天鳳千草 八
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、寺社仏閣などとは関係ありません。
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天鳳千草 八
静夜殿は、ただ真っ直ぐに夜叉を凝視していた。
当の夜叉は、恐悦至極と言った顔で、先程よりも大きな羽を開き、大量の黒鱗を放出する。
「やっぱりこの子素晴らしいわ。なんて甘美で芳醇な霊相。あぁ……快楽で逝ってしましそう……」
頬に手を当て、紅潮した表情で夜叉がささやく。
「…………」
その時、屋敷の母屋から四名の子弟が、「荒原様っ!」──とこちらへ走ってくるのが見える。
「皆止まれっ──お主らは来るなっ!! 今すぐ母屋へ戻って、大社からの救援をまてい!!」
静夜殿が、怒声を発するが、敵か味方かもわからぬ彼の事を知らない四名の子弟は、こちらへ走ってくる。
しかし、あまりにも異常な夜叉の発する霊相に、縁側の手前まで来ていた子弟達の体が硬直し、立ち止まる。
その瞬間、夜叉の左手が振るわれ、爪が管状に変化し、伸びた爪が子弟たちの首へと突き刺さる。
「がっ……があぁ……」
駆けつけた四名の子弟達が、夜叉に霊相を即座に吸い切られ、その場で倒れる。
「うん、食後のデザート代わりにはなったわね……ふふふ……」
「この外道がぁっ!!」静夜殿の拳が、ぶるぶると震えている。
桜の神器持ちの霊相を喰らい、高位の夜叉となったクロユリ。
今までとは比較にならない、数十倍の黒鱗を放出する。
「さて、主だった目的は済んだから、あとはこの屋敷ごと消してあげるわ。さようなら」
「そりゃあ無理や、お前は儂が喰らう」
静夜殿が、豪快に四股を踏む。とても齢七十を越えているとは思えいない。
「ずしんっ」──響く音と共に、大きく息を吐き切り、そして肺いっぱいに空気を取り込む。
同時に、クロユリが今までの比じゃない数万にも及ぶ黒蝶を、静夜殿へ放つ。
「白娘、喰らえ」「はい」
白龍が勢いよく静夜殿の体がら飛び出し、一瞬にして襲い来る黒蝶達を喰らい尽くす。
「静夜殿っ! 黒鱗を取り込んではいかんっ! 体の内部から相を吸収されますっ」
恥ずかしくも、静夜殿へ黒鱗が霊相を吸収する事を伝え忘れていた事に気づき、焦り叫ぶ。
「ほう。かまわへん、むしろ好都合や。吸えるもんなら吸うてみぃ」
彼は、そう言うと前へと踏み込んでゆく。
「ふふ……あなたの霊相も、さぞかし美味し……がっ……ごはっ……なっ」
夜叉が、急に口元を押さえて、苦しみ藻掻きはじめる。
「どうや夜叉ぁ? 儂の霊相はうまいか? うまい訳ないわな──栄神の霊相は、鬼にとっては致死の猛毒や」
正面に迫った彼の正拳突きが、クロユリの心の臓付近を完全に穿った。
「ま……さか……あなたが……鬼喰の栄神? うぅ……あぁぁぁ……がはっ」
心臓を完全に貫かれたクロユリが、膝をついて大量に吐血する。
「白娘、紅娘。一旦こやつを包んで締めて待機や」
その言葉に、一瞬にして夜叉の上半身が白い布に包まれ、赤い帯によって全身を緊縛される。
夜叉が吐血して苦しそうにのた打ち回る姿を、彼は何か考え事をしているのか、難しい顔でしばらく眺めていた。
何かを納得したように静夜殿が、咲耶姫様へ声を掛ける。
「姫、赤子はどないや?」
咲耶姫様が、深刻そうな顔で桜を見て答える。
「霊相に関しては、水の集めた霊相でどうにか賄えますが、神器が完全に破損しています。このままでは、今は霊相を補って助かっても、彼女自身が己の不釣り合いな霊相の管理ができずに身体に影響が出るでしょう。恐らく数時間以内に高い可能性で命を落とします」
「さくら……姫様、何か、何か手立ては──」
咲耶姫様の言葉に、膝から崩れ落ち、姫様を懇願する目で見上げる。
「そうか。でもあんさん程の神さんなら、なにか手立てはあるんやろ? 木花咲耶姫?」
焦る私の態度をよそに、落ち着いた調子で静夜殿が、咲耶姫様へ尋ねる。
ただ、その言葉に姫様は、複雑そうな顔で答える。
「そうですね。破損した神器に、従者であり水神の神系である、水の持つ神恵の能力の一部を彼女に与えて強制的に覚醒させれば、神器は元に戻ります」
咲耶姫様が、少し俯いて話を続ける。
「しかし、その為には先程以上に大量の霊相が必要になります。この付近で水が集める事ができる霊相だけでは、あまりにも量が足りません。今屋敷内にいる天網家の人間全てから直接吸収し移乗したとしても然りです。それだけ霊相が必要なのです。なにせ神の力を一部とはいえ与える訳ですから」
悲痛そうに答える咲耶姫様へ、静夜殿が「うむ、やっぱりか」とぼそりと呟き頷くと、口を開いた。
「そうか、ならこいつの霊相があれば、なんとかなるか?」
静夜殿が、藻掻き続ける夜叉を指さして尋ねる。
「……静夜、あなたは何を言っているのかわかっているの?」
