42. 追い詰めます①
あれから数日。
私は裁判のために外行きのドレスを纏い、シリル様と共に王宮に赴いた。
あの事件の後、ネイサン様はグレージュ家から勘当されることはなく、私達コラーユ家やクルヴェット家と徹底的に争う姿勢を見せている。
そのせいで、今回の裁判では国王陛下や他の貴族達の前でネイサン様を追い詰めなければならない。
「……裁判って、こんなに大勢が集まるのね」
「驚いたよ。貴族が裁かれるのは十年ぶりという話だから、それだけ注目されているのだろう」
証人こそ何人もいるけれど、全員がクルヴェット家に関わりのある人で、決着を付けるためには物的証拠も必要だ。
そこで、私達はグレージュ家の使用人達を買収し、ネイサン様が立てていた計画やグレージュ家の脱税の証拠などを集めた。
私がネイサン様と婚約している時は脱税なんて許さなかったけれど、悪事を止めていた私が不在になってからは不正の温床になっていたことまで分かっている。
執務にも手を貸していたことが、ここに活きてくるのは悲しいけれど、これも定められた運命なのだと思うから、容赦はしない。
「――それでは、ネイサン・グレージュの裁判を始める」
陛下の声がかかり、法廷内が一気に静かになる。
それにやや遅れて、ネイサン様が衛兵に両脇を固められた状態で姿を見せた。
彼は私のことにすぐ気付いたようで、恨みの籠った視線を送ってくる。
そして、ボソボソと何かを呟いているようで、口元が小さく動いていた。
「まず、被告人の罪状についてだが、クラリス・コラーユ伯爵令嬢に薬を盛り暗殺しようとしたこと、クルヴェット家の使用人を買収を試みたこと、その上で誘拐させ乱暴を働こうとしたこと。以上だが、相違は無いか?」
陛下はその動きに一切気を留めず、淡々とそう口にする。
すると、ネイサン様がこんなことを口にした。
「意義あり!」
「申してみよ」
「俺はクラリスに嵌められたんです!」
どうやら彼は自分が悪事を働いた自覚は無いようで、自信に満ちた表情を浮かべている。
最初から許すつもりは欠片もないけれど、ここまで酷いと私も躊躇わずに戦えるわ。
「その理由を説明してみよ」
「それは……」
けれども、ネイサン様は何も考えていなかったようで、陛下に説明を求められると言葉を詰まらせた。
何も準備していないなんて、正気とは思えないけれど、以前の彼も何かあっても行動せず全て私に丸投げしていたくらいだ。彼らしいと言えば、それまでだと思う。
そして、この沈黙は嘘だったと証言しているようなもの。
陛下も同じ判断に至ったようで、少し間を置いてから口を開いた。
「言えぬのなら、そなたの言葉は偽りなのだろう。
これ以上の発言は求めぬから、安心するとよい」
「なっ……」
「傍聴人の中で、この罪状に異議のある者は居るか?」
「陛下、無礼を承知で申し上げます。証拠も無く裁くのは如何なものかと思います」
ただ間抜けな顔を晒すことしか出来ないネイサン様に代わり、彼のお父様が発言をする。
彼の言う通り、証拠が無ければ貴族を罰することは難しい。
だから私達は証拠を集めてこの場にいる。
その中には今回の裁判と直接関係しないものも含まれているけれど、証拠を求められた以上は開示する義務があるから、包み隠さずに示すつもりだ。
余計なことを言わなければ、不正や脱税の証拠が明るみに出るのはもう少し遅れたのに……。
そう思ったけれど、こんなことを考えていては性格が悪いと思われそうだから、余計なことを考えるのは止めて、陛下の言葉を待った。
「お前の言う通りだ。クラリス嬢、何かしら示せる証拠はあるか?」
「ええ、こちらに揃えておりますわ」
「これだけの証拠があれば、言い逃れは出来ないだろう。しかし、これを見る限り……お前は脱税やそれ以外にも数々の不正を働いているようだな」
他の貴族を説得するためか、証拠は傍聴席の貴族にも示される。
そして、判決が言い渡される時間がやって来た。
「異議が無いようなので、刑罰を告げる。
将来の侯爵夫人となるクラリス嬢を失うことによる王国の損失は大きい。未遂であることを加味しても、暗殺は許される行いではない」
陛下はそう前置きをすると、少し間を置いてから再び口を開いた。
「――本来は極刑に処す内容だ。しかし、被害者であるクラリス嬢から減刑の申し入れがあった。
よって、ネイサン・グレージュは鉱山での強制労働を処す。また、刑期は無期限とする。以上だ。
今回の裁判は、これにて閉廷とする。各自退廷するように」
詳細は陛下の口から語られなかったけれど、この鉱山というのはクルヴェット領にある。
環境も過酷だから罪人以外に働いている人は居ない場所で、その分警備は厳重だ。
鉱山が開かれてから百年以上の歴史があるけれど、そこから出られた人は天寿を全うした人だけらしい。
そんな場所だから、一瞬で苦痛が終わる極刑の方がずっとマシだと思う。
けれど、ネイサン様は陛下の言葉の意味、そして私の狙いを理解していないようで、絶望の色は見えなかった。




