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第十六章  大地と馬と


馬は良い。

きちんと愛情を込めて世話をすれば、必ずそれに応えてくれる。

昔から馬の世話は苦にならなかった――らしい、ユーリには。


今、ユーリとあたしは、

職場兼住居である第一騎士団の隊舎にあるうまやに居る。


いつものように、あたしは、また、夢の中。


馬番の補助的な役割を勤めるのも、

見習いたるユーリの大事な仕事の一つ。


ここに居る馬は、持ち主が誇る名だたる名馬ばかり。

王家の厩にも匹敵する規模と威容を誇っている。

それを一手に引き受けて采配しているマルクじぃは、

この厩の中では、誰よりも偉い存在

――それこそユーリなど、顎で使ってしまえる程に。


ま、それも当たり前か。

こっちの世界には、電車も自動車も、もちろん自転車すらも無いからね。

移動は馬か馬車。

そうでなければ徒歩。

歩くしかないのだ、自分の足で。


歩くって、実は紛れもなく移動の手段だったんだ。


せめて自転車があればな~なんて、思ってしまったこともあります。

『誰が、どうやって、作んのさ!』

――と、思わず自分で自分に突っ込んでしまいました、その時は。


なにを忘れているんだか。

自転車を造るだの造らないだの言う前に、もっと大事な事がある。


あたしは何も動かせない。

何気にそこをお忘れですか?


ともかく、そんなわけだから。

馬はここでは、とてつもなく貴重で大事な生き物だ。

それに騎士という存在は、馬が無いと始まんないし本当にキマらない。


それもあってか、見習いは、しっかり馬の世話をさせられる。

――まあ、あたしが見る所、

これって一つの試験みたいにみえるけど。


ユーリと一緒に見習いとしてここに来たの、

実は、あと二人ばかりいたんだよね。


でも、一か月もしないうちにいなくなった。

結構良いトコの、お坊っちゃんたち。

何かっていうとサボってばかりの、役立たずのボンボンだったから、

いない方が楽って言ったら楽なんだけど。


そんな訳で、

第一騎士団ここで見習いを続けてるの、実はユーリ唯一人。

あたしが言うのもなんだけど、

この子は動くことを、骨惜しみしたりしないから。


馬の世話に関しては、実はラッキーなんだよね。

故郷の家に居る時から、馬の世話はユーリの仕事だったから。

一応彼の家にも使用人は何人かいたけれど、

貧乏男爵家には、馬番を雇うような余裕なんてなかったから。


堅い布でユーリに撫でられる馬の背を、

あたしは彼の中から彼の目線で眺めてる。


馬って、とても綺麗な生き物だ。

つやつやと光る皮膚、なびくたてがみ

慣れている所為で、ユーリは馬を怖がらない。

怖がらなければ、馬の方もユーリに心を開いてく。


「――ユーリ」


世話に没頭していたあたしたちは、

不意にかけられた声にびっくりして振り返る。


「団長!」


――アレク!!


え?いきなり? いきなりですか?


厩の戸口、差し込む日の光を背に受けて―― 


おお…

絵になる… 

スマホ… 

スマホがないんだよ、ここに!


久しぶりだね、あたしのアレク。

本当にお久しぶりで、お顔を拝見出来たから、

この程度のアゲアゲテンション、どうか大目に見て欲しい。

ユーリ本人のテンションもやっぱり上がってしまうから、

その勢いたるや二人前?


いいの! 

だって、

ユーリもあたしも、『団長LOVE』なんだもん!


「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「…お前にそう言われるほど、顔を出していなかったか…」

「ああ、はい。あ、いえ、あの…」


あらら… そうか。

馬に気を取られ過ぎてたけど。


ユーリ自身もアレクと会うのは久しぶり――だね。

さりげなく探った記憶の中に、

ここ最近、隊舎でアレクを見かけた記憶が無い。


「しばらく、奥に詰めきりだったか…」


自分の馬の様子も、見れなかったとは情けない。


「こんな事では、団長失格だな」


アレクの溜息はなんだか疲れを吐き出して、驚くと同時に焦ってしまう。


「い、いえ! 第一団の団長は、団長以外にはありません! 

