第十四章 女同士というものはー1
さて、とりあえず。
「とりあえず、ビール!」
居酒屋でのこの第一声は、もはや定番ではないだろうか。
そこに突っ込みを入れてくるのは、
今日初めて一緒に飲む羽目になった元同級生。
「それはビールに対して失礼でしょう?
ビールであれ何であれ、好きで呑んであげなきゃ失礼ってもんじゃないの?」
「じゃあ、あんたはなんにすんのよ」
「とりあえず、ビール」
「同じかい!」
いや、こんな所でノリツッコミをしている場合じゃないのだが。
深山さんの宣言通り、
残業を回避させられたあたしを関係者出入り口で待ち伏せし、
さっさとここへ連れ込んだお姉さん、
いまいち状況に適応しきれていないあたしをしりめに、
メニューを思いっきり卓に広げて吟味に入る。
「焼き鳥と~ 枝豆と~ 唐揚げ… あんたは?」
「焼き鳥追加。揚げ出しに煮付け――今日は何?」
「石鯛って書いてある」
「じゃあ、それ」
こんな時に出る女同士の軽いノリは、
たとえ親しくなくっても果たして一緒なるのかね?
まあはなっから、猫なんて捨ててかかる気まんまんだ。
もしかして、そっちも同じつもりかな?
「……しっかし、あんた…その格好…」
小汚いとは言わないが、結構年代じみている居酒屋のカウンター。
ジーンズにシャツのあたしの横だけ、
なんで、どこぞのエロゲーになってんの?
ぴっちぴちの、スタイルを思いっきり強調している
お洋服をお召しになったお姉さん。
エロ川こと、
平川…――なんて言ったっけ…?
いかんいかん――またしても、名前、覚えてねえ。
これは本当に直したいあたしの欠点の第一位。
とにかく顔覚えが悪いんだ、あたしは。
剛史敵前逃亡事件(?)は今日の昼休み。
このミニスカートのおねーさんに確保され、ここへ連行されてきた。
また晩御飯ドタキャンか?
さっきかろうじてLineだけは打っといたけど、
またおふくろさんの愚痴を聞かなきゃならんかね。
愛用のバイクちゃんは、またまた病院に放置確定。
ここまで来て、呑まずになんていられるか!
――明日、どうすっかな。
こうなったら、歩きかな。
この頃、妙にこのパターンが多くない?
「――なによ。なんか文句ある?」
思わず恨めしげに隣見て、
溜息を一つ付いて見せれば、すかさずつっけんどんな言葉が降ってくる。
おお。反応は鈍くないね、おねーさん。
「いえ、文句なんて述べるつもりはないですが、周りの視線が痛くない?」
庶民感いっぱいのカウンターに、妙齢の色っぽい女が一人。
――奴らの眼中にあたしが入ってない事を、きっぱり断言をしてやろう。
「有名税よ、有名税」
スタイルが良過ぎるのも困ったものね~
――うわ~~~っ!
そんな事言いながら、
足、組みかえるな! 足!
下着をちゃんと着けてても、思わずドキッとするでしょう?!
昔、こーゆー映画なかったっけ?
あの女優たしかノーパンだったって評判に――
いやいや、そこじゃ、そこじゃない!
女のあたしでも、思わず赤面するような、
仕草をするな、ばかものが。
――ううう… やっぱり早まった…
綺麗なおねーさんも、色っぽいお姉さんも、大好きだ。
だけどあくまで、見てる分。
遠くから拝謁するくらいがちょうどいい。
こんな間近で真横になんぞ、
来ていただかなくて結構です!
「……んで、なに?」
「は?」
「わざわざあたしを連れ出したって事は、それなりな用事がおありでしょ?」
こうなりゃさっさと用件を、
すませておさらばいたしましょう。
「あら、わかる?」
「そのくらいはあからさま。――して、何の御用ですか? エロ川さん」
「…ちょっと待って、その前に。
呼び方をどうにかしなさいよ。不愉快だわ」
「え? 呼び方って…エロ川?」
「そう!それ!そのあだ名!そんな呼び方されて喜ぶ女がいるとでも?!」
あら、それは確かにそうだけど。
「そのお姿でおっしゃられても、説得力ってもんがねぇ…」
「失礼ね!かえすがえすも失礼ね! まったくなによ!ゆりの分際で!」
「ちょっと待て。分際ってなんだ?分際って。
いきなり呼び捨てくらうよな、覚えはこれっぽっちもありませんが」
「呼び捨てが何よ! 呼び捨てが!
