33. 新しい環境で②
「……シリル様が力持ちすぎるだけ、というのは考えすぎかしら?」
思い浮かんだことを問いかけると、彼は衝撃を受けたかのように動きを止めてしまった。
どうやら思い当たる節があるらしい。
「俺が抱えたことのある女性はクラリスだけだから、誰とも比べられないのもあるだろう。しかし、これだけ軽いと心配にもなる」
「お肉もちゃんと付いているわ。信じられないのなら、触っても大丈夫よ」
そう口にしながら腕まくりをし、彼の目の前に手を持ち上げる。
けれど、彼は困ったように苦笑いを浮かべ、こんなことを口にした。
「クラリスの言葉を疑うつもりは無いが、自分の感覚が信じられないのだ」
「ふふ、頼もしいわ」
人を持ち上げているというのに、この余裕の表情。
お陰で、階段を下りていくときには恐怖心が消てくれた。
「――シリル様、ここからは一人で大丈夫よ」
「シリルで良い。席まで連れていくから、気にしないで」
この扉の先には彼の両親が居るはずで、横抱きにされた姿を見られるのは色々と問題だ。
仲が良いことの証明になるとは思うものの、それよりも羞恥心が勝る。
けれど私が何かを言う前にリズの手で扉が開けられ、シリル様のご両親の視線がこちらに向けられてしまった。
「あらあら、もうそんなに仲良くなったのね」
「仲が良いことは結構だが、外ではしないように。嫉妬されるからな」
空気は柔らかいものの、私は居たたまれない気持ちになる。
シリル様は気にしていないようで、そのまま彼の隣の席に下ろされた。
「では、始めよう。いただきます」
「「いただきます」」
全員が席に座り、姿勢を正したところでシリル様のお父様が食前の挨拶を口にする。私達はそれに続き、和やかな雰囲気の夕食の時間になった。
「早々にすまないが、シリルにパーティーの招待状が届いていた。クラリス嬢の名前もある」
「分かりました。ですが、今はクラリスが足を痛めているので、返答は少し時間を頂きたいです」
示された招待状の宛名はシリル様と私の連名になっており、同じものがコラーユ邸にも届いているはずだ。
差出人は王妃殿下で、つまりは王家主催のパーティーということになる。
侯爵家といえど王家への返事を遅らせることは難しいと思うから、私は少し考えてから口を開いた。
「……すぐに治ると思うので、明日の朝に参加するかを決めますわ。それまでお待ちいただけますでしょうか?」
「もちろんだ。いずれにせよ、返答を出せるのは明日になるから、気にしなくて良い。多少遅れても、王家なら事情を話せば認められる。パーティーよりも貴女の身体の方が大切だから、無理はしないように」
「ご配慮、痛み入ります」
そんな言葉を交わしてからは、他愛ないお話ををしながら夕食を進め、全員が食べ終えるのを待ってから私室に戻ることになった。
帰りもシリル様に抱えられることになったのだけど、既に痛みは引いている。
だから丁重にお断りすると、彼は安堵の表情を浮かべた。
「軽い怪我で良かった。階段も大丈夫か?」
「もう痛くないから大丈夫よ。シリルさ……シリルがもう少し一緒に居たいなら、庭園が見える部屋でお話しましょう」
「見抜かれていたか。やっぱりクラリスにはかなわないよ」
少し悔しそうなシリル様と手をつないで階段を上り、玄関の真上の辺りにあるテーブルのところに腰かける。
ここは部屋になっていないから秘密のお話は出来ないけれど、ちょっとしたお茶をするのには丁度いい。
「――シリルのご両親に受け入れられたみたいで良かったわ」
「ここまで早く打ち解けるとは思わなかったよ。父上は少し気難しいところもあるが、流石はクラリスと言いたい」
「お二人の趣味を調べておいて良かったわ」
シリル様のご両親は本当に良い人で、私のことを実の娘だと思って接してくれるという。
今代のクルヴェット家は子宝に恵まれなかったという事情があるから、シリル様のお母様に至っては「娘ができたみたいで嬉しい」とまで言われたのだ。
その分、期待も大きいはずだから、失望されないように頑張りたい。
この機会にクルヴェット家のことを教わる約束も出来たから、明日からは忙しくなりそうだ。
「あそこまで楽しそうに話している両親を見たのは久々だったから、俺まで嬉しくなったよ。ありがとう」
「役に立てて良かったわ」
そう口にした時。
雲に隠れていた月が顔を出して、私達を照らした。
不安はあるけれど、これからも良いことがあるに違いない。
そう思っているから、辛いとは欠片も思わなかった。