咲耶姫様の悲痛な顔が、途端に怒りに染まり、静夜殿を睨む。
「わかっとる。こいつを水虎に食わせれば、霊相の量は間に合うんかと聞いてるんや」
咲耶姫様の怒りの表情にも動じる事なく、淡々と質問を続ける。
「静夜様、それは絶対にお受けする事ができません。あなたは既に白を使役し、夜叉の一部を既に喰らっています」
水様が、焦り悲痛な声で、考え直すように進言する。
「一度喰らった鬼の残りの霊相を己に取り込まず、他者が殲滅する。もしくは他者に対象の霊相を譲渡した場合、栄神の鬼喰の儀礼に反する事になります」
水様が、それが栄神の禁忌である事を説明する。
「儀礼に反した場合、当代であるあなた様は、もう二度と鬼喰の儀礼が行えなくなります」
「それもわかってる。だがそれでもや、元々もう引退するつもりやったんや。神器持ちの赤子の命一つ救えるんや、迷う必要もない。何、死ぬことやない。霊相が無くなる訳でもないしな。ただお前達を遣うことができなくなるだけや」
そう言いながら、静夜殿が苦しみ続ける夜叉へ近づいてゆく。
「静夜様っ!! しかし……それでは、あなた様の今まで大社とまで抗っていた信念が──」
どうしても指示に納得する事ができないのか、水様が食い下がる。
「白娘、紅娘。最後の仕事や。これからはお茶呑み仲間やな。いや酒飲み仲間か?」
「静夜様……」「お爺ぃ……うぅ……」
龍の姉妹が、目に涙を溜める。
「白、包め」「はい……」
白様が、涙を拭き羽衣を生成し、拘束していた藻掻く夜叉の全身を包み込む。
「紅、締めろ」「……うん……」
紅様が、真紅の帯紐を生成し、羽衣に包まれた夜叉をさらに締め上げる。
「水……喰らえ」
水が食い下がり懇願するが、それを無視して静夜殿が命令する。
「…………」
水が押し黙り、涙を流して歯を食いしばり下を向く。
「水っ!! さっさとせんかっ!!」
静夜殿が、動かない水へ声を荒げる。
「静代様っ!! 私が京都中、いえ関西中から霊相を集めてまいりますっ!! ですから、どうか……どうかお考え直してくださいませっ」
水が膝をついて頭を深く下げる。泣き声の混じった懇願の声が響く。
「水……諦めなさい。今の静夜は、今までの歴代の静夜の中でも稀代の頑固者ですから。それと関西からでも浮遊霊相では到底たりません。」
咲耶姫様の言葉に、水様は頭を下げたまましばらく動かなかったが、少し頭を上げて静夜殿を見る。
彼は、決して怒った顔ではなく、やわらかく口角を上げて水様を見つめていた。
「ううぅ……静夜様……承知致しました……」
水が立ち上がり、泣きながら水虎四体を召喚する。
顕現した虎たちが、一斉に夜叉に飛びかかり、光とともに夜叉が消失する。
「静夜……あなたと言う人は……ほんとうに阿呆ですね」
咲耶姫様の目にも、大量の涙が浮かんでいるのがわかる。
「咲様……いつでも……」
水様が涙を流しながら、咲耶姫様へ準備ができたことを伝える。
「わかりました。水、あなたの霊相移乗の神恵を彼女の神器へ分け与えます。よろしいですね?」
「はい、もちろんです。静夜様の願いですから……」
その後、咲耶姫様によって、水様の神恵が桜に与えられ、桜は一命を取り留める事ができた。
静夜殿が、無事に処置を終えた桜を抱いて、にかりと笑顔で微笑んでいる。
「静夜殿……なんとお礼を申し上げればよいか。しかし、私の不手際の為に、栄神流の歴史を……」
「荒原、しつこいぞ。元々今回の件が終われば、儂は引退するつもりやった。栄神は儂の代で終わりや」
抱いた桜を私に預けて、立ち上がり、皆へ近づき膝をつく。
「姫、水、白娘、紅娘、改めて今までおおきにな。儂がそっち側に行くまで、あと少しの時間やけど、皆でゆっくり酒でも呑みながら隠居や。皆ほんまにおおきにな。んで木花咲耶姫様、私めとのご契約、本当にお世話になり申した」
銀閣殿が、皆の前で両膝をつき、深く深く頭を下げた。
「静夜……お疲れ様でした」
「静夜様……ぐすっ……」
「静夜様……」「うぅ……お爺ぃ……」
頭を上げた静夜殿が、こちらを見る。今までに見た事がない、とても穏やかで優しい表情だった。
「荒原、あとは任せたからな。絶対に精進を怠るなよ」
「はっ!」
私の大きな声に桜がびっくりして泣きだしてしまい、皆の笑いを誘う。
立ち上がった静夜殿が、咲耶姫様と式の皆を見て歩き始める。
「さて、帰るぞ」
この度は、当作品をお読み頂きありがとうございます。花月夜と申します。
当作品は、初めての執筆作品となります。
当方執筆に関して、完全な素人な為、至らない点が数多くあると思います。
ですが、書き始めたからには、皆様に読んでよかったと思って頂けるような作品にして行きたいです。
これからも、随時更新して参りますので応援いただけると幸いです。
ありがとうございました。今後とも応援よろしくお願い致します。




