ひとつまみの幸福
ある午後の日。
「アメリア様!! あれっ、見てください!!」
テティの弾んだ声に、アメリアは彼女の指差す方向へと視線を向けた。
そこには、美しい湖の水面に、水鳥たちが整然と並んでいる。
ノルディアでは夏になると、水鳥たちが涼を求めてこの湖へやってくる。
懐かしさを伴うその光景に、アメリアの口元には自然と笑みが浮かんだ。
「もう少し行けば、湖水浴ができる場所がありますが、行きますか?」
隣に立つリンクが、湖の奥を指差す。
記憶の中にあるこの湖は、過去も未来も、前世であっても変わらない。
ただ、そこにある美しさだけは、いつも同じだった。
「そうね……冷たい水に、少し触れてみたいわ」
「きゃー! やったー! 私、はじめてです!」
テティが飛び跳ねて喜ぶので、アメリアは苦笑するしかなかった。
「水着なんて、持っていないでしょう?」
「ないですけど、足くらい浸してもいいと思います!!」
その断言するような物言いに、アメリアはリンクと目を合わせ、思わず笑い合った。
彼女の明るく裏のない振る舞いは、胸の内に溜まっていた思いを、静かに溶かしてくれる。
湖水浴場へ向かうと、子ども連れや若者たちの姿が、ぽつぽつと見受けられた。
アメリアたちは目立たないように馬車を止め、湖畔を静かに眺める。
「テティ、足を浸してきていいわよ」
「えっ……アメリア様は?」
「私はここで見てるわ。二人で行ってきて」
テティとリンクが湖の淵へ向かう姿を眺めていると、不意に前世の記憶が呼び起こされた。
夏になるたび、この場所で泳ぐことを楽しみにしていた三人の子どもたち。
末の子がまだ幼く、溺れないよう必死で抱きしめていたこと。
冷たい、と甲高い声ではしゃぐテティの姿が、その情景をいっそう鮮明にする。
「素敵なお嬢さん、おひとついかがですか?」
突然声をかけられ、振り返ると、飴細工売りが立っていた。
「まあ! わたし、飴細工すごく好きなんです!!」
「いやぁ、本当ですか? お好きなものを作りますよ」
年老いた職人は、小さな荷車に乗せられた木箱から、湯気の立つ白い塊を木の棒に刺して取り出した。
「何にしますか?」
「では、狼でお願いします」
はさみで小気味よく切り、指で形を整え、さらに筆で色を差す。
やがて、幻想的な狼の飴細工が出来上がった。
アメリアが嬉しそうに受け取ろうとすると、いつのまにか戻ってきたリンクが代わりにそれを受け取り、銀貨を差し出した。
「おや、これは騎士団の方ではないですか」
どうやら老人は、アメリアの正体には気づいていないらしい。
遅れて戻ってきたテティに、アメリアは声をかけた。
「テティ、あなたも何か作ってもらったら?」
「わあ、素敵ですね。なんですか?」
「飴細工よ。はさみ一本で作るの」
「うーん……じゃあ、青い鳥がいいです!」
テティの願いどおり、今度は美しい青い鳥が、瞬く間に老人の手の中で形作られていく。
「すごい……こんなに綺麗な飴、食べられないですね」
「それが、味もとても美味しいのよ。優しい甘さで」
「アメリア様って、意外と食いしん坊なところがありますよね」
「えっ……そ、そうかしら?」
痛いところを突かれた。
けれど、この飴細工も、子どもたちと一緒に買った想い出のひとつだった。
誰でも味わえる、小さな幸せ。
――ああいう幸せを、与えてやりたいと願うのは……
やはり、自分の独りよがりなのだろうか。
胸の中に浮かんだその光景は、
幸せであってほしいと願う、二人の背中だった。
狼の背を、ぺろりと舐めた。
その味は、自分がよく知るそれと、何ら変わらない。
ほんのりと甘く、優しさに包まれるような味。
想い出に涙がこぼれそうになるのを堪え、
アメリアは「美味しい」と、小さく呟いた。
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