25. 初めての旅行①
パーティーから五日。
大量に届いていた恋文はピタリと止み、私は忙しくも平穏な日々を送っている。
代わりに毎日パーティーへの招待状が届くようになり、昨日のうちに今月の予定が埋まった。
結婚してからシリル様の役に立てるように、クルヴェット家の領地経営のことも勉強したいから、のんびり出来る時間はあまり多くない。
そして、今日はクルヴェット領への出立の日。
シリル様との初めての旅行ということもあって緊張するけれど、楽しみな気持ちの方が大きかった。
「準備は大丈夫か?」
「ええ、完璧ですわ」
今日の私はドレスではなく、動きやすいズボンとシャツを身に纏っている。
移動は基本的に馬車だけれど、シリル様からこの服装にするように言われたのだ。
「では、そろそろ出発しよう。行ってきます」
「行ってきます」
お父様とお母様に一礼してから馬車に乗る。
今日のお見送りは使用人達も総出だから、三泊四日の予定なのに少し寂しくなった。
最初の目的地までは休憩を入れて五時間。
出発前は長いと思っていたこの時間はシリル様とお話しているとあっという間に過ぎていき、会話が弾んでいるときに御者台から声がかけられた。
「―—間もなく次の目的地になります」
外に視線を向けると、辺り一面に色とりどりのお花が咲き誇っていた。
「綺麗……」
「気に入ってもらえて良かった」
「こんなに広いお花畑を作れるなんて、シリル様の家は本当にすごいです」
「ここは作ったのではなく、自然のものなんだ。人の手を加えたのは道だけだよ」
シリル様がそう口にすると、少し開けた場所で馬車が止まる。
最初の目的地は町や村になると思っていたから、なんだか不思議な感じだ。
彼の手を借りながら馬車から降りると、花の良い香りに包まれた。
腰をかがめて顔を近づけるよ、鮮やかなオレンジ色の花びらが目に入る。
庭園のお花も綺麗だけれど、ここの花はなんだか力強いと思う。
うまく言葉に出来ないけれど、ずっと見ていられる光景だ。
「少し先に、もっといい場所がある。馬車は入れないから、一緒に歩いて行こう」
「このために動きやすい服装にしたのですね」
「ああ。綺麗な花でも、葉に触れたら肌が切れてしまうからね」
差し出されたシリル様の手に自分の手を重ね、彼に合わせて足を踏み出す。
道の幅は肩が触れるくらい近づいてようやく並んで歩けるほどで、自然とシリル様に寄り添う形になった。
彼の反対の手には箱が入った袋が下げられていて、それを不思議に思いながら足を進める。
私達の後ろには護衛達の姿もあるけれど、ここは隠れるものが無い開けた場所だからか、少し距離を置いてくれていた。
しばらく歩くと、小さな丘を越えたところで芝生が広がっている場所が目に入る。
シリル様が言っていた場所は、あの芝生のことらしい。
「よし、ここで昼食にしよう」
「その箱、お弁当だったのですね。今日は良い意味で期待を裏切られてばかりです」
「気に入ってもらえて本当に良かったよ」
そう口にしながら、綺麗に畳まれた大きな布を取り出すシリル様。
お弁当を持ちながら広げるのは大変そうだから、私は手を伸ばして布を手に取った。
「こんな感じで良いでしょうか?」
「ああ、完璧だ。ありがとう」
周りの丘のおかげで、ここからの景色は綺麗な青空と花々しか目に入らない。
国中を探しても、こんなに綺麗な場所は他に見つからないと思う。
「では、いただきます」
「いただきます」
昼食はサンドイッチで、中の具はここにあるお花の種類と同じくらいの数がある。
味は少し濃い気がするけれど、パンと口の中で混ざり合うと程よくなった。
花々を見ていると、普段の食事とは違う美味しさも感じられて、頬が落ちてしまいそうだ。
シリル様もすごく美味しそうに口に運ぶものだから、彼のことからも目が離せない。
そうしていると、あっという間にお弁当箱の中身が空になる。
もう少しこの場所に留まっていたいけれど、暗くなる前には町に入らないと危険だから、後ろ髪を引かれながら後片付けに取り掛かった。