たとえ、たとえいらっしゃらなくても、団長は、ここの、団長で… 

僕…いえ、私は、団長がいらっしゃるからこそ、

こうしてここでお世話になれて… 凄く、すごく嬉しいです! 

他のお仕事が大変なのは、皆わかっていますから。

長い間いらっしゃらなくても、団長は団長で…!」


珍しい…

ポカンとした、アレクの顔があたしの視界に入る。


――ユーリ、ユーリ。


いや、聞こえたりなんかしないけど――


ごめん、少し突っ込んでいい?

舞い上がって、何言ってるか、

整理できてないよ、ユーリ君。


プッ…っと、小さく噴き出す音がしたとおもったら―― 


これまた珍しい。

アレクが声をあげて笑ってる。


「礼を言うべきだな、ユーリ。

持つべきものは、良く出来た従者だと」


――うわ……


鏡を見た訳じゃないけれど、

ユーリの顔が思いっきり紅潮して行くのが感覚としてわかっちゃう。

今頃、きっと、真っ赤だね。

ユーリにとっては掛け値無しの本音の羅列――

だけど、やっぱり恥ずかしい。

本人の前だもの。


クックックッと笑い続けるアレクが、

なんだかすごく楽しそうだからこの際あたし的には良しとする。

アレクのこんな楽しそうな笑い顔――眼福、眼福。


当分これで、あたしも楽しく暮らせそう。


「ユーリ、今、動かせる馬は有るか?」

「…はい。団長の馬はどれでも大丈夫だと思いますが… 

どこかへお出かけですか?」


真っ赤な顔のままそう答えたユーリに、決して他意は無かったんだ。


「お出かけ、か…」


そうオウム返しに呟いたアレクの顔が、

一瞬だけ何か企んでいそうに見えた――

なんてのは、きっとあたしの気のせいで。 


「そうだな。たまにはそれも良いか」

「は?」

「そうだ。お前も一緒に来い」

「はい?」

「遠乗りだ。少し飛ばして来たくなった。付き合ってくれるな?」

「え?あの、団長?」


忙しいって、言ってなかったっけ? 


口に出さないあたしたちのそんな問いかけに、

アレクは彼にしては珍しい笑みを返してきた。


「時折はこうして逃げてもよかろう。馬には乗れるな?」

「は、はい!」


あたしたちは思いっきり大きな声で返事をして、

慌てて馬具置き場の方に駆けだした。


いたずらっ子のようなあなたの笑みに、

あたしと、そしてユーリが勝てるわけがないでしょう?


マルクじぃはもう既にアレクの馬と、もう一頭に鞍の準備を始めてる。

それ、ユーリごときが乗っていい馬?

いや、準備されちゃったから連れてくけど。


新緑の光りの中、

木陰で待つアレクは本当に夢の中の王子様の様にキラキラで。


「ごくろうだったな、マルク」


マルクじぃから手綱を渡されるや否や、アレクは軽々と飛び乗って。

ユーリは慌てて手綱を握りしめ、

もう一頭に飛びかかるようにしてまたがった。


あたしたちが鞍に腰を落ちつけたのを見届けて、

アレクは自分の馬に鞭を当てる。


「行くぞ! ついてこい!」


――え? いきなりのトップスピード!? 


なに? ちょっと、いきなり、早いってば! 

心の準備… 

うわおっ! 

わたわたしているあたしなんかほっといて、

ユーリも掛け声とともに馬を駆る。


ぐん…と体が後ろに引きずられる様な感覚。

それを押さえつける様に、

ユーリは馬の背に身体を伏せて手綱をきつく握り締める。


……う…速い……! 

