22. 批判を躱すために②
「食事中も練習のお時間です。愛を囁くのは、明日のパーティが終わり、お客様がお帰りになられてからでお願いします」
休憩の時間だと思ってシリル様に手を伸ばすと、キッパリと注意されてしまった。
寂しいけれど、明日の計画が失敗すれば私の将来が暗くなってしまうから、気持ちを切り替えて手を戻す。
「……そろそろ限界だ。クラリスの手を握るくらいはさせて欲しい」
「では、クラリス様に嫌われる覚悟で無理矢理握ってください。一方的な想いという意味では、演技が完璧に近付くかもしれませんね」
執事の口調は厳しく、シリル様の表情は暗くなるばかり。
これでも会場となるホールでの練習中は意気揚々と私に迫る男を演じ切っていたのだから、彼の演技力は侮れない。
「我慢する……」
「いえ、これも練習でございまう。実践なさってください。
クラリス様、まだ練習中ですのでお忘れなく」
まだ練習中。つまり、シリル様に手を握られたら嫌がらないといけない。
今の彼を見ていたら拒絶することに罪悪感を覚えるのだけど、心を鬼にして、手を握られた瞬間に不快感を顔に出す。
「完璧でございますね。次は腰に手を回すエスコートもお願いします」
今度はそんな提案をされ、何とも言えない気持ちになる。
このエスコートの形は一番距離が近くなるもので、まだ私達は試したことがない。最初くらいはお互いに本心、そして笑顔でいたいから、断りたかった。
シリル様も同じことを想っていたようで、私が口を開くよりも先に、少し低めの声を放つ。
「それはまだ試したことが無いから、今回するつもりは無い。初めてされるエスコートが嫌な演技では悲しい」
「私もシリル様と同じ考えなので、エスコートは手を繋ぐまでにしたいですわ。
距離感を示すなら、これくらいの間を保てば不仲に見えると思いますの。あとは、シリル様が私の手首を持てば完璧だと思います」
代わりの案として、今まで肩が触れないくらいの距離だったものを、なんとか手を握れるくらいの距離に広げて見せる。シリル様は私の言葉通りに手首に持ち替えてくれた。
すると、執事は納得したように頷く。
「クラリス様が逃げるような形になれば、より完璧に近付きそうです」
「こんな感じでしょうか?」
「はい。どこからどう見ても、シリル様に迫られているとしか思えません」
納得してもらえたようで、何度も頷きながらの言葉が返ってくる。
隣にシリル様が居ないから寂しいけれど、良い評価を頂けたことは嬉しかった。
「では、ダイニングまでそのまま行きましょう」
そう言われ、私は頷いてから足を進める。
ダイニングの位置を知らないけれど、この先にあるということだから、通り過ぎそうになれば教えてもらえると思う。
私が逃げるという形を保ちつつ廊下を進むと、シリル様にポンポンと腕を叩かれた。
足を止めて振り返ると、彼は私の方に近づいてきて、真横にある扉に手をかける。
開けられた扉の先に見えるのは、落ち着いた雰囲気のシャンデリアと調度品の数々。派手さは無いものの華やかさが感じられて、ここにも侯爵家の財力がにじみ出ていた。
テーブルも立派な装飾が施されていて、おまけに表面は輝いている。
「シリル様のご両親はまだいらっしゃらないのですね」
「今日はテラスで食べると言っていた。その方がクラリスの負担にならないと考えてくれたんだ」
「そうだったのですね。今は緊張しているので、すごく助かりますわ」
そんな言葉を交わしながら、今度はシリル様に腕を引かれて椅子の前まで足を進めた。
「掛けてもらって構わない」
「失礼します」
シリル様に促されるままに上座の椅子に腰かけると、彼は私の向かい側に座った。
温かな湯気を上らせる料理が運ばれてくると、美味しそうな香りが漂う。
「では、いただきます」
「いただきます」
シリル様に続けて食前の挨拶をしてから、私は料理に手を伸ばした。
最初に口に運んだお肉は焼いたとは思えないほど柔らかく、つい目を見開いてしまった。
シリル様は何とも思っていないようだけど、このお肉一つとっても相当な手間がかけられていると分かる。
私の家で出てくるお肉は頑張って嚙まないと飲み込めないほど硬いこともるのに……。
次に手を付けた野菜は苦みが一切なく、ほのかに甘さも感じる。調味料でこの味は出せないから、食材も一級品を用いていると思う。
私の家でも領地にある邸で出てくる野菜は新鮮なものを扱えるから、似たようなものなのだけど、王都となるととても好んで口にできるものではない。
「すごく美味しいですわ。シリル様は毎日こんなに美味しい料理を口にしていますのね」
「今日は普段以上に美味しいよ。クラリスと一緒に食べられているおかげだろう」
「シリル様はご冗談がお好きですね」
「紛れもない本心だ」
突然の甘い言葉に、甘い笑顔。
このままだと砂糖を吐き出してしまいそうで、私は紅茶を口に含んだ。