大体あんた、昔から『ゆり』って呼ばれてたじゃない!」
「それは、極々親しい奴らだけ。
あんたに、呼び捨ての許可を出した覚えはありません」
あたしは基本、自分の名前、呼ばれんのは好きくない。
「あたしだって、おんなじよ!」
そのあだな、すっごいむかつく!
声音の忌々しさに少し驚く。
確かにそれほど親しくはなかったが、
このあだ名を本気で嫌がってたとの印象が、あたしに無い。
「…もしかして、ほんとはすんごく嫌だった?」
「もしかしなくても、いやだった」
「…そんな風に、お見受けしなかったんだけど…」
「普通に考えて、『エロ川』なんて呼ばれて喜ぶ女の子がいると思う?」
「…思いません」
「だったら、わかるでしょ!」
すごくすごく、いやだった。
本気の声音が耳に刺さる。
まずいな。配慮に欠けちまったか。
「でも、あったり前の様によばれてませんでしたかね…?」。
「あれはね、開き直りよ。開き直り! 何しろ、このナイスバディでしょ?
制服着てても目立っちゃうし、隠そうと思うと、かえってバランス崩れんの。
変にいやらしいエロになっちゃうの!」
だから、開き直ったの。
「開き直ると、健康的なエロになんのよ。
その方がまだまし、建設的ってもんでしょ」
――いや、傍から見たら、
しっかりその方面で自己主張してるように見えたけど。
なにしろ、あんたがいるだけで男子は目の色変えるし、
女子は…まあ、なんだ。
近付こうともしないわな。
――そうか。確かに嫌だよな。
今考えると、それは愉快なことじゃない。
その中で開き直って生きてきたのか、すごいな、あんた。
実に称賛に値する。
かなり性根が座ってる。
自然に頭が下がります。
「知らなかったとはいえ、まことに申し訳ない事をした。
今後はしっかり善処させていただこう。
――んで、どうお呼びすれば良いのかね?」
「…名字でいいじゃない」
「名字ねぇ~ エ…もとい、平川…さん?でいいのかな?」
「…なんで、そこ、疑問形なのよ…」
「だって、今までの口の慣れってもんがあるからさ。
どうしてもエ…平川さんってつまっちゃうんだよ」
あはは~… なんて、笑ってごまかしてしまおう。
悪いけどあたし、これからも、エ…で詰まる。断言できる。
「ああもう、わかったわよ! じゃあ、名前! 名前で呼んで!」
「名前?」
「そう。そうしたら、混同しないでしょ?」
「……ちなみにお名前は、何とおっしゃいましたっけ…?」
なんで、あたしのハードル上げんの?
「忘れたの? 今日の話よ、忘れたの? 忘れたのね!?」
「…すみません…忘れました…」
「まゆみ! 平川真由美!
まは真実の真に、ゆは自由の由!みは美しいの美、よ! わかった!?」
「わ、わかった――ま、真由美さん、で良いのかな?『さん』付けいる?」
「そこは結構。同級だしね、呼び捨てで良いわ」
ありがたく思いなさい!
つん!と顔をそっぽ向けるエロ川…もとい、真由美の顔は――
あれれ…少し赤い。
え? 照れてる?
名前呼ぶだけで照れるって…
ほんとはめっちゃ可愛い性格してるとか…
「んじゃ、あたしも有里。有里で良いよ。有り無しの有りに、里と書いて有里」
「え?」
「一方通行じゃ、申し訳ないしね。そんじゃ、これからよろしくね、真由美」
「…こちらこそ…」
もごもごもご…と、何か呟いているのが気にはなったが。
まだまだ赤みが取れてないほっぺたを、
見てたら何だか笑いたくなってきた。
「…何笑ってんのよ…」
「いや~別に」
これは楽しい誤算かも。
「――ともかく! 話戻すわよ! あたしが聞きたいのはね!」
「あ、ちょっと待て。飯が来た。ああ、すみません。おにぎりも追加で二つ。
――とりあえず、食べていい?」
「あ、あのね!」
「腹が減ってはなんとやら。きちんと話は聞くからさ~
あたし、お腹減ってると、聞いたことすっかり忘れちゃったりすんのよね。
まずは腹ごしらえ…OK?」
「…おーけー…」
うんうん、うんうん、いい子だね~
聞きわけの良い子は、大好きよ。




