第十一章 何かと毎日起こりますー1
――う~ん…
考えてもしかたない事って、あるよね。
――う~~ん……
でも、どうしたって考えてしまう事だって、あって。
「う~~~ん………」
お昼休み。既に昼食は食べ終わってる。
この時間、事務室で机に向かって頬づえを付いて、
考え込むようなあたしじゃないんだけど。
昼休み、それはここでは概念でしかない。
我々は時間に対して、非常にアバウトにならざるをえない。
なぜなら、ここが病院だから。
普通の会社ならきっと、
十二時になったらすぐに、昼休みを取るのだろう。
しかし、病院――基本的に昼休みも昼ごはんも、
取れる時に取る、食べれる者から食べるのが当たり前。
時間ぴったりに『さあ、皆で仲良くお昼!』なんて、最初から論外。
特に外来と救急は、本当に凄まじい。
体力気力精神力のデスゲーム?――ってたまに思う。
あたしのいる栄養室は、
ありがたいことに上記の二つほどの緊急性は元から無い。
それでも事務室は職場の最前線。
お昼休憩だって、誰かにつかまったら最後、
急に入った仕事やら、いきなりの欠員の補充やら、
否応なくそのまま午後にもつれ込むのが実情で。
しっかりお昼休みを取りたかったら、
物理的に距離をとる――という、選択肢しかありえない。
まあ、うまく回避しても、その分後にずれ込んで、
残業確定という憂き目にあうこともざらじゃない。
目に入ったら猫でも使え――いや、これ本当にマジだから。
そんな事情があるもので、
いつもだったら近所のショップモールとか、
公園とかに逃げ出しちゃったりしてるんだけど。
今日はなんだか、考える事が多過ぎて、体を動かす気がしない。
ああ… コンビニの新作スイーツ今日からだっけ…
すぐ売り切れるんだよね…
帰りで間に合うかなぁ…
ぐだぐだと未練がましく思いながらも、
お尻をペタンと椅子に下ろしたまま動かない。
原因は、一つ。
間違いなくこの前見た夢。
それが原因。
一週間ばかり前に見た夢は、アレクが思いっきり出ずっぱりで、
それはそれは満足感満載のものであったはず。
アレクだけでなく、おまけのようにガイまでも。
あっちの世界での二大イケメンそろい踏みだったんだ。
これは間違いなく、その後一、二週間、
それだけでご飯が美味しい夢ライフ!――なのに。
その最後。
目覚める前に見た景色。
アレクの婚約者を目の当たりにした衝撃もさることながら。
――あれは、なに?
あたしが見てしまったミルヴァーナ姫の視線の先。
アレクの婚約者として見たはずの、姫の視線の微かな色。
――だめ、だよ。
わかるから。
あたしにはその意味が、こわいぐらいにわかるから。
だから、だめ。
それを、認めちゃいけない。
だって、婚約者だよ?
アレクの、婚約者なんだよ?
あの、恐ろしいまでにイケメンの、
男としても結婚相手としてもこれ以上ない完璧な、
アレクの、婚約者なんだよ、あなたは!
金と銀。
青と紫。
一対の、理想が作り上げた様な完璧なカップルだったじゃない。
おとぎ話の王子様とお姫様、
二人は結婚して幸せに暮らしました。
それで、完結。
そうでしょう?
こんなにもアレクが好きなあたしでさえ、
「ああ、かなわないな…」と、おもったのに。
ガイに惹かれる気持ちがわからない訳じゃない。
アレクさえいなかったら、あたしも夢中になっていた。
でも、だからこそ。
それは、きっと、あってはいけない。
なのに、あの眼。
あの眼差し。
――どうしてあなたが、そんな目をするの。
口に出せない。
言葉にして形にしてしまったら、
崩壊する。
――ガイ…
ガイも変だ。
気さくで、微笑ましいぐらいに自由に振る舞うあの人が。
いくら王族相手でも、あれほど謙るなんてらしくない。
絶対に合わせなかった視線。
堅苦しい口調。
距離を感じさせる仕草。
――まさ、か…
考えちゃいけない。
きっとこれ以上、あたしは考えちゃいけないんだ。
あの後も、ユーリの世界は平穏に流れている。
ガイにも、そしてアレクにもその後は会えていないけど。
それでいい。
それがいい。
あたしがどれだけ悩んでも、あたしは何もできはしない。
あたしはいつも見てるだけ。
ただの傍観者でしかない。
「――どうしたの~? 元気ないねぇ、神戸ちゃん」
「ああ、深山さん…」
ポン!と手にしたプリントを丸めて、深山さんがあたしの頭を軽く叩く。
どうでもいいけどあたしの周り、
あたしの頭を、太鼓かなんかと間違えてる人が多くない?
