44. 幸せなこと
あの裁判から一週間。
社交界はグレージュ家が取り潰しになるという話題でもちきりになっていた。
あの裁判の後、私達が示した証拠が元になって、グレージュ家に捜査が入ったらしい。
その結果、私達が見つけた以外にも不正や犯罪の証拠が出てきたという。
当然だけれど、グレージュ家は何も出来ないまま取り潰しが決まり、一瞬にして極貧生活に転落した。
今は一家総出で平民と共に働いているそうだけど、今まで貴族の暮らしに慣れていたせいで、質素な暮らしには相当苦労しているはずだ。
一方の私達はというと、結婚に向けての準備を進めているところだ。
ウェディングドレスのことも気になるけれど、まだ侯爵夫人になるための勉強を終えられていないから、他人のことを気にしている余裕はあまりない。
「――シリル様、クラリス様。今日の課題は合格でございます。お疲れさまでした」
「「ありがとうございました」」
けれども、毎朝シリル様の鍛錬に加わるようになってからは頭の回転が早くなったから、予定よりは早く進んでいる。
今日も予定していた時間の一時間前には終えることが出来て、先生をしてくれている執事さんにお礼を言ってから中庭に向かった。
「今日もお疲れ様」
「ありがとう。クラリスもお疲れ様」
そんな言葉を交わしながら、お茶が用意されているテーブルの前に腰を下ろす。
最近は色々なことがあったけれど、彼と一緒に過ごす時間の心地よさは変わらない。……むしろ、この時間の心地よさがは日々増しているようにも思える。
今は無言でいる時間も気まずいとは感じなくて、彼と寄り添っているだけでも幸せだ。
「――勉強が落ち着いたら、私の家の領地を案内したいわ」
「コラーユ領のことも知りたいと思っていたから、今すぐにでも行きたいよ。父上に怒られるから我慢するが……」
「それなら、一緒に怒られましょう」
「そうだな、そうしよう」
「シリル様、旦那様にしっかりと報告させていただきますね」
冗談を言い合っていると、お菓子を運んできた侍女がそんなことを口にする。
目は笑っているから、彼女も冗談のつもりなのだろう。
その証拠に、私達の会話を邪魔しないように配慮してくれているのか、すぐに私達から離れていった。
「仕方ない、夜逃げにしよう」
「私もお供するわ」
他人が聞いても面白くない内容だと思うけれど、不思議なことについ笑いそうになってしまう。
「その前に渡したいものがある」
「……渡したいもの?」
「ああ。左手を借りてもいいかな?」
「ええ。これで良いかしら?」
シリル様に言われて彼の前に手を出すと、両手で包み込まれる。
そして薬指に何かが触れた。
「もう見て良いよ」
その言葉に視線を指に落とすと、陽の光を浴びて輝く指輪が目に入る。
リングは私の髪色と同じ金、宝石はシリル様の髪色と同じ青のサファイアだ。
角度を変えてみると、宝石は私の瞳の色にも見える。
「婚約指輪かしら? すごく嬉しいわ。本当にありがとう!」
「気に入ってもらえて良かった」
嬉しさのあまり、ついシリル様に抱きついてしまった。
けれど、誰かの視線を感じて、顔を彼の胸に埋める。
「クラリス……?」
「嬉しくてつい……嫌だった?」
「愛している人に抱き着かれて嬉しくないはずがない」
シリル様は照れているのか、いつもの威勢はどこかへ飛ばしてしまった様子。
でも、そんな彼も愛おしいと思える。
「すごく幸せだわ」
「来年、もっと幸せにするから、楽しみにしていて」
彼がそう口にすると、暖かな風が私達を包み込む。
これからもっと幸せな日々が待っている。そう思うと、なんだか恥ずかしくて。
シリル様の背中に回していた腕を引き寄せた。
Fin.




