3. 最後は楽しみたい①
翌日。
私は朝食を済ませ、今日のパーティーに参加するための準備をしていた。
一人での参加は好奇の視線に晒されるに違いない。
それに、今までに婚約破棄された令嬢が社交界から姿を消していることを考えると、私がパーティーに参加できるのは今回が最後になる。
醜聞を気にしない男性との縁談が纏まれば社交界に再び参加することもあるけれど、私の場合は難しいと思う。
「上手く楽しめるか不安だわ……」
「お嬢様なら大丈夫です! 今日はお嬢様が輝けるように、頑張りますね!」
ネイサン様達の思い通りにならないためにも今日は楽しみたい。それなのに、好奇の視線に耐えきれるか分からなくて、すごく不安だ。
でも、リズが大丈夫と言い切ってくれたから、真っ直ぐ前を見ていられる気がする。
「ありがとう。主催の方よりは見劣りする程度でお願いするわ。
もうネイサン様に気を遣う必要は無いもの」
「畏まりました。装飾はどうされますか?」
今までネイサン様よりも目立たないように気を遣っていたけれど、自由になった今は主催者よりも目立たなければ問題にならない。
一応、ドレスは公爵家や侯爵家の方よりも豪華にならない方が良いという暗黙の決まりがあるが、装飾品はその限りではなかった。
だから、ネイサン様からの贈り物は一切身に着けず、私が気に入っているものだけを選んでいく。
「……これとこれでお願い」
「畏まりました」
私が選び終えると、リズは慣れた手つきで準備を進めてくれる。
今日の私は普段のストレートに三つ編みをあしらった控え目なもの。それでも普段とは雰囲気が違っていて、昨日からどんよりとしていた気分が晴れた気がした。
「――完成しましたが、如何ですか?」
「すごく気に入ったわ。ありがとう。
こんなに早く出来るなんて、リズは天才ね」
「とんでもございません。お嬢様は可愛らしい上にメイクが無くてもお綺麗なので、手間をかけずに済むのです」
私がお礼を口にすると、リズは照れているのか視線を逸らす。
彼女の技術はお母様も絶賛しているくらいで、本来なら伯爵家ではなく公爵家や侯爵家に仕えられるほどの技量らしい。
それでも私の専属でいてくれるのだから、身分の差があっても彼女には頭が上がらなかった。
「私はたいしたことないから、全部リズのお陰よ。いつも本当にありがとう。
少し早いけれど、そろそろ行くわ」
「畏まりました」
最後にもう一度姿見の方を見ると、明るい金髪が輝いて見えた。
今の私なら、パーティーでどんなことを言われても、笑顔で受け流せそうだわ。
そんなことを思いながら部屋を後にし、玄関へと向かう。
すると途中で私よりも豪華に着飾ったエリノアが姿を見せ、こんな言葉が飛んできた。
「お姉さまが着飾るなんて珍しいですわね? 普通は目立たないようにしますのに、どういうつもりでして? それとも、本当は好きなお方が別にいらっしゃったとか?」
「最後くらいは着飾りたいと思っただけよ」
蔑むような視線を送られたけれども、気にせず受け流す。
それが気に入らなかったのか、彼女は私の行く手を塞いだ。
「もう次のお相手を探すだなんて、コラーユ家の恥になりますわ。私の評判が下がるから、やめてください」
一体どの口が……と思ったけれど、言い返すことはしない。
婚約破棄された令嬢が社交界に残るためにと次の相手を探すことは当たり前で、批判の対象になることは殆どなかった。
強いて言えば「魅力の無い女性だから、良い相手が見つかるわけがない」と馬鹿にされるくらいで済む。その上、ある程度容姿が整っていれば、社交界に居続けられる可能性が高い。
相手を選ばなければ、という前提だから、私は社交界を去るつもりなのだけど。
お父様と同じくらいの歳の殿方と結婚するくらいなら、修道院に籠った方がマシだもの。
「……そう。忠告ありがとう。
エリノア、貴女も振る舞いには気を付けなさい。デビュタント前にパーティーに参加するなんて、非常識だもの」
「私はネイサン様に許可を頂いているから大丈夫ですわ。お姉様こそ、家名に泥を塗らないでください」
「心配しなくても、婚約破棄以上の汚名は無いわ。安心できるでしょう?」
微笑みながら口にすると、ついにエリノアは私に嫌がらせをするのを諦めたようで、広げていた両手を下げる。
そうして空いた隙間を通り抜け、私は今度こそ玄関へと向かった。