四話 初デート
「本当にこんな姿で大丈夫なのですか?!」
頼んだ通りに用意された菫色のワンピースに身を包み、足元は茶色の編み上げのブーツを履いた。
銀色の髪は三つ編みに結われ、深めのバケットハットを被っている。
パッと見ただけでは王女には見えない出立のはずだ。
「大丈夫、むしろ完璧よ!これなら街に溶け込めると思うわ。」
ローラは眉を顰め、ため息をついた。
「それにしても本当にあの者を選んでよかったのですか?」
「?ローラは彼が嫌い?国の英雄よ?」
「いえ、そうではなく…」
しばらく思考を巡らせたのだろう。ローラは黙りこんだあと、姫様が良いなら問題ございませんと言い残すと部屋を後にした。
ヴァルク・ストーンが国の王女の婚約者として相応しいか否か
それは多くの貴族たちの話題のひとつになっていた。
昨夜のパーティーでもバルコニーから出てきたふたりは否応なしに多くの人々の好奇の目に晒された。彼の出自が不明なため、貴族たちはこぞって好き勝手な言葉を並べ、この婚約は彼らの暇つぶしの餌食となったのだ。
ヴァルクは彼らの相手をすることなくさっさと退散してしまったので、結局あまり話をすることできなかった。
今日はうるさい貴族たちはいない街の散策だ。
アメリアの美しさは残しつつも完璧な変装に我ながら惚れ惚れして、約束の時間に城門へと向かった。
ヴァルクはデートというものの知らないのだろう。
彼の姿に先ほどまでの浮き浮きとした気分は消え失せてしまった。
体をすっぽりと覆う、マントに身を包み、護衛隊と話す彼は、こちらを見て明らかなため息を吐いた。
「殿下、こちらを羽織ってください。」
フードの付いたお揃いなんて可愛い言葉は似つかないマントを渡され、せっかくのお洒落が台無しじゃないと言うと、お忍びですのでと返された。
「お忍び…デートだとわかっておりますか?」
返答なくヴァルクに睨みつけられ、仕方なくマントを羽織った。
せっかくのワンピースが台無しだ。そんなふうに思っていると肩を抱き寄せられ、ヴァルクの身体にピッタリと寄り添うことになった。
がっしりとした大きな身体に包まれ、さらにマントの麻の匂いの中にうっすらと甘い香りが混ざっていて、恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
「護衛は俺1人なのではぐれないように」
「……はい」
彼はこんな風に女性を抱きしめてもなんとも思わないのだろうか。
斜め下から顔を覗き込んでみても、彼の真意までは見えてこない。
「ねえ、ヴァルク様。お忍びでしたら、こんな風に目立つのは良くないと思います。
呼び方も庶民っぽくしないといけないと思いますわ。」
力強く抱きしめられた腕からサッと抜け出し、目の前に手を差し出した。
「このダサいマントは我慢します。でもあなたのような大きな男性が私のような小さな女性を抱えるように連れていたらとっっても怪しいと思います。なので、手を繋ぎませんか?」
「はあ??」
とてつもなく嫌そうな顔をしてくれたので、逆にやりがいが出てくる。
「私のことは……そうですね、リアとお呼びください。あなたのことはヴァルとお呼びしますわ。」
「それは………命令か?」
「いいえ、お願いです。婚約者からの。嫌なら無理にとは言いませんわ。」
ヴァルクは差し出された手をじっと見つめたあと、大きな溜息を吐いたからと思うと、素早く手を取った。
「仕方ない、さっさと行くぞ。リア。」
繋がれた手はリードのように引っ張られる。
大股に歩き出したヴァルクの顔は見えないが、ほんのり耳たぶが赤くなっている。
(嫌そうにしてるくせに、本当は照れているのかしら。)
そんな風に思うと自分の心臓の音がやけに大きく響いて、駆け足で誤魔化した。
歩調が合っていないことに気づいたのか、ヴァルクは振り返ると何も言わず、歩幅を揃えるようにゆっくりと歩き始めた。




