27. 初めての旅行③
あれから馬車に揺られること一時間ほど。
私たちは今日泊まる予定の町に入った。
ここはクルヴェット領内で二番目に大きいそうで、その証拠に人の往来も激しい。
街並みも統一されていて、どの建物も夕日に照らされ茜色に輝いている。
馬車の外からは喧噪が聞こえてきて、道端では子供たちがはしゃぐ様子も目に入った。
行き交う人々の表情は明るく、活気に満ち溢れている。
「綺麗な町ですわ……」
「気に入ってもらえて良かった。今夜はこの町を案内するよ」
「楽しみにしていますね」
馬車の中でそんな会話をしていると、少しずつ建物が低くなっていく。
今は坂を上っているようで、今夜はこの先で一泊するらしい。
「この先の丘の上に宿がある。そろそろ着くよ」
この言葉の通りに馬車が止まると、護衛の手で扉が開けられる。
今回もシリル様が先に降り、私が転ばないように支えてくれた。
それから宿の中に入ると、私達は二階の部屋に案内された。
約束していた通り、部屋は別々。けれど部屋で過ごすのは眠る時間くらいだから、寂しいとは思わなかった。
「上から見るとこんなに綺麗なのですね……」
「久々にここに来たが、改めてみると美しい街並みだな……。この景色を守り切れるように、日々頑張ろうと思う」
「私も全力でお手伝いしますわね」
シリル様にのしかかる重圧は、私が想像しているよりもずっと重いはずだ。
それに負けず笑顔を浮かべられる彼は、心まで強いと思う。
「クラリスは本当に頼もしいな。君と一緒なら、どんな壁も乗り越えられる気がするよ」
「私を買い被りすぎですわ。シリル様が思うほど優秀ではありませんの」
そんな言葉を交わしながら荷解きを終え、私達は手を繋いで宿を出る。
町の中は歩いた方が見やすいから、ここからは歩いて移動することになった。
護衛達は私達から少し離れたところから守ってくれていて、シリル様への信頼が伺える。
私も自分の身だけは守れると思うけれど、彼のように他人を守れるほどの力は無いから、少しだけ羨ましかった。
もっとも、クルヴェット領はどこも治安が良く、ここ数十年もの間、貴族が襲われる事件は起きていない。
そのお陰で、こうして自らの足で町を歩けるのだから、歴代の当主様は相当の才能の持ち主だと思う。
「―—クラリスは、俺が会ってきた令嬢の中では一番優秀だと思う。
立ち居振る舞いもそうだが、知識を身に着けようとする姿勢そのものが素晴らしいと思っているよ」
「そんな風に思われていたのですね。なんだか恥ずかしいですわ」
「聞くところによると、剣術にも長けているそうだから、今度模擬戦をしてみたい」
「シリル様と私では勝負になりませんわ」
「どうだか。俺は鍛えるのは好きだが、剣はそこまで上手くない」
シリル様が自嘲気味に口にしたところで、ひときわ賑わっている広場に入る。
中央には立派な塔がそびえ立っていて、周囲には屋台が並んで色々なものが売られていた。
「何か気になるのか?」
「あの屋台、何を売っているのですか?」
「確か……綿菓子という名前だったはずだ。綿に見えるが、甘くて美味しいらしい」
初めて聞く名前に、ますます興味が出てくる。
ふわふわしている白いお菓子……王都でも見たことがないから、引き寄せられてしまいそうだ。
「……買ってもいいでしょうか?」
「俺が買うから、一緒に行こう」
つい口に漏らすと、シリル様は私の手を握ったまま屋台の方に足を向ける。
そのまま屋台の前に立つと、お店の方は一瞬だけ固まった。
「……私の屋台に何か問題がありましたか?」
「綿菓子を二つ頂きたい」
「は、はい! 畏まりました!」
今日は貴族に見えない服装をしているはずなのに、彼女は私達が貴族だと一瞬で気付いた様子。
最初は恐怖の色が浮かんでいたけれど、シリル様が注文をするとすぐに笑顔に戻り、綿菓子を作り始めた。
くるくると木の棒を回しているだけなのに、白いふわふわが少しずつ大きくなっていく。
直接触ってみたい気持ちを抑えて見ていると、丸い綿菓子が出来上がる。
もう一つもすぐに出来上がり、私はその片方を受け取った。
「あの塔の上で食べると美味しいんだ。かなり階段を上るが、クラリスが大丈夫なら行こうと思う。……疲れさせるわけにはいかないから、俺がクラリスを抱えていこう」
「それは恥ずかしいので遠慮しておきますわ。あれくらい登れるので、大丈夫です」
シリル様の体力なら私を抱えても余裕なのかもしれないけれど、それまでに私の心が限界を迎えそうだ。
だから、彼と手を繋いだまま階段を上っていく。
けれども途中で息が上がってきて、シリル様を頼りたくなった。
でも、ここまで自力で上がったのに諦めるのは嫌だから、力を振り絞って上り続けると、ついに外の光が見える。
「……クラリス、大丈夫か?」
「ええ。疲れただけですわ」
「ここに座ると良い。少し高くなっているから、景色は見えるはずだ」
息が整うのを待ってから外の景色に視線を向けると、満月も相まって、綺麗な夜景が飛び込んできた。シリル様の言葉の通り、私の背丈でも座ったまま景色がはっきりと見える。
町を照らす月に綿菓子をかざしてみると、綿菓子が輝く。
「何をしている?」
「こうすると、綿菓子が輝いて見えますの。子供みたいだって、笑わないでくださいね」
「初めてみたのだ。色々試したくなる気持ちは分かる。それと、子供みたいに楽しむクラリスも愛しいと思えるから、気にしなくて良い」
なんだか揶揄われている気がするけれど、お互いに笑い合えるこの時間は幸せに感じられて、身体が暖かくなる気がした。
けれど、旅の疲れからか眠気が襲ってきて、私はシリル様に寄り添うようにして身体を預けた。




