1. 始まりの惨劇、そして復讐の剣
楽しく読んでください!
この世界には、数多の魔法と剣術、武術が存在した。そして、それぞれの能力を受け継ぐ名家たちは貴族の地位に就き、それぞれの領地を治めていた。彼らが日々己の力を磨くのは、ただ一つ、人類の繁栄と魔族との終わりなき戦いのためであった。
数千年前より続く魔族と人類の戦争。その初期、剣術のみを頼りにしていた人類は、魔族の圧倒的な魔力と怪力に太刀打ちできず、ついには魔族の奴隷へと堕ち、屈辱と滅亡の瀬戸際に追い込まれていた。しかし、ある日、偉大なる賢者が現れ、神の叡智と呼ばれる魔法を授けた。賢者は人が魔力を操る術を教え、魔法の礎を築いたのだった。
その日以来、人類は秘密裏に魔法組織を設立し、昼夜を問わぬ研究と実験を繰り返した。そして遂に、人類を救う最初の魔法『ヴァルグラント』を創り出す。この魔法は剣を召喚し、魔力を纏わせ、魔法と剣術を融合させる強力な術式だった。たった一つのその魔法が、人類の運命を塗り替えたのだ。人類は再び立ち上がり、魔族を打ち払い、戦局を逆転させた。
その魔法を最も得意とした家が『アマカゼ』家であった。彼らは数百年に渡り、幾多の戦争と試練を乗り越え、王国最強の貴族家門として君臨し、剣と魔法の名門として名を馳せた。
「さあ、今日のお話はここまで!」
アマカゼ・ヒナは、弟カグロの前で本を閉じ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「姉ちゃん、もっと読んでよ! 続きがすっごく気になるんだ!」
カグロは目を輝かせてヒナを見つめ、せがんだが、ヒナは首を振り、席を立った。
「ダーメ! 明日も朝から訓練なんだから、もう寝るの!」
そう言ってヒナは、拗ねるカグロの額を軽く押した。カグロはぷいっと後ろに下がり、ふくれっ面で部屋を出て行った。
「ちぇっ……ずるい……」
カグロが去った後、ヒナはその背中を見つめ、微笑んだ。
現在のアマカゼ家は、王国で最も強大な権力を誇る貴族であり、剣術と魔法の双方に秀でた名門だった。三百年を超える悠久の歴史の中で、後継者が敗北したことは一度もなく、その伝統は今も受け継がれていた。
「母さん! 姉ちゃんがまたいじめた!」
カグロは居間で茶を飲んでいた母のもとへ駆け寄り、ぶつぶつと愚痴った。
母は微笑みながら、カグロの頭を優しく撫でた。
「カグロ、あまり怒らないで。きっと何か誤解があったのよ」
そのとき、ヒナが勢いよく扉を開けた。
「いつ私がいじめたってのよ!」
ヒナは憤慨した様子で両手を広げて叫び、カグロは母の後ろに隠れて舌を出した。
「せっかく楽しく話してあげたのに……カグロのやつーっ!」
ヒナがカグロに飛びかかろうとすると、カグロは素早く居間を駆け抜け逃げた。二人の追いかけっこが家中を賑わせた。
そのとき、現当主であり二人の父、アマカゼ・クロザエモンが玄関から入ってきた。重々しい表情で子らを見つめ、威厳を湛えた声で叱咤した。
「お前たち、目上の前で何をしている!」
子どもたちは争いを止め、互いに睨み合い、「ふんっ」と顔を背けた。クロザエモンは深いため息をつき、妻のもとへ向かった。
「お前、なぜ止めなかったんだ」
「カグロはああやって育つんですよ。まだ子どもなんですから」
「だが……もうすぐ大事な時期だというのに……」
クロザエモンは途中で口を閉ざした。誰よりもカグロの弱さと、家の重荷を知る者として。
実はカグロは家の長男でありながら、生まれつき家宝の剣の力を扱えない子だった。アマカゼ家の宝剣は、数百年にわたり魔族との戦争の中で先祖が積み上げた魔力の結晶であり、剣を握る者の強さに応じて力が増幅する。しかし、カグロだけはその力を受け入れられなかった。
「はぁ……これさえなければ……」
その夜、クロザエモンは妻と酒を酌み交わしながら、重いため息をついた。
「俺のせいで……カグロが過酷な修行を……」
「あなたのせいじゃありません。これは神が与えた試練です」
「それでも……四代目当主の時に一度、家が没落しかけたのをお前も知ってるだろう。もしカグロまでもが……」
しばし沈黙が流れた。月光が窓辺を照らし、二人の影を長く引いた。
「私はカグロを慰めてきますね」
妻は立ち上がり、そっとカグロの部屋の扉をノックした。
「カグロ、いる?」
「うん」
カグロが扉を開けると、母は優しく微笑み、彼の部屋へと入った。
「今日の修行、辛かったでしょ?」
カグロはしばらく躊躇した後、溜め込んでいた辛さを泣きながら吐露した。母は静かにカグロを膝枕に寝かせ、昔の子守唄を歌いながら優しく抱いた。カグロは母の胸の中で、ゆっくりと眠りについた。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
ガシャン!
激しい音と共に、陶器の割れる音が響いた。
「お母さん、何の音?」
「わからないわ。ちょっと見てくるわね」
母が扉へと向かったその瞬間、バキン!と扉の中央が裂け、鋭い刃が稲妻のように飛び出した。母の胸を貫いたその瞬間、血が噴き出した。
「お母さん!」
カグロの絶叫。しかし母の身体は軽い人形のように宙を舞い、カグロの背後へと吹き飛んだ。床に落ちた髪の間に、血がじわりと染み広がってゆく。
そして、闇の奥から魔族が姿を現した。
角と長い尾、燃えるような紅い瞳。魔族の口元が嗜虐的に歪んだ。鋭い爪には、すでにクロザエモンの首が握られていた。その首は無表情のまま、まるで今も家族を守ろうとするかのように、カグロを見据えていた。
ポトリ。
「これ、は……」
カグロは息が詰まった。恐怖が血のように全身を巡った。手が震え、冷や汗が額を伝った。
「剣も握れぬ当主とは……この家も終わりだな」
魔族は血塗れの足でゆっくりと部屋の中へ踏み込んできた。その足音が床を踏みしめるたび、木の床が悲鳴を上げた。空気は凍りつき、音すら消えたようだった。
楽しく読んでください!