38. 王宮パーティー②
「……詳しく聞いてもよろしくって?」
クルヴェット家主催のパーティーで醜態を晒したネイサン様が縁談に恵まれないことは想像しているけれど、ティアナ様の言葉にはそれ以上の意味があると思う。
だから、詳しいことを知りたかった。
「ええ。エリノア様に縁を切られた後、いくら縁談を出しても受け入れられなくなったそうですわ。なんでも、財政が火の車の家に支援する条件を付けても、一切相手にされないとか」
「本当に誰からも相手にされていませんのね」
ネイサン様は今日のパーティーにも一人で参加している。
もっとも、ここは王宮だから、彼には冷ややかな視線が向けられているだけで、棘のある言葉が直接投げかけられることはなさそうだ。
「……他には何かありますの?」
「執務が殆ど出来なくなったそうですわ。グレージュ伯爵様が嘆いておられました」
「そうだったのですね。私がネイサン様の執務をお手伝いしている時は全て彼の功績にされていましたから、納得ですわ」
私が居なくなったことで、ネイサン様の本当の能力が露呈したらしい。
それもそのはず、彼は私が行った執務のことも全て自分の成果だと伯爵様に伝えていたのだ。
私が居なくなれば、その成果を出すことも無くなる。
いかに彼の能力が低いのか、明るみになることは不思議ではなかった。
もっとも、このお話を聞くまで私はあまり考えていなかったから、この状況は予想していないこと。
「自業自得ですわね。このままだと、家督を継げなくなるというお話もありますわ」
「当然の判断だと思いますわ。このまま社交界に出られなくなれば良いのですけど……」
あまり言って良い事ではないけれど、このお話を聞いて気分が晴れやかになった気がする。
それに、今もネイサン様は私に湿った視線を送ってきているから、早々に社交界からは退場して欲しい。
彼は私を社交界から追い出そうとしていたのだから、これくらいのことを思っても許されると思う。
「お気持ち、すごく分かりますわ。私もネイサン様の視線がずっと気になっていますもの。彼、ずっと胸ばかり見てきますから」
「見境ないのですね。見られているのは私だけだと思っていましたわ」
「一番見られているのはクラリス様ですから、そう思って当然です」
私が狙われていることに変わりはないらしい。
もしかしたら、私と復縁すれば立場を取り戻せるとでも考えているのかもしれないが、天と地がひっくり返ってもネイサン様とは関わりたくないのよね……。
そんなことを思っていると、ダンス用の演奏が始まる。
どうやらパーティーが始まったらしい。
ちなみに、今回のパーティーは貴族同士の交流を増やすことを目的に開かれているから、婚約者が居る私達でもお話をしようと人が集まってきていた。
侯爵家ともなれば権威も相当なものだから、それだけ注目もされているらしい。
話しかけてくれる方は良い人ばかりだけれど、私利私欲が透けて見える人も少なくなかった。
侯爵夫人になる以上はクルヴェット家に不利益をもたらすような関係は築けないから、事前に仕入れた相手の家の情報を考えて立ち回る。
私はあっという間に令嬢方に囲まれてしまい、シリル様と少し離れてしまう。
その時、他の方とお話をしようと身体の向きを変えると、嫌な光景が目に入った。
私を囲う人の輪を押しのけながらネイサン様が私に迫ってくる。
でも、助けてくれる人は近くに居ないから、自分で対処する以外の選択肢は無かった。
「何のご用でしょうか?」
「ようやく、自分の気持ちに気付いたんだ。やっぱり、俺はクラリス以外のことを考えられそうにない」
「お引き取りください」
出来る限りの冷たい口調で言葉を返しても、ネイサン様の表情は変わらない。
一体何を言われるのか、何をされるのか。最悪のことしか思い浮かばないから、いつでも動けるように身構える。
「今まで愛嬌が無かったことは許すから、もう一度最初からやり直そう」
この期に及んで何を言い出すのかと思えば、私への謝罪が無いどころか、あくまでも私が悪いのだと思っている様子。
もう怒りは感じなくて、呆れさえもどこかへ行ってしまう。
「貴方と関わるつもりは金輪際ございません。二度と話かけないでください」
曖昧に濁すよりも、キッパリと断らないと諦めてくれない。
そう思い、怒りを込めて口にする。
けれども、ネイサン様には何も響かなかったらしい。
彼は私の言葉を気にも留めず、こんなことを言い放った。
「何年も付き合った仲じゃないか。今更断るなんて、人の心が無いのか?」
何をどうすれば、こんなことが言えるのか。
不思議で仕方がないけれど、言い淀んでいては肯定と受けたられかねない。
だから、間を置かずに言葉を返すことにした。
「婚約破棄された時のショックでどこかへ行ってしまいましたの。ですから、二度とネイサン様とは関わりません」
「本当に残念だよ。今日のところは、これくらいで許そう」
流石のネイサン様もこれ以上は迫るつもりがないらしく、湿った声を返してくる。
彼が浮かべている表情からは背筋が凍るような嫌な気配を感じ取れて、私はしばらく動けなかった。




