大になってきてくださって。


皆、けっして悪い方々じゃないんだけど、

年齢もキャリアも何もかも、職場ここの中ではあちらが先輩。

でも、立場上、指導するのはこっちなの… 


色々気を使う案件なのよ、切実に。


電話連絡、玉ねぎ確保。

帳簿の確認。献立表。

事務仕事ってのは、どこの職場でも存在する。


そうこうしている内に、定時出勤八時半。

これは思う以上に早く来る。


「おはよう」


柔らかな落ち着いた声が、扉を開ける音と共に耳に届いて、

あたしは机に向かっていた顔を上げて、思わず笑顔になっていく。


「おはようございます。深山みやまさん」

「はい。おはようございます」

「おはようございます! 神戸さん。早番ご苦労様です!」

「おはよう、陽子ちゃん」


にこにこと入ってきたのは、

あたしの本当の意味での、同僚たるお二方。


「陽子ちゃん、何時も元気だね。ちゃんと朝ご飯食べてきた?」

「はい!ばっちりです!

 栄養士が朝ご飯抜きってありえません!」


なんてよいお返事ですこと。


室長の深山さんとあたしは、顔を見合わせて笑いあう。

この雰囲気が職場ここの一番の売り。


病院の栄養士は、あたしも入れてここにいる三人。

室長の深山雪乃みやま ゆきのさんは、確かもうアラヒィフであられるベテラン様。

いつもにこにこ微笑みを絶やさないが、

言うべき時にははっきりと物事を言い切れる、

頼りになる大先輩。


で、もう一人は、

今年入った西陽子にし ようこちゃん――この子が、可愛いの!

丸顔にちょっとへこむえくぼがポイント。

愛くるしい小型犬みたいな黒い眼は、ドストライクの可愛さだ。

いつも頭をかいぐりかいぐりして、撫でてあげたくなってしまう――


変な意味はないよ、一応言っとくけど。


陽子ちゃんが嫌がらないのをいいことに、

今日も今日とてその可愛らしいおつむをかいぐりかいぐりして、

恒例の朝のスキンシップ。


「よーこちゃん見てると、つくづく年齢を感じるんだよね~ 

わかいって、い~ね~」


かいぐり、かいぐり。

いつものごとく、髪はさらさら、お肌はすべすべ。


「なーに言ってんの。神戸ちゃんだってまだ二十代の癖に」


クスクス笑いながら、すかさず深山さんが突っ込んでくる。


「二十五過ぎたら、ピークです。

こっから先は、下がっていくばっからしいですから」

「それは、私への挑戦かしら?」

「いえ、熟成された美しさはまた別格」


あたしは自分を知ってるだけです。


「よーこちゃん。その若さを大事にして、いい男ゲットするんだよ」


かいぐり、かいぐり。

う~ん、やっぱり、よーこちゃんって、触ってると和むよな~ 


ありがたや、ありがたや…


「こら、このセクハラ女。さっさと純真な後輩から離れろ」


ポコン!


いきなりの低い声と同時に、頭を背後から丸めた紙の束で叩かれる。


ま~た、頭だよ。 

今日は何なんだ。

頭への攻撃の、特異日なのか?


憤然として振りかえったあたしの眼に映ったのは、

女ばっかの職場環境に不似合いな、

妙に圧迫感のある、大きなガタイの持ち主だった。







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