シャ、シャレになんないくらいに、速い!

いきなりこのスピードは……


怖すぎます! 

すみません!

止めていただけませんか!? 

ここに、初心者!

初心者がいます!!


そんなあたしの叫びなんかやっぱり誰にも届かなくて。

一瞬止まったのは、城壁の開門を頼む時だけ。

後は、ただひたすらに走って走って…


ちょ、ちょっと待って。

なんなのよ、これ。


前を走るアレクに置いて行かれない様に、

必死でユーリは馬を操ってる。


ひえ~~~~! 

た、たしか、馬って自動車より絶対遅い筈だよね! 

百キロとか出てないよね?! 

なのに!


――なに? この速さ…! 


体感速度が半端無く速過ぎる。

前に居る筈のアレクが、多分凄く早いんだろうけど。


ついて行ってるね。 

このスピードで、ついてってるって事だよね?

な、慣れてるの? 

慣れてるよね? 

慣れてるんだよね、ユーリ。


こんな速く乗れるなんて聞いてない!


うわ~っ! 

ひえ~~~! 

速いよぉ!!


今まで馬に乗ったこと、無かった訳じゃないけどさ。 

せいぜい並足、速くったってギャロップ程度だったはず。


こんなの聞いてないぞ!

速過ぎる!

ふっと一瞬、前を走るアレクが振り向いて笑った様な気がしたけど、

こっちはそんなもん見てる余裕なんぞない。


これ、下手なジェットコースターより怖いって!


一生懸命馬を駆るユーリの、

その中であたしはさんざっぱらに叫び声を上げ続け―― 




どのくらい、経ったかな…?


いい加減あたしも、叫び続けるのに飽きてきて。


人間どんなことにでも、しっかり慣れるもんなのね。

しかも、けっこう短時間。

ユーリの手綱さばきは正確で、

なんかこう安心感みたいなものまで出て来てて。


ユーリに全て預ける感じであたしは身体の力を抜く。

確かにこの子は馬好きで、

自分ちの馬、乗り回してた事は記憶をたどってわかったけど。


思っていた以上に馬に慣れている。

これは少なからずの驚きだ。

お陰であたしは、少しだけ周囲を見渡す余裕が出来る。

あくまでも、ユーリの視界に映るものだけど。


アスファルトなんて無い土埃の上がる道。

雨上がりの碧の森。

耳元を凄い勢いで通り過ぎて行く風。

馬蹄の音が規則正しく耳を叩いて、

目の前に、駿馬を駆る銀の髪。


――これは、結構気持ちいいかも。


視界は揺れるし、まだ少なからず怖いけど。

何とも言えない爽快感が体全体を駆け巡る。


二頭の馬は、休むことなく走って、走って…


一時間ぐらい走ったのかな…?

時計が無いからわからないけど、

ユーリの感覚があたしにその事を告げてくれる頃、

小高い丘を上り切った所でやっとアレクが馬を止めた。

それにならってユーリも危なげなく馬を止めて、

アレクの少し後ろに馬を寄せる。


「思った以上に見事だな」

「…ありがとう…ございます…」


でも、息が切れ気味なのはご愛嬌。

ユーリのその様子に、アレクは何故か凄く嬉しそうに微笑んでくれる。

頑張ったって事だよね。

うん。アレクが、認めてくれるぐらいには。


ユーリの息がようやく整いかけた頃、

アレクの落ちついた声があたしたちを促す。


「――見るがいい」


――うわ……!


アレクが、手にした鞭で指し示したもの。


それは色付いた麦の穂が見渡すかぎりに揺れる大地。

緩やかに傾斜を繰り返しながら、どこまでも続いて行く麦の波。


ところどころ点在する森の碧は青く、

こうして目にするだけで、大地の豊かさが見える。


「…こ、ここは…?」

「パンドア平原だ」


パンドア平原… 

ここが?


