第十五章 女同士というものはー2
さて、お腹は真面目にへっている。
時間いっぱい待った無し。
「いっただきま~す!」――はい。ご挨拶は忘れずに。
ビールの到着、はい、早い。
二人で「乾杯!」
はて、なにに?
そこからは二人そろって、自分の食欲を満たすことに終始する。
「あ!このつくね美味しい… ちょっとはまりそう」
「ああ、それ? 隠し味にしそが入ってんだよね。あたしも好物… 一つ頂戴」
「一つだけよ。じゃあ、代わりにその煮付けの味見させて」
「これ? いいよ。食べてみ」
「ん… う…思ったより食べやすいかも…
あたし、魚苦手だったけど、これならいけそう」
「正直に美味いって言ってみな。こちら天下の石鯛様だぞ」
ここの大将、
魚料理にかけてはここらあたりで右に出るものいないんだから。
「病院の御用達ってのわかっちゃう… 近いし安いし、美味しいし…」
「ここにしてくれてよかったよ。
変なバーとかに連れ込まれたらどうしようかと思ったもん」
「何気に失礼ね」
「いや、思ったまんま」
他意はない。
もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ…
食べるって行為には、
他人との垣根を超える効果があると、いつもあたしは思ってる。
ついでにそこに適量のお酒があればなおさらね。
ただし、食べる時、
あたしを不快にさせない人間に限るという条件つき。
その定義に従えば、真由美は合格ライン越え。
あたしはご飯を美味しそうに、幸せそうに食べる人は大好きだ。
「しっかし、あんた、結構量いけるのね~
ダイエットとかって目の色変えそうなタイプなのに」
「それなりには気を使うけど。
食べる分は運動で消費するようにしてますの」
この体型維持するの、それなりに気を使ってんのよ。
「いや、気を使っていてもらわないと正直困る。
何にもしないのに、そのバディとか言ってくれちゃったら、
あたしらの立つ瀬がない。――ちなみに、バストのサイズ、聞いていい?」
「…男だったら、思いっきりセクハラ発言よ、それ」
「いや、男でも女でも、気になるんだもん。ダメ?」
「…70のE」
うわっ…やられた…
さすがと言うか何と言うか…
「お返しに聞いてあげる、あんたのサイズは?」
「ノーコメント」
悪かったな。
どうせ75のBだよ!
自分で話ふっといてなんだが、こういう時は話題を変えるに限る。
「――で? そろそろ本題にいきません?」
「本題?」
「あたしへの御用件。一体何の御用でしょうか? 真由美サン」
逃げたわね…
あからさまな非難はこの際こっちへ置いておこう。
自慢できない事を答えるつもりはありませんぜ、おねーさん。
「あらたまって聞かれると…
なんであんたを、ひっぱって来ちゃったのかしら、あたし」
――おい、こら、聞き捨てならねーぞ。
「まあそうね。この際だから、聞いとくわ。
――有里って、山本センセと付き合ってんの?」
「――は?」
今、なんて、おっしゃいました…?
「…え~と、どういう事でしょう…?」
「どういうって言葉通り。
山本先生はあんたの彼氏かって聞いてるの」
「~~~~~~!!」
本日、二度目の大撃沈。
今日は何? なんかの厄日!?
「あ…、あ…、ありえないから、それ!」
「え、違うの? だって病棟内で聞いたから。
一応確認を、と思って聞いたんだけど」
「何の確認だ、それ!
いったいどうなってんの、病棟側!」
これって今日の昼休みにも、
確かに確認されたよな――深山さんから。よりにもよって。
「ない! ぜ~ったいにない!
金輪際ない! 何が起こってもありえない!」
「…おっそろしいまでの否定形だけど、もっぱら病院では評判よ?」
「だから、なんで?!」
「良く一緒に呑みに行ってる」
「弱み付け込まれて、奢らされてるだけ」
「よく立ち話…」
「どつきあいの口げんかだろうが!」
「名前で呼び合ってるし」
「腐れ縁。
十年来の知り合いなんだから、もう仕方なかろうが!」
ぜー ぜー ぜー…
「奴はね、あたしの兄貴の友達なの!」
おかげで十何年も顔、つき合わせる羽目になる。
ああ…もう!
何処をどうとったら、そんな話になるんだか…
あたしの平穏を、返せ! バカ!
「あれは、天敵!」
そう! あたしにとっちゃ、紛れもない天敵だかんね!
「――じゃあ、狙ってもいい?」
「はい?」
「あたしが、おとしても良い?」
真顔で、真由美があたしを覗き込んでくる。
――うわ…
「やめれ… あんたのアップは女でも落ちそう…」
「うふん。ありがと」
一応褒め言葉と取っておくわ――
な~んて、にっこり笑ったお顔が怖いですよ、真由美サン。
初めて、剛史を真正面から狙ってくる、肉食女子を拝見しました。
ちろ…っと赤い舌が、グロスを塗った口元から覗いて…
エ、エロいよ!! マジ、エロい!
流石、エロ川!
君は凄い!――絶対に言わないけど。
「まあ、せいぜいがんばって」
どうせ人事他人事。
人の恋路をなんとやら。
あたしにとったら、この目の前の石鯛様の方が魅力的。
だけど。
「ねえ、剛史ってそんなに、いいおとこ?」
なんて事が、思わず口から零れ出る。
「何、言ってんの!あの身長、高学歴に高収入!
