一話 目覚め
第一章
「王女様、今日のお召し物はこれでよろしいでしょうか。」
気づくと、姿見の前に立っていた。紛れもないよく知る美しいアメリアの姿だった。
「あ、ええ、うん、これでいいわ。
えーっと、今日の予定はなんだったかしら?」
人生をやり直せと頼まれたが、まさか、こんな途中からはじまるとは。
「…軽い」
さっきまで老婆だったはずの身体とは明らかに違う。ベットから起き上がるのもままならなかったはずの身体は軽く、今にも駆け出してしまいたいくらいだ。
ふと手を見る。
真っ白で艶のある肌に、アメリアの瞳と同じエメラルドのリングが光っている。
キョロキョロとあたりを見渡してみたが、用意をしてくれているのは侍女頭のローラで、自分はいない。カリナはこの世界には存在しないのか。
「今日は王女の婚弱者候補が集まり、王が婚約者をお決めになる日でございます。」
「うえっ!!」
「まあ、アメリア様、なんとお行儀の悪い!」
「あっごめんなさい。びっくりしてしまって。」
「何を今さら…もう何ヶ月も前からこの日のご準備をされてきたではないですか。」
そうだ。この日は特別な日だ。アメリアはいつも以上に着飾られ、彼女の3人の婚約者候補たちの中から、今日彼女を手に入れられるのは誰か決められるのだ。
実際の様子は見ていないけれど、この日のことは一部始終聞かされたからよく知っている。
多くの貴族たちが集まったパーティで、王はこういうのだ。
「ーーー結婚相手はアメリアが決める!」
カリナとして聞かされたとおり、王は高らかにそう宣言した。
本当に言ったんだ…という驚きと、この決断がアメリアの人生の分岐点だということが明確に分かった。
3人の候補者たちは膝をつき、特に反論することもなく、その決断を静かに待っている。
王座の隣に立ち、彼らを見下ろす形になったまま、アメリアは左から順に候補者たちを見つめた。
最初の候補者は、5歳の時に決まった。公爵家の後継、フィリップ・モリスだ。美しい金色の髪を持ち、青い瞳は国中の女性を魅了すると言われていた。幼き頃はそれは愛らしい少年で、アメリアの初恋の相手だったため、婚約者候補となったと聞いたが、知る限りあまり彼を好んでいなかった。少なくとも奉公で彼女に仕えた時にはもう初恋は消え失せたのか、普段は誰にでも優しい彼女が、彼には冷たかった。アメリアの目が正しかったのか、数年後には女遊びと賭け事に入れ込み、公爵家を破産させるので、どれほどの顔面を持っていてもこの場で選ぶつもりはない。
2人目の候補者は、隣国ユーラシアの第二王子 アレクサンダー。隣国との小競り合いが終結した証に婚約者候補となったのが5年前、アメリアが13歳の時だ。
見た目はフィリップには劣るが、端正な顔立ちであることに間違いない。
かつてこの場でアメリアは彼を結婚相手として選んだ。それは国同士の友好の証だったはず。だけど、この日から5年後の23歳でユーラシアに嫁いだあと、アメリアは祖国との接触を遮断され、28歳で亡くなってしまう。ひっそりと回収した亡骸が、骨とわずかに残った肉だけにだったため、娘を死に追いやったとして、王は隣国との同盟を破棄したと噂されていた。真実は定かではないが、この男だけは選んではダメだし、なんならこの場でぶん殴りたいぐらいだ。
3人目の候補者は、ヴァルク・ストーン伯爵。
ユーラシアの怪物と恐れられていた敵将の首を取り、王から領地と伯爵位とともに、婚約者候補の権利も与えられた英雄。
片膝をつき、真っ直ぐに国王を見る彼の視線が一瞬こちらを見た。鋭い灰色の瞳に、身体がゾクリと震える。
だけど、私の知る世界で、彼はいつも国と民のために戦っていた。カリナとして最期の時を迎えた安息の地も彼の治める北の大地だった。見た目の恐ろしさと相反して、彼の作る場所が暖かいことを私は知ってる。
だから、この3択は迷う必要はない。
(これが私の選択。これで未来を変える!)
「私は――ヴァルク・ストーンと結婚いたします!」




