再会
窓から見えるふわふわと舞う雪を見て、またこの季節が来たのかとカリナは思った。
寒く凍てつく冬だ。特にこの場所は、油断すると一瞬で凍傷になってしまう。安全に暮らせる場所を探して夫と子どもたちとこの地に辿り着いた時は本当にここで良かったのかしばらく頭を抱えたが、いまやこの場所が安息の地となった。
皺だらけになった手を見て、ゆっくりと動かそうと試みたがもう動かせなかった。
数年前に先に逝った夫とようやく会えるのだろうか。
夫とは、25歳で結婚した。仕事を失い、15年ぶりに実家に戻ると用意されていたのは、10歳から奉公してた娘への労いではなく、5歳年上の革職人との結婚だった。夫は職人気質で口数の少ない男だったが、真面目で家族愛のある人だった。3人の子どもをもうけ、夫の仕事を手伝いながら、戦乱に巻き込まれていく国で、どうにか生きてきた。この場所に辿り着いてからは、どちらかというと穏やかな生活を送れている。孫までいて、自分には十分すぎる人生を生きられた。
たったひとつ、大きな後悔だけ残っているが、それはもうどうにもできないことだ。
部屋の外から子どもと孫たちの楽しそうな声が聞こえる。
ゆっくりと目を閉じ、そのときを静かに待った。身体の力が抜けていく。これが最期のときなのだろう。
「…カ…カリナ!」
聞き覚えのあるソプラノの美しい声に呼ばれ、飛び起きた。
枕元で立っていたのは、ずっと会いたいと願っていた、今世でたったひとつ大きな後悔として忘れられない女性だった。
「…アメリア様!!」
銀色の髪にエメラルド色の瞳、真っ白な肌に桃色の頬、すらりと美しい佇まい。
たった2つ年下なだけの主人。
10歳から25歳まで仕えてきた愛すべき王女だ。
「ああ…アメリア様!お変わりない。本当にあなたに何度会いたいと願ったか…何度謝りたいと…」
溢れ出す涙と言葉を聞いて、困ったように微笑むその姿も、昔と変わらない。
「カリナ、覚えてくれていて、ありがとう。あなたの心の中に私がいたおかげで逢いに来られたわ。」
「当たり前です!あなたは特別ですから。」
「ふふっ。そうよね。あなたは私のたったひとりの友人だもの。」
「そんな…恐れ多いです。」
「もっと昔話を続けたいけどあまり時間がないの。」
「私を迎えに来てくださったのですね。こんな光栄なことがあるんですね。」
「うー…んと、実は違うの。あなたにお願いがしたくて、あなたの人生の終わりを待っていたの。」
「は?」
「カリナ!よく聞いて。これからあなたは私の人生を生き直して欲しいの。」
「人生…アメリア様の?」
彼女の人生は、よく知っている。10歳から仕えてきたのだから。だけど、その最期は共にいられなかった。それがたったひとつの後悔でもある。
「私には出来なかった…だから、あなたに託したいの!どうかお願い。国を、ロキア王国を、そして私を救って。」
皺皺になった手を、真っ白い手が握った。
いや、違う。変わりないと言ったが、私が知っているアメリア様ではなかった。
艶やかだったはずの手は骨と皮だけになり、目の下にも大きな隈、明らかに痩せ細り、健康的だったあの美しい姿は消え失せていた。
これは、アメリア様の最期の姿。
ーーーこれは断れないのだ。
15年間仕えた主人の見たこともない懇願の瞳に、そう悟った。
彼女を地獄から救わなければ。
「アメリア様、ご安心ください。必ずお救いします!」
エメラルドの瞳が大きく見開き、その瞳の中にキラキラと光が煌めく。そして目を閉じると大きな涙が流れた。
「ありがとう、カリナ。」
「安心してお待ちくださいね。」
いつのまにか、皺だらけの手が若い張りのある手に変わっていた。
これは、アメリア様と別れたあの日だ。
あの頃と変わらない朗らかな安心した笑顔とともに光に包まれた。
次に目を開いた時、私はーーー18歳の王女アメリアだった。
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