23. 威圧の効果①
翌朝。
私はパーティーに参加することを他人に悟られないように、朝のうちにクルヴェット邸に入った。
装飾の多いドレスはとにかく動きにくいから、今は普段から好んでいるシンプルなデザインのドレスを着ている。
パーティーの時間に合わせて着替えるから、気持ちを切り替えて応接室を後にした。
「こちらでご準備をお願いします」
「ありがとう」
別室に入ると、パーティー中に着るドレスや装飾品が目に入る。
けれど、それをしっかり見る間もなく三人の侍女に囲まれ、パーティー参加の準備が始まった。
「腕は上げていてください」
「はい、おろしてください」
「もう一度、今度は少しだけ上げてください」
今日は私一人でここに居るから、全てクルヴェット家の侍女に頼らないといけない。
だから指示通りに動いていく。
それを続けていると、あっという間に準備が終わり、私は迎えに来たシリル様と共にパーティー会場に向かうことになった。
「―—緊張しているのか?」
「ええ、少しだけ。でも、シリル様の手を握ったら和らぎました」
「それは良かった。ここからは誰かに見られるかもしれないから、練習通りにしよう」
「分かりましたわ」
シリル様の言葉に頷いてから、本来はクルヴェット家の方しか使えない階段を下りていく。
今は私が無理矢理パーティーに参加しているという設定だから、シリル様がぐいぐいと私の手を引いていくように見えているはずだ。
実際は歩幅を合わせていて、お互いに引っ張ることも引っ張られることもない。
練習は一日しかできていないのに息はぴったりだから、きっと私達は相性が良いのだと思う。
「クラリスの準備が長すぎたせいで、もう始まる。急いでくれ」
「はい……」
階段を降りお客様も入れる廊下に出ると、何人かと目が合う。
シリル様の声はあまり大きくないが、私がどういう立場なのか理解されたらしい。
助けを求めるような視線を送っても、すぐに顔を背けられる。
厄介事には首を突っ込まないのは当然のことだから、気にせず演技を続けた。
「大事な発表だから、失態は犯さないように」
「分かりました」
この演技を続けたら、シリル様の評判は悪くなる。
事が済んだら真実を私の口から明かすけれど、それまでの間、彼に不自由をさせてしまうことが申し訳なかった。
でも、この気持ちを顔に出すわけにはいかないから、会場の中に入っても嫌な顔をすることは忘れない。
「やはり、私達は注目されているな。見たところでクラリスは渡さないのだがな」
「いい加減に離してください」
「離したら、君は逃げるだろう? 今は我慢してくれ」
「いえ……」
演技をしながら会場を見渡すと、私に恋文を送ってきた人が何人も目に入る。
数えてみると、驚くことに全員だった。彼らに牽制するという目的を果たす上では都合がいいけれど、粘つくような視線をチラチラと向けられていて、気分は最悪だ。
気を紛らわすために、元から参加する予定だった私の両親の姿も探してみる。
「そこにいる君のご両親は私の両親と仲がいいのに、君はどうして俺と仲良くなろうとしないのだ?」
シリル様が指さした方に視線を向けると、お母様達が彼のご両親と談笑している姿が見える。
いつの間にか仲を深めていたらしく、聞こえてくる世間話は弾んでいる様子。
「……貴方に乱暴されないか心配ですの」
「私はそんなことしない。だから安心して身を任せてくれ」
「お断りします」
シリル様に乱暴されないことは分かっているから、今の言葉はただの演技だ。
むしろ、この立派な体格で守ってもらえることを想像すると、頼もしい以外の感想が出てこない。
「嫌でも私を愛するように、魅力的な男になって見せよう」
「そんな未来、あり得ませんわ」
彼を睨みつけると、シリル様のお父様―—クルヴェット侯爵様が会場の中央に移動するところが目に入った。
私の両親も同じように移動し、シリル様は私の手を引くようにして足を向ける。
そうして私達が全員揃ったところで、クルヴェット侯爵様が口を開いた。
「―—皆様、お楽しみ中のところ恐縮ですが、私の方から皆様にお伝えしたいことがございます」
この声に会場中の談笑が止み、一斉に視線が向けられる。
「私の息子シリルとコラーユ家のクラリス嬢との間で婚約を結びました。シリル達二人の将来を暖かく見守って頂けますと幸いです。結婚の日はまだ未定ですので、こちらは追って発表いたします」
シリル様に少し遅れて私がお辞儀をすると、会場中から拍手を頂けた。
けれど、参加者の顔を見れば、これは形式的なものだと分かる。
祝福するような笑顔を浮かべている方も居るけれど、私のことを心配するような表情を浮かべている方も少なくない。中にはシリル様や彼の両親に怒りの視線を向けている人もいる。
思っていたより、私は社交界の人気を集めていたらしい。
嬉しいことだけど、シリル様のことを考えると複雑な気持ちになる。
こうなった以上、次第に私がシリル様に心を開いていくように見えるように、時間をかけて演じた方が良さそうだと思った。
「―—以上になります。引き続き、パーティーをお楽しみください」
ちなみに、私に恋文を送ってきた人達のほとんどは、絶望や諦めを顔に浮かべていた。けれども、シリル様に怒りを向けている人の姿も見える。
きっと私を奪われたとでも勘違いしているのだろう。彼らのことは泳がせておいて、手を出してきたら然るべき罰を与えた方が良いと思う。
そう考えていると、ダンス用の曲が流れ出した。
「クラリス、一曲踊ろう。せっかくだから、目立つところが良いだろう」
「はい……」
私は消え入るような声で頷き、シリル様に腕を引かれるようにして少しだけ移動する。
最初は簡単な曲だから、予定通り彼に少し引っ張られるようにしてステップを踏む。
演技ではあるけれど、彼にリードされてのダンスは楽しいと思えた。




