21. 批判を躱すために①
あれから二日。
急遽パーティーに参加することが決まった私は、朝からクルヴェット家を訪れていた。
一番の理由は今日の立ち居振る舞いを練習するため。
私は婚約破棄されたばかりで、シリル様と親密にしているところを見られると、婚約中から関係があったと疑われてしまう。
それを避けるために、シリル様が一方的に私を愛していると周囲に見せる計画だ。
けれど、この数日の間に私達の関係は大きく進んでいて、演技するというのは難しい。
「シリル様のことを嫌そうにするって……難易度がおかしいと思いますわ」
「俺は愛を囁くだけだから、簡単に出来そうだ」
シリル様が私を溺愛しているという設定だから、ドレスも当然彼からの贈りもの。
この前のお出かけの時に他のドレスも注文されていたようで、提案された五着のドレスのサイズは全て私にピタリと合う。
私は普段なら選ばない豪奢なデザインのものをパーティー当日に着ることにして、今日はそれに装飾の量が一番近いものを着て練習に臨むことにした。
「では、始めよう」
そうして練習を始めることになったのだけど……。
「ああ、クラリスは本当に可愛い。ずっと抱き締めていたいくらいだ」
「困りますわ……。今は皆さまの目がありますもの」
「今のは駄目だな。しっかり断らないと、嫌がっているようには見えない」
最初はそれだけでやり直しになってしまった。
すっかり彼のことを受け入れている自分にも驚きだけれど、一昨日や昨日と同じ口調のシリル様にも驚く。
もしかしなくても、シリル様が私を溺愛しているというのは設定ではなくて、今の事実かもしれない。
だから彼は余裕たっぷりの表情を浮かべているのね……。
「次は少し気持ち悪い男を演じてみよう。クラリスが拒絶しやすいようにね」
そう言われると悔しくて、次こそは完璧に演じようと構える。
一体どれほど酷いシリル様がみられるのか、恐ろしさと興味が湧いてくる。
「今日もクラリスは可愛らしい。顔はもちろんだが、少し華奢なところも愛しい。女性らしくくびれた腰も、胸が控え目なところも俺好みだ。ああ、今すぐ抱き締めたい」
「最低ですね。私との婚約、考え直していただけませんか?」
「……今のは胸にグッときた。クラリスに拒絶されることがこんなに辛いとは」
今度はシリル様の口調が気味悪くて、素で拒絶の言葉が出てしまった。
演技にしては上手すぎると思うけれど、彼のことだから完璧でも不思議ではない。
「演技ですから、傷つかないでください。ところで……今の台詞はどこまで本心ですの?」
「最初の可愛らしいというのは俺の本心だが、残りは令息達の下世話な噂話を参考にした」
「そういうことだったのですね」
私の体型は同い年の令嬢の平均より少し細いくらいだと思うのだけど、令息達から評価されても嬉しくない。
そもそも外見は年をとれば変わるもので、内面を見ない関係性ではいずれ離婚ということになると思う。
「もし私がふくよかだったら、どう思いますか?」
「その時はクラリスが細く見えるように、俺が太くなろうとするだろう」
「安心しました。でも、そんな風にされたら心配になるので、無理して私に合わせないでくださいね」
筋肉ならともかく、脂肪を付けすぎると健康を害すると言われている。シリル様には長生きして欲しいから、無理はさせたくなかった。
だから、頑張って今の体型を維持しようと思う。
「善処する。健康の面で言えば今の俺達の体型くらいが理想だから、お互いに長生きするためにも維持したいよ」
「ええ。しっかり運動するようにしますわ」
貴族らしい生活をしていると、どうしても余計なお肉がついてしまう。ダンスのレッスンのお陰で今は気にならないけれど、手を抜くと二の腕をつまめるようになってしまう。
だから、今の言葉を違えるつもりはなかった。
そんな時。私達のことを見ていたクルヴェット家の執事が咳ばらいをする。
「シリル様、クラリス様。練習に集中してください。
このままでは相思相愛カップルだと広く知られることになります」
呆れたような声色に、慌てて練習を再開する私達。
それからは練習に集中し、あっという間に昼食の時間を迎えた。




