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5. 最後は楽しみたい③

 恐怖に耐えていると、舞踏曲の演奏が始まる。

 私は食事が並べられているテーブルの近くに居たけれど、ローレン様に腕を引かれて目立つ場所へと移動させられた。


 目立つといっても、ダンスのときは食事に当たらないようにと開けている場所に移動するのがマナーだから、彼の行動は当たり前のこと。

 それでも、私が声をかけられてからずっと嫌な笑みを浮かべていて、別の目的を勘ぐってしまう。


「簡単な曲のうちに始めましょう」

「分かりました」


 返事をすると、私の腕を掴んでいた手が離れ、ローレン様のリードでステップを踏み始める。

 掴まれていた場所はすっかり赤くなっていてヒリヒリと痛むけれど、相手の機嫌をこれ以上損ねないように我慢した。


「貴女はダンスが下手だと思っていましたが、意外とお上手ですね」


 誉められても全く嬉しくない。

 ローレン様はネイサン様よりも上手で踊りやすかったが、それ以上に不快感が大きすぎて、全く楽しめなかった。


 これで私の心を掴めると思っているなら、彼はかなりの馬鹿だと断言できる。

 必要以上に身体に触れられていて、ダンスに誘われた理由が嫌でも理解できてしまう。


「ありがとうございます」

「少し疲れたので、別室で休憩を頂きませんか?」

「私は大丈夫なので、友人とお話したいですわ」


 この誘いも断ったのに、今度は腕を掴まれた上に腰にも手を回され、半ば引き摺られるようにして会場の出口に近付いてしまった。

 会場の警備は外部からの襲撃に備えられていて、廊下には人目がない様子。


 この広間を出れば、何をされても助けは来ないと思う。この場なら目撃者も出るはずで、正当防衛と認められるかもしれない。


「私は疲れていないので、一緒に休憩するのはお断りしますわ」


力を振り絞って腕を振りほどき、周囲に状況を知らせようと声を上げると、勢いよく手を引っ張られてしまう。

でも、いくつもの視線を感じたから、ローレン様の勢いを利用して彼を投げ飛ばした。


 護身術をしっかり学んでおいて本当に良かった。

そう思っている時だった。


「嫌がる女性を連れ出そうとするとは、感心しませんね。

 この後、一体何をするおつもりですか?」


 ドスの聞いた声が背後から飛んできて、ローレン様の身体が跳ねる。

 振り返ると、体格が良い上に背も高い令息の姿が目に入った。


 彼は今日のパーティーの主催であるクルヴェット侯爵家の長男シリル様。

 整った顔なのに、体格のせいで令嬢方から避けられていて、私より一歳年上でも婚約者が決まっていないお方だ。


 体格が良いといっても私の家の護衛達のようなマッチョではないから、怖いと噂されている理由は分からない。

 それなのに、ふらつきながらも立ち上がったローレン様の口元はガタガタと震えていた。


「黙っていたら分かりませんが。言えないようなことをしようと考えていたんですか?」

「ままままさか! ダンスに疲れたので、皆さまにご迷惑をおかけしないよう、別室で休憩しようと思っていただけです!」

「健全なパーティーで邪なことを考える者は呼んでいません。お疲れなら、もうお帰りになって結構です」


 反論出来ないことを悟ったのか、ローレン様は舌打ちと同時に私を睨みつけ、大きな足音を立てながら会場から離れていく。

 それを見届けてから、私はお礼を言うためにシリル様へと向き直る。


「助けて下さって本当にありがとうございます」

「間に合って良かったです。しかし、ローレン殿が宙を舞った時は驚きました。貴女はお強いですね」

「私はローレン様の力を利用しただけで、大した力はありません」


 ローレン様は私より背丈も力もある。

 その気になれば、ただの令嬢に過ぎない私を力で押さえつけることだって出来たはずだ。


 だから、今回上手く出来たのは奇跡だわ。

 そう思っていると、シリル様の視線が私の腕に向けられる。

 

「……腕を怪我されたのですね。すぐに手当てしましょう。

 医師を呼んでくるので、お待ちください」

「これくらいの痛み、大丈夫ですわ」

「酷くなる前に手当した方が良いです。跡が残っては大変ですからね」


 これだけ目立ってしまったのだから、きっと良縁は望めない。

 だから手当てをお断りしたかったのに、シリル様は会場を飛び出してしまった。


「お待たせしました。怪我の方を見ても宜しいでしょうか?」

「お願いします」


 間もなくお医者様がやってきて、手当を受ける。

 幸いにも大きな怪我ではないようで、私はパーティーに戻ることになった。


 そうして料理の方に向かうと、ご令嬢方から明るい声をかけられる。


「クラリス様、お怪我は大丈夫でしたか?」

「ええ。数日で腫れも引くとお医者様に言われましたわ」


 最初は当たり障りない会話でも、彼女達から見下すような視線は向けられなかった。

 それどころか、私のことを讃えるような言葉ばかりかけられて、なんだかくすぐったい。

 パーティーの前は一人寂しく過ごすことを覚悟していたから、嬉しくて目が潤んでしまう。


 ご令息方からは「令嬢だからと舐めたら不味いな」という声や「あれでは婚約破棄されて当たり前だ」といった声が聞こえるが、ご令嬢方とのお話が楽しくて、全く気にならなかった。

 ダンスに誘われることも数回あったものの、下心を向けられることはなく、あっという間に時間が過ぎていく。


 ネイサン様は相変わらず話し相手が居ない様子で、ずっと私を睨みつけていて、時々近付いてきては捨て台詞を吐かれる。

 浮気をしたネイサンが悪いはずなのに……。


 パーティーを楽しむ私に嫉妬しているのか、それとも別の理由かは分からない。

 けれども、彼の怒りは増しているように見えるから、少し前から感じている胸騒ぎは気のせいではないと思える。

 これが最後のパーティーになるはずだから杞憂に終わると思うけれど、不安を感じずにはいられなかった。

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