三条大橋 一
※この物語はフィクションです、実際の寺社仏閣とは一切関係ございません。
―京都・三条―
京都府京都市中京区三条町。ここは京都でも有数の観光地である。
周辺には平安神宮、八坂神社、河原町、寺町商店街など、さまざまな観光スポットが点在している。
交通の便も良く、市バスはもちろん、阪急電車や京阪電車の駅も近く、京都駅からのアクセスも非常に便利だ。
この物語は、そんな三条でも特に有名な鴨川に架かる「三条大橋」から始まる。
◇◆◇◆◇
ジリジリと焼けるような眩しい日差しが、路上のアスファルトを容赦なく熱し続けている。
その影響か、地面にはゆらゆらと陽炎が立ちのぼっていた。
街道沿いに点在する寺社仏閣の深緑の木々には、蝉たちがそこかしこにたむろしている。
そんな蝉たちは、残り短い命を謳歌するかのように、盛大に求愛の歌を唄い続けていた。
蝉が少なければ、それもまた風情のある夏の情景として映るのだろう。
だが、あまりに数が多いとただの騒音でしかない。うるさいだけやな……とうんざりする。
そんな辟易とした気持ちを振り払い、改めて周囲の京の町並みを見渡してみた。
飲食店や土産物屋の店員、地元の住民たちが、熱された路面に打ち水をしている姿が目に入る。
「まぁ、これだけ暑けりゃ仕方ないわな」と、思わず苦笑いがこぼれる。
ちなみに、現在の京都市内の気温は三十八度に迫ろうとしていた。
ほんまあつすぎ。
京都の夏は、とにかく暑い。冗談抜きに暑いのだ。
京都を訪れたことのない人の中には、「避暑地っぽい観光地」と思っている人も少なくないだろう。
確かに、京都府北部には天橋立や伊根町といった避暑地も存在する。
だが南部、特に京都市内は――とにかく暑い。しつこいようだが、冗談抜きで暑い。
市内は平野が広がり、その周囲を山々が囲んでいるため、日中の熱気が逃げ場なく籠もる。
夜になってようやく熱が引き、多少は過ごしやすくなるものの……暑いものはやっぱり暑い。
はじめて夏の京都を訪れる人は、きっと驚くに違いない。
そんな、へたりそうになる猛暑の町中を――
二人のおっさんが、歴史ある三条の町を歩いていた。
「あぁ……あっつぅ〜」
「せやなぁ」ぱたぱた。
「真夏の、こんな真っ昼間から京都市内観光とかキツかったか? なぁ、俺も扇子かしてくれへん?」
「んん〜? どうやろなぁ」ぱたぱた。
私たちは、毎年の夏の恒例行事として、観光と飲みを目的に三条を訪れている。
いつもは飲みがメインなので夕方から来るのだが、今回は観光をメインにしたため、昼から京都入りしていた。
「しっかし、やっぱ外人さん多いなぁ。……なぁ、やっぱ扇子かしてぇや。てか、ずるない?」
世界中で流行していた新型ウイルスの影響も落ち着き、海外からの観光客が一気に増えていた。
賑わうのは大いに結構だが、オーバーツーリズム気味って話も聞くし、地元民は大変やろな。
「ずるないやろぉ。これは自分で買ったんやで?
康平も買えばよかったやん。店員さん、すごい割引してくれてお買い得やったのに。ほんま、もったいないわ」
さっきから隣で無駄に暑がっているのは、私の唯一の友人といえる人物――笹山康平(三十九歳・既婚)。
もう二十年以上の付き合いになる。
「いやぁ……なんか手が塞がるし、荷物になりそうやったし……」
「さいですか」
今日は康平と一緒に、昼から八坂神社や京都動物園を回り、そこから平安神宮を参拝。
京の町並みをのんびりと堪能しながら歩き続けていた。
そして今、私たちは三条大橋の手前にある交差点に差しかかろうとしていた。
目の前には緑の並木が並び、その奥には鴨川の流れが見える。
交差点のそばには、京阪三条駅への出入口があり、観光客らしきラフな格好の人々や、スーツ姿のビジネスマンらが混じっていた。
それぞれ違う目的で訪れたであろう人々が、行き交っている。
信号が青になるまでの間、そんな人々の流れをぼんやりと眺めながら、止まらない額の汗をぬぐう。
扇子を買っておいて、本当に良かった。
隣を見ると、康平はまだぼやきながら、Tシャツの襟口を手で引っ張って、自分をあおいでいる。
信号が青に変わった。
「渡るで」
康平に声をかけ、私たちは三条大橋へと足を踏み出した――。
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