19. 二つの相談②
「快諾してくれて助かるよ。もし心配事があれば、遠慮せずに言ってほしい」
私が笑顔で答えた後、シリル様にそんな声をかけられた。
旅行のことで心配はしていないけれど、あの恋文のことは不安になってしまう。
文面や文字からは冷やかしとは思えない分、執着のようなものが滲んでいて恐怖を感じるほどだ。
だから、彼に助けを求めようと口を開く。
「言いにくいのですけれど、昨日から恋文が大量に届くようになりましたの……」
「急に大量の恋文……不穏だな。婚約破棄されてから、社交界に出たことはあるか?」
「セーグル家のティアナ様主催のお茶会には参加しましたけれど、パーティーなどには行ってませんわ」
送り主は私と面識が無い方ばかり。中には姿を見たことが無い方もいて、恋文を書くにしては私を知らなさすぎると思う。
私が恋文を送るなら、一度はお話したことがある方だけにするのに……。
彼らは私と考え方が全く違うのだろう。それも、姿を知らなくても恋してしまうほど。
「誰かが悪意を持って噂を流している可能性がある。タイミングが不自然に揃いすぎだ」
「そういうことなのですね……」
「恋文の中身を見ても良いだろうか?」
「ええ。準備しますわ」
少し開けられたままになっている扉の向こうにいるリズに合図を出すと、彼女は倉庫がある方へと駆け出した。
代わりに他の侍女が同じ場所に控え、私達の様子を見守ってくれる。
それから少しして、リズが木箱を抱えて部屋に入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが今までに届いた恋文になります」
「本当に大量だな……」
あまりの量に、シリル様が戸惑いを見せる。
木箱自体はそれほど大きくないけれど、一日に届く手紙の量ではないから、驚くのも無理はないと思う。
彼は平然を装いながら恋文の中身に目を通し、最初の一文で顔をしかめる。
どうやら、男性が見ても衝撃を受ける内容らしい。
「……これは危険な香りがするよ。下手をすれば、襲撃されることも考えられる」
「どういうことでしょう……?」
「包み隠さずに言っても大丈夫だろうか?」
シリル様に問いかけられ、私はゆっくりと頷く。
「クラリスを拉致し、乱暴しようとする者が居てもおかしくないということだ」
彼の予想では、恋文の送り主とは別に私を文字通り傷物にしようと考えている人物がいるらしい。
恋文で私が誰かと婚約すれば、その人の目的が果たされる可能性が高そうだけど、私が無視を決め込めば他の手段に出る可能性もあるという。
「恐ろしいですわ……」
「コラーユ家の警備体制なら問題は無いと思うが、手は打っておきたい」
「私も、早めに解決したいですわ。でも、元凶を見つける以外の方法が思いつきませんの」
「どれくらい効果が出るかは分からないが、一つだけ思いついた。
明後日、母がパーティーを主催する。そこで、俺がクラリスと共に参加すれば、邪な考えをしている者への牽制になるはずだ」
今なら外出しても襲撃されないと彼は判断しているようで、そんな提案をされた。
相手は高く見積もっても伯爵家の方だから、シリル様と私が親密にしている姿を見せれば牽制以上の効果があるかもしれない。
今は婚約していることを公表していないけれど、今のシリル様を見ていれば婚約公表しても良いと思えた。
私も彼のことを好きになっていて、心変わりするつもりもない。
だから、私からシリル様にそのことを提案しようと決める。
「婚約を公表するというのはいかがでしょうか?」
「クラリスはそれで良いのか?」
「これで良いのです。私、シリル様のことを好きになりましたの。だから、後に引けなくても気になりませんわ」
なんだか告白しているようで恥ずかしいけれど、シリル様が頬を染めるところを見たら、自分の顔に熱が上がることは気にならなくなった。
気持ちを伝える方が恥ずかしいことは分かっていたけれど、気持ちを伝えられる方も恥ずかしくなるみたい。
「分かった。一応、家同士の約束事だから、クラリスのご両親の許可も得てから決断するよ」
「分かりました。本当にありがとうございます」
「愛する人の困りごとなら、喜んで対処するよ。また悩みが出来たら、いつでも言ってほしい」
前にお話しした時は「好き」と言われていたのに、たったの一週間で「愛する人」に進歩している。
告白に告白を返されたみたいで悔しくて、同じ気持ちを返せないことに申し訳なさを感じてしまうけれど、彼の気持ちはすごく嬉しい。
「私も、シリル様の悩みを解決出来るように頑張りますわ」
「ありがとう。そういうことなら、そろそろ抱きしめてもいいだろうか?」
「ここだと寂しいので、中庭でお願いしますわ」
せっかく抱きしめてもらえるのだから、最初は華やかな場所にしたい。
そう思い、私はシリル様に手を差し出した。
「今のクラリスは絵にしたいほど美しい」
「シリル様も絵になると思いますわ」
花に囲まれている芝生の上で、彼の言葉にそう返す。
すると、シリル様がゆっくりと近づいてきて、優しい手つきで身体を包み込まれた。
初めて直接触れる彼の身体の逞しさを感じられて、なんだか嬉しい。
でも、それは私の身体の感触も彼に伝わっているということでもあって……。
意識すると、身体中が熱くなってしまった。




