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4. 最後は楽しみたい②

 玄関に着くと、エリノアを迎えに来たネイサン様と目が合ってしまった。

 でも、関わらないと約束したから、私は家の馬車がある方へと向かう。


 彼も私を睨みつけるだけで、一言も発さなかった。

 ここで彼を止められなかったらコラーユ家の醜聞になりかねない状況なのに、お父様とお母様が何も動いていないことが心配になる。


 何か策はあるのだと思うけれど、今は気にせずに馬車に乗る。

 その時だった。


「どうして止めますの!? 私はネイサン様とパーティーに参加するのよ!?」

「俺の家との関係を悪くしたく無ければ、エリノア嬢を離せ」

「それは出来ません。コラーユ家の醜聞を作るくらいなら、関係を断つと旦那様がおっしゃっておりました」


 言い争う声が聞こえてきて視線を馬車の窓から玄関の方を見ると、護衛二人がかりでエリノアが捕まえられていた。

 他にも侍女数人とお母様の姿もあり、何が何でもエリノアを外に出すまいとしていると分かる。


 グレージュ伯爵家とは私の婚約破棄を理由に取引を中止するとお父様が決めているから、関係が悪化することは厭わないらしい。


「……普段のお嬢様を見ている身としては、エリノア様もネイサン様も小さな子供に見えてしまいます。身体は十分大人ですけれど」

「否定しないけれど、あまり下手なことを言うと私が家から追い出された後に居場所が無くなると思うわ」

「私はお嬢様がどこに行かれてもついていきますから、お気になさらないでください」

「ありがとう」


 リズがこう言ってくれるのは心強いが、家を追い出されたあとの私はリズにお給料を払えなくなる。

 だから難しいと思ったけれど、気持ちの問題だと思い指摘はしなかった。


 そうしていると私達を乗せた馬車が動き出し、揉めているエリノア達の前を通り過ぎてから門へと向かう。

 ここからパーティー会場のクルヴェット侯爵邸までは二十分ほど。

 どこかの元婚約者と一緒に移動するときは退屈な時間だったのに、今日はリズとの会話が弾んだからか、気が付いた時には馬車がクルヴェット邸の門をくぐっていた。


 けれど馬車寄せからは長い列が出来ていて、降りられるまではまだ時間がかかりそうだ。

 そうしている間にネイサン様の馬車が追いついたようで、窓越しにエリノアと目が合ってしまう。


 一体どんな手を使ったのかしら?

 不思議に思っていると、リズがこんなこと口にする。


「エリノアお嬢様を怪我させることは許されませんから、暴れることで抜け出したのでしょう。その証拠に、ドレスが乱れています」


 使用人が主の家族を傷付けることは許されない。だから転びそうになった時は侍従が庇うように教育されていて、力で押さえつけることはもってのほか。

 エリノアはその決まりを利用したらしい。


「……本当だわ。悪知恵だけは働くのね」


 そう呟くと、馬車が少しだけ進む。

 ちょうど馬車寄せに入ったようで、扉が開けられた。


「足元、お気を付けください」

「ありがとう」


 先に降りたリズの手を借りて慎重に降りる。

 侍女を連れて入ることは出来ないから、ここからは私一人で行動しないといけない。


「お嬢様、頑張ってください」

「ありがとう。絶対に負けないわ」


 リズに笑顔で言葉を返し、私は会場の玄関に足を向ける。

 会場に入る時には一人でいる理由を尋ねられたけれど、正直に答えたら何かされることもなく中に入ることができた。


 すぐに私に好奇の視線が集まったものの、陰口はほとんど聞こえない。

 少し前に他の令嬢が婚約破棄された時は、俯いているところに暴言まで浴びせられていた。そのことを知っているから、今の状況が有難くても、困惑する。


 堂々としているお陰かもしれないけれど、本当の理由は想像もつかなかった。


 誰とも目を合わせないように入口の方に視線を向けると、ネイサン様とエリノアが案内人によって引き止められている様子が目に入る。

 どうやら、エリノアがデビュタントを済ませていないことを理由に参加を断られているらしい。


「――何度おっしゃられても、決まりですのでお入れすることは出来ません。お引き取り下さい」

「俺に恥をかけと言うのか?」


 どうやらネイサンは感情に訴える作戦に出た様子。

 そんな時、クルヴェット侯爵様が近付いてきているところが目に入る。


 ネイサンもエリノアもまだ気付いていない様子でも、公爵様に声をかけられれば顔を青くして固まった。


「他のお客様が待っておりますので、ネイサン殿だけでお入りください。無理というのなら、命令に変えます」

「分かりました。エリノア、すまないが今日は屋敷に戻って欲しい」

「はい……」


 ネイサンにそう言われ、エリノアは不満そうに頬を膨らませて踵を返す。

 こうしてネイサンは会場入りを果たしたけれど、好奇の目線に耐えられなかったようで、すぐに視線を下に向けて壁際に足を向けた。


 陰口も囁かれていて、すごく居心地が悪そうだ。

 もっとも、私を睨みつける余裕はあるようで、壁際のネイサン様からの視線が身体に突き刺さるように感じてしまう。


 そんな時、今までお話したことの無いご令息と目が合った。


「クラリス嬢。婚約破棄したのでしたら、今日は僕と一緒に踊って頂けませんか?」


 今年で二十歳になったムリージェ侯爵令息のローレン様だ。

 彼はまだ誰とも婚約していなくて、今は婚約者探しの最中だと噂で聞いている。


 私が婚約破棄されたことに気付いて、目を付けられたらしい。

 でも、ローレン様の噂は悪いものばかりしか聞かない上に、彼は私の顔ではなく身体ばかり見ている。だから、このお誘いは断りたかった。


「ごめんなさい。今は一人になりたい気分ですから、またの機会にして頂けませんか?」

「は? 侯爵令息の僕の誘いを断るのか?」


 遠回しに口にしながらさり気なく一歩下がると、痛いくらいの力で腕を掴まれる。


 怖い。逃げたい。

 そう思っても、家格が下の私が抵抗することは許されない。


 今はただ、恐怖心に耐えることしかできなかった。


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