いや、深山さんのこれは、決して痛くないからいいけどね。
「神戸ちゃんが元気ないと、なんとも空気が重くてね~
どしたの? 具合でも悪い?」
「…具合の悪い人間は、お昼、完食しませんって」
深山さん、一緒に食べたじゃないですか。
今日は久しぶりのカレー。
美味しかったです、ごちそうさま。
「それにしては溜息が多い。神戸ちゃんらしくない」
いや、確かにそーなんですが。
「もしかしたら――突発性のはやり病?」
「違いますっ!」
なんですか、その突発性のはやり病って。
「ここは仮にも病院ですよ。
そんなけったいなものが出たら、保健所行きまっしぐらじゃないですか」
「あら、保健所に関係のないはやり病だってあるじゃない」
「は?」
「思いっきり突発で、人を選ばない――ずばり、恋」
「――へ?」
「だ~から、恋の病!――当たり、でしょ?」
「違います」
いえ、当たらずとも遠からず、ではありますが。
「ええ~っ 違うの? 絶対絶対そうだと思ったのに。
やっとやっと、神戸ちゃんにも春が来たと思ってたのに~」
「深山さん…」
頼みますから、
両手を胸のあたりで握り締めて、力説しないでくださいませ。
あなた、おいくつでしたっけ?
「残念ながら、今回は違います」
「今回はって、いつのはそうなの?」
「何時のって、それは… ――! み、深山さん!」
誘導尋問ですか!?
「あら残念… もう少しで引っかかってくれそうだったのに」
けらけらと笑いながらいうことですか、それが。
いつまでも、茶目っ毛を失わないのは深山さんの良い所だが。
頼みます。
あたしでは遊ばないでくださいませ。
「でも、本当に変よ、あなた」
なんかあったの?
あたしと向かい合わせ。
自分の椅子に腰をおろしながら真面目な顔で尋ねてくるのは、
いつもの落ち着いた上司の顔で。
「いえ。もう、考えてもどうしようもない事だって、わかったんで」
すみません。ご心配かけました。
ぺこりと頭を下げてみる。
ふざけてるなってわかる時は、友達みたいにしてあしらえるけど、
こんな風にしっかりと年上の立場で来られると、どうしたって敵わない。
ダメダメじゃんか。あたしって。
どうでも良いとは言わないが、
どうしようもない事で上司にご心配をお掛けするなど、
本当に不甲斐ない。
よし、もう、悩まない。
当たって砕けるつもりはないが、成り行きを見守っていくしかない。
考えない。
もう、これ以上考えない。
どうせ関る事など出来ないから、
楽しい事――アレクに会えることだけ考えよう。
そうだ、そうしよう。
――よ~し! もう、絶対考えたりなんかしないぞ!
「…ねぇ、神戸ちゃん」
「はい?」
「もしかして、山本先生にふられた?」
心密かに決意を固めたあたしの様を、
どう受け取ったのか深山さんから爆弾一つ。
――は………?
「いや、間違えた。山本先生をふっちゃった?」
「はあ?」
なんか、幻聴を、聞いたように思うのですが…
「え?違うの? てっきり、そうじゃないかと思ったんだけど」
えっと、誰が?
誰をフるとおっしゃいました…?
「――あ、あ、ありえないでしょう!!」
って言うか!
「何でそこで、剛史の名前が出るんですか!」
「え? だって。なんでそれをあたしに聞くの?」
「だから、あなたに聞かないで、誰に聞くんです、この場合!」
あたしが剛史をフるって、なに?
いや待て、その前がある。
あたしが、剛史に、フラれるってか!
「それは! あまりにも! あたしに! 失礼でしょう!」
なんで、あたしがフラれにゃならん!
「だって、仲いいじゃないの」
「あれのどこが!」
一方的に、ケンカ売ってくるのは剛史の方だ。
あたしがそれを、正当防衛で返して何が悪い。
「あたしと奴の間には、これっぽっちもそんな関係はございません!」
そこだけは、しっかり、拳握りしめて、思いっきり、宣言。
目をぱちくりさせた深山さんの瞳が、やがてふわっと微笑みに溶けて。
「…若いなぁ…」
「は…?」
「うんうん。若いって良いねぇ…」
「へ…?」
いきなり手を伸ばして、机越しに頭を撫でられる。
――あ… こんなの久しぶり…
そう言えば、あたしはこんな風にされた事なかったなぁ…
「そんなとこが神戸ちゃんの良いとこだけど。でも…」
大事な事を、見落とさないでね。
そう言った深山さんの顔は、なぜかすごく真面目な顔で。
「大事なこと……?」
上目使いに尋ねてみても、深山さんはただ微笑んでいるだけで。
これはもう、何も教えてくれない合図。
なんだかなぁ… 意味深過ぎて。
あたしの正解は、なんですか…?
――と、その時、廊下の方から物音が。
パタパタパタパタ…
えっと、これって病院指定の上履きの音だよね。
非常時以外、廊下は走るなって院長のお達しが出てるのに、
誰だよ一体。
と、思う間もなく、
バタン!と、強く事務室の扉が開けられて。
「「え?」」
思わず、深山さんとハモってしまった。
飛び込んできたのはさっきから
話のネタになっている山本センセ、その人。
えっと、こういうのって、なんて言うんだったっけ?
「頼む! 有里! 匿え!」
「はあ!?」
そうだ。
『噂をすれば、影』




