第十八章 黒と黄金
「おお。無事に着けたな。大したもんだ」
気軽に言ってくれるじゃないの、団長さん!
こんな…こんな上物に…
乗るってだけで、どんだけユーリがビビりまくると思ってんの!
今、ガイに鼻頭を撫でてもらってるこの黒鹿毛君。
はい。
乗ってきてしまいましたよ。
第二騎士団所属の、
しかも団長専用のお馬様に!
王宮まで、多分二十分はかかんなかったと思うけど。
ユーリの精神的疲労は限界。
ああ、振り落とされなくてよかった…
確かに大変良い馬だった。
ユーリの手綱さばきにも、しっかり従ってはくれました。
馬って人を見るって言うじゃない。
ふふんって鼻息が聞こえるような気がするから、
一応良く言い含めておいてくれたんだろうけど。
たまにいるらしいのよね、
認めた人間以外は絶対にその背に乗せない気難しい名馬って奴が。
この馬、たぶん、そうでしょう?
なんの対抗意識か知らないが、
マジ、やめて。
あたしとユーリが持たないから。
城内は乗馬禁止だから、乗ってきた馬たちはここでお預け。
生きた『返事』であるガイを先導して、第一騎士団の隊舎に向かう。
午後からは隊舎にいるってアレクが言ったということは…
なら、今日、あたしも会えるって事?
うわ~っ!やったぜ!
やっぱり大好きな人の顔を拝めるのはありがたいです、はい。
一緒に来てくれたガイに感謝?
――いや、この人が来なくても、
返事をアレクに届けるんだから普通だったら会えるはず…
これってやっぱりガイに遊ばれたって事だよね?
ううう……
子供で遊ぼうとする大人なんて…(いや、あたしもいい大人だけども)
嫌いだ~!――と叫べないとこが残念だね、ユーリ。
城内をガイと歩く。
一応、ユーリがガイを案内する形。
けど、ガイ本人も何度来ている道だから、
足取りには何の不安もありはしない。
正直、案内いりますか?
「お前はお使いの帰りだろうが。返事を持たずに帰る気か?」
気になったから、そう問いかけた時のガイの答えがこれでした。
返事、歩いてきてるよね?
完全に面白がってますね、団長さん。
こうやって有名人――ガイのことね――と一緒に歩いてるトコを見られるの、
出来れば避けたい。
いろんな意味で、ほんとはね。
城内とは言え、此処は建物の中ではない。
まるで森にいるように周りは木で一杯だ。
でも、この道で正しいの。
サン・シュロス城の内部って、
王族方がお住まいになっている奥宮を中心に二重構造になっている。
あたしたち、日本人の感覚で言う所の『王宮』は
この奥宮の方が近いと思う。
華やかな、本当にお城って感じが奥宮の方。
その奥宮を、取り囲むように石造りの塀がある。
そしてもう一回り、
大きく高い塀がぐるりと周囲を取り囲む。
門とか見張り台があるこの塀の中、
全ての部分がサン・シュロス。
奥宮の塀と二重塀の間には、
大貴族と呼ばれる人たちの屋敷や練兵場。
我が第一騎士団の隊舎も丸ごと入ってる。
全部は、ユーリにもまだ把握できてないようだ。
一つの大きな街が丸ごとここに入ってる――
と思ってもらったらいいのかも。
基本王宮内を歩くとなると、
建物へ続く回遊式みたいな回廊を通るか、
結構しっかりと整えられた庭を通って行くことになる。
アレクが居るだろう第一騎士団の隊舎は、
他の建物からは少し離れた場所に立っている。
ユーリとガイは、針葉樹が人の高さほどに整えられた庭を
今は二人して歩いてる。
ここを通って行くのが、一番隊舎に近いんだ。
初夏の風が少しずつ熱を帯びて、
本格的な夏の気配が、こんな閉鎖された庭にも感じられる。
こちらの世界にも四季が有る。
おかげで違和感少なめであたしが順応できたのかも。
もうすぐ、隊舎の建物が見える――
その見慣れた景色の中に、
不釣り合いな柔らかな色彩があることに、二人して気が付いた。
明るい夏の日差しに光り輝く金の髪。
華やかな薄いブルーのドレスがサラっと動いて…
「…姫…」
思わずという感じでガイの口から零れ出た言葉に、
ユーリは思わず彼を見あげ、
さらに慌てて前方にもう一度目線を合わせる。
「ヒューバー様…!」
こちらに気が付いたのだろう、
ぱっと顔を輝かせてその体が軽やかにこちらに一歩を踏み出す――
その途端、ざっと跪き掛けたガイに、あわててユーリも見習おうとしたんだけど、
それをまるで、くい止めるかのように声が降ってくる。
「どうか…!」
ああ、この声…
間違いない、ミルヴァーナ姫の声だ。
「どうか、そのような礼は取らないでください。ヒューバー様。
ここは正式な場では無いのです。
わたくしは、今日、あなたに助けていただいた唯の娘としてここにいるのです」
「…姫…しかし…」
「貴方があくまでも臣下としての礼を取られるなら、
わたくしは王族として貴方に、
『礼を取らぬように』との命令を出さねばならなくなります。
どうか、わたくしにそのような命を出させないでください」
すでにそれが命に近い事じゃない?