使い古しの言い方だけど、三高の、そのトップに君臨するお医者様よ!
狙わなくってどうするの!」
とたんに溢れ出す、反論の数々は、いちいちごもっともではあるけれど。
「その分、悪食の毒舌家」
「そんなもん許容範囲の内の内」
ノープロブレム、無問題。
あ、そーですか。そうですか。
そーゆーもんなんですね、世の中は。
あいつの性格とか、嗜好とかってのは
この際あんまりかんけーないのね?
それはそれでなんとなく、
腑に落ちないと言うか、納得いかない気がするが…
「…でもさ~」
一応、思いついたから言っておこう。
「あれ落とすんなら、
あんた少し方向性、間違ってるような気がするんだけど…」
――なんでだろ。
言うつもりの無かったこんなことが、思わず口から飛び出した。
「剛史のね、女の趣味って、
あんたみたいなタイプじゃない気がすんだけど」
「え、なに? そうなの? 何で知ってんの?」
「いや、実際に聞いた訳じゃないけどさ」
口に出してからびっくりする。
こんな事、口に出す気は全くなかった。
「…あいつ、兄貴の友達だって言ったじゃん。
どうも、似てる、らしいんだ、趣味、とか好み、とか…」
「だから?」
「だから、えっと、あの…」
うわ…
ヤバい。
これ、言うつもり、なかったんだけど。
「何よ。はっきり言いなさいよ」
ここまで来たら誤魔化しなんて、無しだからね。
――はい、ごもっともです。
ううう…
近来まれにみる失言だぞ、あたしってば。
「…あのさ。間違ってたらごめんだけど」
こうなったら、洗いざらい言っちゃうよ。
「あたしらが中一の時、当時中三だった神戸祐樹――
あたしの兄貴、追っかけまわしてた、東中の平川ってあんた、よね?」
「~~~~~~!?」
途端に、真っ赤になって慌てふためく真由美の顔に溜息一つ。
……ああ、
やっぱし図星でしたか。
世の中って、ホントに狭い。
「な、な、な… 何で、知ってんの!?」
「いや、あん時、ウチの兄貴、マジ、本気で逃げ回ってからねぇ…」
実はとっても知っている。
それこそ、あんたが知らない事まで。
始まりは、兄貴が中三になったばかりの5月ごろだったかな。
半年余り、これでもかってくらい追いかけまわされたって話を、
あたしは剛史から聞いている。
元々恋愛関係に全くというほど免疫が無く、
おまけに異性からの好意とやらにおもいっきり疎かった兄貴にとって、
それは嫌がらせ以外の何物でもなかった――
なんて事は、やっぱりさすがに言えないな。
「あんたが『ゆり』って呼んだから、多分そうかなって思ってさ。
別の中学だってのに、あたしの名前知ってるのって、
兄貴関係ぐらい…だ、よね……」
つらつらと、一応言葉を選びながら――
あ、ヤバい。真由美さんてば顔真っ赤。
う、うん…
流石に、その、
いわゆる、黒歴史ってやつ、だった…?
「ま、まあ、古い話だし…」
ごめんね。古傷抉っちゃって。
きっと、真由美にとっても若かりし頃の暴走ってとこだろうし。
兄貴にしてみたら――また違う感慨があるかもしれないことだけど。
しみじみと一人で過去の感慨に浸っていたら、
ポツンと真由美が呟いた。
「……ゆうきさん、元気?」
「へ?」
「…えっと、その… 神戸さん…今、その…」
「ああ、兄貴?」
少しは悪いと思ってるんだろうな~、これって。
あたしは、少し安心して、聞かれた事に答えて行く。
「兄貴はまだ一緒に住んでるよ。あたしら二人とも、実家なんだよね。
今はね~ 高校の教師なんてやってる。専攻は化学。
若い女の子に囲まれてる癖に、年中モテないって騒いでてさ~」
あはは…――との笑いに、真由美は乗ってこなくって。
……あの、すみません。
何かしゃべって頂けませんか?
何となく、
場が持たないんですけれど…
ごほん。と咳払い一つして、
あたしは本来の話題に戻る事にする。
今、話してんのは、それじゃない。
剛史の事、剛史の事…
どうやら、真由美の聞きたい事もそれだったようだから。
「――ともかく。
あの二人の趣味って似てるんじゃないかって思うのよ。
どっちかって言うとあんたみたく『女』って感じじゃなくってさ。
どういうのかな~こう… 清楚? とか、つつましやかとか
そっち系が好み…じゃないかと」
正面切って聞いた事無いけど。
「………」
……あの、そんなに本気で考え込まれても困るんだけど。
「ま、まあ? あたしが言うのもなんだけど、
あんた本当に美人だし、色気も有り余るほどあるから…
え~と、剛史は… うん。剛史は落ちるかも」
兄貴は無理だけど。
「ま、まあ、とりあえず呑もうか」
「う、うん。そーねー、つきあったげる」
「日本酒イケる?」
「ばっちり」
すみませ~ん、追加おねがいしま~す。
大声で、馴染みのバイトのにーちゃんに声をかける。
「とにかく、呑もう!」
「賛成!」
呑んで忘れよう!――って、出来る訳がないけれど。
なんだかな~
なんだか、言っちゃいけない事とか、聞いちゃいけない事とか、
どっかで、だれかの、何かを踏んだ。
なんとなくなんとなく。
何かが、動いた気がする夜だった。




