28. 中心の町へ①
翌朝。私は窓から射し込む朝日で目を覚ました。
塔の後から――綿菓子を食べ切ってからの記憶が無いから、粗相をしていないか不安に襲われてしまう。
服も夜着になっているけれど、自分で着替えた記憶さえ無い。
……もしかして、私はあのまま寝落ちてしまったのかしら?
侍女は私達とは別の馬車で同行しているのだけど、あの塔には私とシリル様、そして数名の護衛しか居なかったから、寝落ちをしていたと思うと羞恥心が湧き上がってくる。
それに、シリル様には迷惑をかけてしまったはずで、罪悪感にも襲われた。
「旅行初日に、とんだ醜態ね……」
「クラリス、起きているかな?」
誰も居ないからと呟くと、扉がノックされシリル様の声が聞こえてきた。
「今起きたところですわ」
答えを返しながら扉を開けると、既に出立の準備を整えているシリル様の姿が見えた。
対する私は、寝起きの状態。彼に姿を見せずに対応するべきだったと気付いたけれど、もう手遅れ。
慌てて扉に身体を隠したけれど、寝癖とメイクを一切していない顔は隠せない。ふと、「寝起きも可愛い」という声が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいだ。
身だしなみの欠片も無い姿が好印象に見えるとは思えない。
「昨日は無理をさせてすまなかった。今日は昨日よりは楽な行程だが、疲れたら遠慮なく言って欲しい」
「分かりましたわ。昨晩は粗相をしてしまい、申し訳ないですわ」
「粗相……塔の上で寝落ちたことか? あれくらい気にしなくて良い」
本当に気にしていなかったのか、彼が私の言っていることを理解するまで、数秒の間が空いていた。
手を煩わせてしまったことは事実だから、申し訳ない気持ちは変わらないけれど、怒ってはいないようで安心する。
「ですが……着替えもして頂いていたので……」
「それは侍女に任せたから、安心して欲しい」
着替えは侍女に任せたということは、ここまで運んでくれたのはシリル様ということになる。
いくら彼が立派な体格をしていても、あの塔から人を抱えて降りるのはかなり大変だと思う。
私がふくよかではないとはいえ、同じくらいの体格のエリノアを持ち上げるようとしたときは、十秒も抱えられなかったのだ。
「少し安心しました……。私、重かったですよね?」
「いや、軽くて心配になった。しっかり食べているのか?」
「ええ、いつもしっかり食べています」
けれども、シリル様にとって私は軽いらしい。
重いと言われなかったことは嬉しいけれど、心配されているのは死活問題。旅行を終えたら、少しだけ食べる量を増やそうと思った。
「しっかり、とはいっても腹八分目なのだろう? たまには満腹になるまで食べた方が良い。体力がつかなくなるからな」
「ぜ、善処しますわ……」
言葉を交わしていると、侍女が姿を見せる。
一応私一人でも身支度は出来るけれど、彼女達の仕事を奪うわけにはいかないから、シリル様とのお話を止めて部屋に戻った。
そうして十数分かけて磨き上げられた私は、一昨日ぶりのドレス姿でシリル様の部屋の扉をノックする。
今日も旅行ということで、疲れにくい装飾が控えめのドレスにしていて、パーティーの時とは違い肩が軽い。
「お待たせしました」
「大して待っていない」
短く言葉を交わし、朝食がある一階へと降りる。
ここは貴族や商人向けの宿ということもあって、テーブルの上には白いふわふわのパンが置かれていた。
他にはサラダとハムに玉子という、貴族の普段の朝食と同じ雰囲気だ。
まだ早朝だから他の人は居ないと思っていたけれど、席は私達の分を残して護衛達で埋められている。
私はシリル様と手を繋いだままそのテーブルに足を向けた。
「「いただきます」」
シリル様と向かい合うようにして席に座り、さっそくパンを口に運ぶ。
すると、仄かな甘味が口の中に広がった。
本来ならあるはずのジャムやマーガリンが無いから不思議だったのだけど、これならパンをそのまま食べた方が美味しいと思う。
「パン、少し甘いのですね」
「そのようだな。普段のものより食べやすい。帰ったら料理人に頼んでみよう」
シリル様もこのパンの存在は知らなかったようで、そんなことを口にする。
これを王都でも食べられるのは嬉しいけれど、他のパンが食べられなくなりそうだ。
「楽しみにしていますわ」
そんな言葉を交わしていると、あっという間にお皿の上が空になる。
今日は時間に余裕があるとはいえ、ここに留まる理由もないから、私達は荷物をまとめて次の目的地に向かうために宿を後にした。