けれど、ミルヴァーナ姫は、どこか懇願するような必死な声で…
綺麗な人の、この声を無視できる奴がいるならお目に掛りたい。
女のあたしでも、今クラッときかけたもん。
改めて日の光りの中で見たミルヴァーナ姫は、本当に輝くよう。
金の髪は、前に思った通り
アレクのそれよりもっと濃い本当に鮮やかな金の色。
真っ直ぐにこちらを見るその瞳の青さ――
『ソレニアの青の宝玉』とは良く言ったものだ。
サファイアよりももう少し青い…ブルートパーズのような色。
夜にお会いした時も綺麗だと思ったけど、
こうやって明るい光の中で拝見すると、もう溜息しか出なくなる。
流石のガイも、膝を折る事を諦めたみたい。
この瞳には、なにか逆らえないものがある。
ガイは良いけど、あたしたちはどうしよう?
少し向こうに、
紺色の地味目のドレスを着た女の人が、こちらを見守る様に立っている。
この状況からして、あれってきっと姫の侍女、だよね。
ようやっとユーリもどうするか決めた様で、
ガイと姫から二メートルほど離れた場所に立ったままで控える事にした。
軽く手を握り胸にあてた略式の立礼。
なんかお邪魔の様な気もするけど、ここを通らないと隊舎に行けない。
二人きりにしておくなんて、
それはそれで問題がある、よね。
少し距離はとったけれど、
ガイとミルヴァーナ姫の声は聞こえる場所。
まるで何かに急かれるように、姫の声が言葉を綴り始める。
「お忙しい所をお引き留めして申し訳ありません。
けれど、どうしても…
どうしてもお会いして、お返ししなければならないものが」
そう言って、彼女がガイに差し出したのは小さな布――
一瞬、ガイが息を止めるのがわかる。
「いつか必ずお返ししなければ、と思いながら、
こんなにも時間が経ってしまいました。申し訳ありません」
「…返して頂くようなものではありません。それだけの為にわざわざ…?」
差し出された布を、ガイは困惑したように見詰める。
無意識だろうか、少しだけ後ろに下がろうとしたガイを、
引き止めるように姫が一歩を踏み出して。
「いえ… いいえ」
ギュ…と一度、手の中の布を握り締めて、
もう一度その青い瞳が真っ直ぐにガイを見あげる。
「これも、あなたにお返しするべきものではないでしょうか…?」
そっと、その白い細い指が掌の布をめくって。
その中から出てきたのは――石?
宝石、かな?
碧色の鈍く光る親指の爪ほどの大きさの石。
一つだけ開けられた穴に皮の紐の様なモノが通されて、
ネックレスのように見える。
それを目にした途端、ガイの顔が真剣なものに変わる。
「これは…!」
思わず手を伸ばしかけて、慌てたようにガイはその手を握り締める。
「やはり、ヒューバー様の物でしたでしょうか?」
「……失くしたと思っておりました。これを何処で?」
「…あの折、このハンカチをお借りした時に落とされたのだと…」
「ああ…そう、ですね…」
――あの折?
あの折って、どの折だ?
「紐が切れてしまっていましたので、勝手ですが取り替えさせて頂きました。
…きっとあなたの大切なものだと…
早くお返ししなければと思いながら、こんなにも遅くなってしまいました。
申し訳ありません」
そっと…
本当に、どう言ったらいいのか。
そっと、まるで名残が惜しい様にハンカチごと石がガイに手渡される。
そっとそっと、その布の手触りすら、惜しむように。
――ああ、やっぱり。
何があったのかは知らないけど。
ミルヴァーナ姫は、ガイの事が好きなんだ。
こんなにも、こんなにも――その人の、持ち物にすら思いを込める程。
渡されて、そのまま離れ掛けた姫の手をガイの大きな手が包み込む。
「お持ちください」
「え…?」
「貴女が持っておられた方が良いでしょう」
もう一度、石を布ごと姫の手にしっかりと握らせてガイが告げる。
「南の――アドリアスの海の先にある、トーラの国から伝わる守り石です。
これがあなたと…
…あなたと、コルフィー子爵のこれからを守ってくれる筈です」
「……」
「一足早い、結婚祝いとでも思っていただければ光栄です」
コルフィー子爵って…確か、アレクの事だよね。
まだ、正式に公爵家を継いだ訳じゃないから、
公の場では確かにアレクはこう呼ばれる。
でも、ガイがアレクの事を、この名で呼ぶのは初めて聞いた。
瞬きすらしないでガイを見ているミルヴァーナ姫から、
一歩で大きく距離を取ってガイは深く頭を下げる。
「わざわざ、ありがとうございました。もうお会いすることはないと思います。
どうぞ、お健やかであられますよう。――それでは、御前、失礼いたします」
まるで、何かに打たれたかのように身動き一つしない姫の横を、
擦り抜ける様にしてガイが歩き出す。
ユーリは慌てて一礼し、ガイに続くしかなくて。
お付きの侍女の傍を通る時、ガイが確かに言った、
「姫を頼む」
その言葉だけが妙に心に残って離れなかった。




