37. 王宮パーティー①
あれから五日。
私はシリル様と共に、馬車で王宮に向かっていた。
今日のパーティーは王国中の貴族が招かれているから、クルヴェット家やコラーユ家の品位を損ねないように、普段よりも飾りの多いドレスを纏っている。
シリル様の礼服も少し目立つデザインになっていて、宝石の類の装飾がなくても格好良い。
私のドレスに至っては、明るい陽の光を浴びてキラキラと輝くものだから、自分でも直視するのが難しかった。
そのせいか、普段は私のことばかり見ているシリル様が今日は窓の外を眺めている。
私は彼の横顔をずっと眺めているから、旅行の時とは真逆だ。
けれども、この時間が過ぎるのはあっという間で、御者台から到着を告げられた。
王宮は真っ白な見た目をしていて、見ているだけで心を洗われるほど美しい。
玄関をくぐった先に見える景色も、貴族の邸では感じられない独特の雰囲気が感じられる。
「何度見ても、王宮の雰囲気には慣れそうにありませんわ……」
「俺もこの雰囲気には一生慣れないと思う」
今は公の場でもあるから、誰かに聞かれても問題にならない口調で話しかけると、そんな答えが返ってくる。
決して豪華というわけではないのだけど、つい目を奪われてしまう。
ちなみに、伯爵家という立場では年に数回は王宮に赴く機会がある。私も例に漏れず、王宮でパーティーが開かれるときは必ず参加していたくらいだ。
シリル様は王太子殿下と仲が良く、多いときは週に五回も赴いていたと聞いているのだけど、それでもこの光景には慣れないらしい。
「シリル様でも慣れないのですね」
「ああ。レオン殿下は慣れているようだが、ここで暮らしているお方と比べられないよ」
そんなお話しながら廊下を進み、会場の広間に入る。
すると近くの方々がすぐに私達のことに気付き、一斉に視線を送られた。
良くも悪くも、私のことは社交界に広く知られしまったらしい。
視線の中にはネイサン様のものもあり、気にしないと決めているものの良い気分にはならなかった。
「まずは陛下と王妃殿下に挨拶に行こう」
「ええ」
シリル様の言葉に頷き、真っ直ぐに陛下達が談笑している場所へと向かう。
パーティーの最初は主催者に挨拶するのが決まりだ。
周囲の方々も当然それを知っているようで、早々に私達への興味を無くしたのか、向けられている視線は一気に減っていく。
けれど、ネイサン様や他数人の視線は外れず、早々に嫌な気配を感じてしまった。
「……やっぱり、あの人に狙われているみたい」
「雰囲気だけで語るのは良くないが、彼が恋文の黒幕だろう」
「シリル様もそう思うなら、間違いないと思うわ。彼の動きに気を付けましょう」
小声で声を交わしたところで、ようやく会場の中央まで進む。
ここからは口を噤み、陛下と王妃殿下の前でシリル様が敬礼をするのに合わせ、私はカーテシーを見せる。
そうして招待していただいたお礼をして、私達は壁際へと移動した。
今日は王国に居る殆どの貴族が集まっているそうで、私が関わったことのない人が何人もいる。
その中から見知った顔を探すのは大変なのだけど、すぐ近くに私の友人――ティアナ・セーグル侯爵令嬢の姿を見つけ、シリル様に断りを入れてから彼女に声をかけることにした。
「ティアナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、クラリス様。お元気そうで安心しましたわ」
「ありがとうございます。ティアナ様も、お変わりなくてよかったですわ」
ティアナ様とは非公式の場なら打ち解けて話すほどの仲だけれど、ここは格式が求められる王宮パーティーだから、普段の口調が出ないように気を付ける。
彼女の隣には婚約者――王太子殿下の姿もあるけれど、どうやら彼はシリル様とかなり仲が良いようで、すぐに会話を広げそうな様子だ。
だから私も気にせずにお話を楽しむことにした。
「見ない間に、ここまでシリル様と仲を深めたのですね」
「ええ。シリル様はとってもお優しいので、もう不安はありませんの」
「こんなことを言っては失礼だと思いますけれど、乱暴そうという評判は的外れでしたのね」
「お話したら分かりますけれど、真逆ですわ。それに、何かあっても守って頂けると思うと、安心できますの」
一体だれが乱暴されるという噂を始めたのか不思議になるくらい、シリル様は普段から優しいと私は思っている。
練習の時は厳しいけれど、そうしないと怪我に繋がると分かっているから、嫌だと思ったことは一度もないくらいだ。
「シリル様以上に頼れるお方は居ませんから、少し羨ましいですわ」
「そんなことを言っては、王太子殿下の不興を買いますわよ?」
殿下も武術を嗜んでいるのか、シリル様ほどではないけれど立派な体格をしているように見える。
もっとも、服の上から見てもスラリとした長身のせいか格好良い令息にしか見えないから、実際のところどうなのかは分からない。
「頼りなくて申し訳ないよ。シリルには弓術なら勝てるが、他は全敗だからね……」
「俺が繊細さに欠けるという悪口か?」
「否定はしないよ」
「そこは否定して欲しかった」
幸いにも、私が危惧したようなことにはならず、二人して冗談を言い合っている。
ここは武器の持ち込みが許されない王宮だから万が一にも血が流れることは無いけれど、シリル様達が喧嘩にでもなったらと思うと色々な意味で恐ろしい。
そんなやり取りを横目に、私はティアナ様と社交界の動向などについて情報を交わしていく。
すると、私が気にしていた情報が彼女の口から語られた。
「ネイサン様のことだけど、婚約破棄してから何もかも上手くいっていないと噂になっていますわ」




