43. 追い詰めます②
……まだ移送されるまで時間があるから、後で残酷な現実を突きつけようかしら?
ふと、そんなことを思いつく。
あまり実感は無いけれど、こんなことを考えてしまうなんて、私はネイサン様を相当恨んでいるらしい。
そんな思いながら、私達も法廷を後にしようと立ち上がると、シリル様がこんなことを口にした。
「クラリス、良くないことを考えているね」
「顔に出ていたかしら?」
「いや、全く。なんとなく、そんな気がしただけだよ」
一瞬、顔に出ていたのかと思って冷や汗が浮かんだけれど、彼の勘だったらしい。
「――俺もネイサンの後悔する顔を見たいから、後で面会する時間を作ろう。
無事だったとはいえ、愛するクラリスを傷付けようとする人は絶対に許せないんだ」
「ありがとう。私一人だと心細かったから、すごく嬉しいわ」
そんなことを口にしながら廊下に出て、このまま面会が出来る部屋へと向かう。
最後に彼に会おうとする物好きは居ないようで、順番待ちの席は空いていた。
私達は見張り兼案内役の騎士に声をかけ、面会室に入った。
既にネイサン様はこの部屋に移動させられていたようで、中に入るとすぐに視線が合った。
「減刑なんて、馬鹿なんだな。クラリスのことは有能だと思っていたが、本当は無能だったんだな。そのお陰で命拾いしたから感謝はしてるよ」
「そう考えられている間は幸せだと思いますわ。でも、鉱山を甘く見ない方が良いと思いますわ。極刑の方がずっと楽だと評判ですもの」
「どういうことだ……?」
「生き地獄。これが一番近いでしょう」
私とネイサン様の間には分厚いガラスがあるから、怒りを買ったとしても恐れることは何もない。
だから、躊躇わずに淡々と現実を告げる。
「大袈裟に言えば俺が怖がると思ったのだろう? そこまで俺は弱くない」
「では、鉱山で苦しむ姿を見に行くことにしますわ。弱くないのなら、元気なところを見れるでしょうから」
満面の笑みを浮かべながら口にすると、少しだけネイサン様の表情に陰りが見える。
けれど、彼は泣きわめくことも、恨み事を言ってくることも無かった。
「今更お前を求めたりはしないから、絶対に来るな」
「それは無理だと思いますわ。鉱山の視察も侯爵夫人の務めですもの」
「……なんだと。おい、衛兵! ここから出せ! クラリスにこれ以上喋らせるな!」
一体何が気に触れたのか、突然喚きだすネイサン様。
私に惨めなところを見られたくないのか、ひたすら私に黙れと命令してくる。
けれど、シリル様がゆっくりと動き出すと、その威勢は一瞬にして消えた。
「クラリスに手を出したら命は無いと思え。クラリスのお陰で極刑ではないが、こちらの気持ち次第でいつでも処刑出来る。肝に銘じておけ」
シリル様に脅されると、見るからに顔を青くしていくネイサン様。
手に限らず、口もカチカチと音がなるほどに震えている。
その姿を見ても清々した気持ちにはならないけれど、少しでも彼が後悔したのなら、それでいい。
謝罪の言葉は一度もかけられなかったけれど、放心している今は期待するだけ無駄に思える。
「クラリス、これくらいで良いかな?」
「ええ。満足したわ」
「それは良かった。俺も満足したから、そろそろ帰ろう」
「そうしましょう」
こうして面会室を後にすると、ちょうどネイサン様の両親が待っているところが目に入る。
けれど、私達と目が合っても一切声はかけられなかった。
不正のことを暴いたのだから恨み言の一つや二つ、覚悟していたのに……拍子抜けだ。
でも、何も起きない方が良いのだから、そのまま馬車寄せへと向かった。
「シリル、裁判の付き添いありがとう」
「クラリスも裁判お疲れ様。しかし、これで本当に良かったのか?」
「ええ、私は満足しているわ。怒りをどこにもぶつけられないのって、すごく酷なことだと思うもの」
「確かに……あの性格では、地獄よりも厳しいだろう。クラリスだけは敵に回したくないよ」
お話をしながら王宮の外に出ると、私達を待っている馬車が目に入る。
それからは、将来のことをお話しながらコラーユ邸に向かった。