ユーリはおろか、あたしでさえ聞いたことがあるそれは、

余りに有名な、この国の北方に広がる肥沃な大地の名。

この国だけでなく、

近隣諸国からも垂涎される一大穀倉地の事だ。


「初めてか?」

「は、はい!」

「素晴らしいものだろう。これが我が国の宝の一つだ」


淡々としたアレクの声に、思わずユーリの身が引き締まる。


「ソレニアが、アランドア大陸一の国力を誇っていられるのは、

国王陛下の、そのお力によるところが確かに大きい。 

しかしそれを支えるのは、多くの民の食料を賄える

この豊かな大地があってこそ」

「……」

「民を飢えさせて、どうしてその国が立ち行ける。

この大地は、神が我らに与えた大いなる恩寵だ」


それが今、目の前に有る。


「この大地の果てにイアニスがある」


手にした鞭で、アレクが指し示す彼方。

イアニス――ソレニアの北方に位置する巨大な軍事国家。

昔から、色々な因縁でこの国の歴史に名を刻む隣国。


どうしてもきな臭さを覚えるその名を、

アレクがどうしてここで口にするのか。


「譲れぬ」


易々と手放してなるものか。


「必ず…」

「団長…?」


強く――アレクにしては珍しいその口調に、思わず端正なその顔を見返してしまう。

いつもなら、日に透けて煙るような紫の瞳が、

強く意志を秘めて、遥かな何かに視線を据える。

めったに見せない堅く引きしまったその表情は、

どこかあたしたちをざわめかせる厳しさを宿していて。


……何か、あった…?


何か、あたしの――ユーリの知らない所で、起こっているの?


こんな時は、

ユーリの目線でしかこの世界を知ることのできない自分が恨めしい。

何が有っても、何が起こっていても、

あたしたちはそれを知るような立場には無い。


……そう言えば、前もどっかで聞いたよね、イアニスって…


『イアニスの竜酒』


そうだ。

前にガイが来た時の…


ツキン…


思い出して、少しだけ心臓が痛い。

あの日起こった出来事は、

あたしの中に微かな棘となって残っている。


聞きたい。

アレクに聞きたい。

何を聞きたいのかわからないくらい聞きたいことは山ほどあって――


でも、絶対に聞けなくて。


――あの…!


「…団長!」

「――どうした?」


どうした…?

聞き返されて、一瞬、この子の意識が白くなったのを感じる。


……ユーリ。


ユーリ。


あなたは、何を、聞きたかったの?


その時ユーリの心の中は面白いぐらいに何も無くて、

言葉が無意識に出たって事を、あたしは理解する。


無意識… 

無意識?


確かに、この子は無意識だった。

けれど、その中で、言葉を発しようとしていたのは――



――まさか…


まさか、ね。


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「いえ、なんでも」


何でもありません。


「無理をさせた。疲れたか?」

「いえ、あの!大丈夫です!このぐらいの距離は家でいつも…

す、すみません… 僕…いえ、わたしは…えっと…」

「ああ、いい。何の予告も無く同道させたのは私だ。すまない」

「いえ! 連れてきていただいて嬉しかったです!」


ありがとうございます!


そう、すごく嬉しかったよ。あたしもユーリも。 


ほら、今、

あたしはアレクと二人っきり。

これって……デート…かな? 

アレクはそのつもり全然ないだろうけど。 


…凄く、すごく今は嬉しい。


「素晴らしい所ですね」

「…ああ」

「がんばります。もっと、がんばって」


団長と一緒に、この国を守れるようになります!


――もう… まったく…!


ユーリってば、真っ直ぐ過ぎ。

自分の妄想に浸りきってるおねーさんは、

思わず落ち込んでしまうではないですか。


アレクも、一瞬だけ息を止めて。

その後、声を上げて楽しそうに笑いだした。


「期待している」

「はい!」


何度目かの、

それはユーリとあたしが、アレクに惚れ直した瞬間だった。







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