8. 反省したようです
「――私が甘えていたせいですわ。
今まで酷く妬んでしまってごめんなさい。その……ネイサン様のことも申し訳ないですわ」
ふと、エリノアがそんな言葉を零す。
声が震えている上に涙も流しているから、きっと反省しているのだと思う。
「もう過ぎたことだから、今後の行動で示してほしいわ。
それと、ネイサン様のことだけど、彼の浮気性を暴いてくれてありがとう」
「……これ以上の恥を晒さないように、頑張って勉強します」
私がお礼を言ったことで戸惑ったのか、少し言葉を詰まらせるエリノア。
反省していることは見れば分かるから、今後の私のためにも、エリノアの勉強には出来る限り協力したい。
「期待しているわ。分からないことがあれば教えるから、いつでも頼るのよ」
「ありがとうございます」
今日まで嫌な事はされたものの、私にあった実害といえば苛立ちを募らせたことくらい。
意趣返しをしたい気持ちはあるが、エリノアがこれから直面することになる問題を想像すれば、その気持ちも薄れてしまう。
「……落ち着いたかしら?」
「はい。お姉さまはこんなに優しいのに、ネイサン様に唆されて嵌めようとしていたなんて……私は地獄に落ちそうです」
「これからの行動次第だと思うわ」
私はネイサン様に恨まれるようなことをした記憶はないけれど、エリノアが嘘をついているようには見えない。
一体どうしてネイサン様に目の敵にされないといけないのかしら……?
彼とはもう一切関われないから、私を嵌めようとした理由も分からない。
それでも、ネイサン様に意趣返しをしたい気持ちは変わらなかった。
傷物にされた恨みが簡単に晴れることは無いのだから。
――それからしばらくして。
エリノアとのお話を終えた私は、執務室に向かった。
中に入るとお父様と目が合う。お母様は席を外しているようで、姿は見えない。
「お父様、エリノアのことで相談がありますわ」
「どういうことかな?」
その言葉と共に向かいに座るように促され、私はソファに腰かけてから、エリノアの癇癪や家庭教師のことについて説明を始める。
するとお父様の表情が穏やかなものから深刻そうなものに変わった。
「……ということが考えられますわ」
「分かった。裏の繋がりも含めて調査しよう。エリノアの教育についても考え直す必要があるな」
私も同じことを考えているから、お父様の考えには賛成だ。
けれど家庭教師をすぐに交代させることは伯爵家の力では難しく、エリノアの教育が遅れることになる。かといって続投させることは論外で、お父様は悩んでいる様子。
私やお母様が家庭教師の代わりをするという選択肢は思いついたが、この状況では気が乗らない。
「お父様、私なら家庭教師の代わりも出来ますわ。ただ、エリノアが嫌がると思いますの」
「他に手段が思いつかないから、エリノアを説得しよう。クラリス、負担をかけてすまない」
「今の私は暇ですから、大丈夫ですわ」
婚約破棄されたお陰で、お茶会に誘われない限り何もすることが無い。だから、エリノアに勉強を教えることは、暇潰しにも丁度良いと思う。
「ありがとう。夕食の時に説得してみよう」
「分かりましたわ」
お父様の言葉に頷いて、私は執務室を後にする。
もう夕食の時間が近いから、私は一度私室に戻ってからダイニングに向かった。
私の家では使用人も大体同じ時間に食事をとることになっていて、配膳が終わると彼らは私使用人に割り当てられたダイニングに集まる。
警備の人達だけは交代しながらの食事になるものの、ダイニングに集まるのは私達家族だけ。食事のときは使用人の手を借りずに済むから、これが一番不都合のない形らしい。
「あ、お姉さま……」
お父様の説明を思い出していると、ダイニングに入るところでエリノアに声をかけられた。
私はすぐに足を止めて顔を向ける。
「……デビュタントまでにお姉さまに追いつけるように、勉強を教えて頂けませんか?」
「分かったわ。私はジョニーさんのように甘くないけれど、それでも大丈夫かしら?」
「はい! 覚悟は出来ています!」
ついさっきまでのエリノアは私を超すことばかり考えていたのに、今は追いつこうとしている。
それに、私を頼ってくれることが最近は無かったから、なんだか嬉しくなった。