26. 初めての旅行②
あの後、私達はお花畑の誘惑を振り切って馬車に戻った。
次に向かうのは、クルヴェット邸の食事を支えている農村だ。
「―—あまり見どころは無いが、何か気付きがあれば遠慮なく言って欲しい」
「分かりました。何か問題でも起きているのですか?」
「今は何も起きていないが、俺や父上が気付いていない異変があるかもしれない。婚約したばかりの時に申し訳ないが、将来のためだと思って協力してほしい」
今回の旅行は私がクルヴェット領について学ぶという意味もあるから、彼のお願いを断るつもりは欠片もない。
家によって違うけれど、嫁いでくる令嬢に求められることは大きく分けて二つ。執務の補佐と、社交界で他家との繋がりを強くすることだ。
クルヴェット家は既に多くの家との繋がりを持っているから、私には執務を補佐する力がより求められていると思う。
これから受けることになる教育も、領地に関することが中心だから間違いない。
「協力するのは当然ですわ。私に出来ることなら何でもします」
「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
そうして数時間かけて馬車に揺られ、窓の外には広大な畑が見える。
これら全て、邸の食事になるというから驚きだ。コラーユ邸の食事事情も似たようなものだけれど、使用人の分を含めても、この半分にも満たない。
馬車は小さな木組みの建物の前で止まり、私はシリル様の手を借りて慎重に降りる。
この場所を境に麦と野菜とで分かれていて、綺麗に景色が変わっていた。
「簡単に説明すると、この近くで採れた麦はこの水車小屋で小麦にしてから運ばれてくる。向こうに村が見えると思うが、あの中に倉庫があって、飢饉の時に耐えられるようにしている」
「備えも万全なのですね。野菜の方はどうしていますの?」
「頃合いになったものから収穫して、そのまま馬車で運ばれてくる。料理になるまで一日もかからないはずだ」
王都に近いからこそ出来ることで、クルヴェット家の力が垣間見える。
けれど、遠くを眺めていると、麦の色がここと少し違うことに気付いた。
「シリル様、向こうの麦の下の方が少し黄色くなっているのですけど、気のせいでしょうか?」
「俺には分からないが、確認しよう」
麦の葉が黄色くなっていると、収穫にも影響してくる。
原因は色々あるけれど、土地が痩せてきているときに多かったはずだ。
もっとも、近くで見ないと分からないから、私達は細い道を十分近く歩いて移動する。
近くで見ると違和感はあまり感じられないけれど、この辺りの麦はなんだか元気がない気がする。
「……俺が見ても何も分からないが、クラリスの目の方が正しいだろう。土地が痩せてきているのだろうから、新しく開墾しよう」
「本当に些細な差なのですね」
「ああ。皆も分からないだろう?」
シリル様が護衛達に問いかけると一斉に首が縦に振られる。
私一人だけの意見なのに、それを受け入れてくれるシリル様の懐は本当に広いのだろう。
普通は多数意見に押しつぶされてしまうから、信頼してくれていることが嬉しかった。
けれど、私が間違えた時に正してもらえるのか心配になる。
「シリル様。もし私が間違えていたら、どうなってしまうのですか?」
「今回のことが間違いかどうかは分からないが、すぐに答えが分かることなら、次に繋げてもらおうと考えている」
「そう言っていただけて安心しました」
「こちらこそ、意見を言ってもらえて助かったよ。ありがとう」
今回のことはすぐに答えが出ないけれど、間違っていたとしても開墾が無駄になることはないと思う。
余れば活用法を考えれば良いのだから、今のうちに使い道を考えておくことにした。
「―—他に気になったところはあるかな?」
「いえ、これだけですわ」
「分かった。では、そろそろ邸に向かおう」
シリル様はそう口にすると、私に手を差し出す。
そこに自分の手を重ねね、馬車の方へと足を向けた。
日は傾いてきていて、少しだけひんやりとした風と麦の香りが私達を包んだ。




