18. 二つの相談①
シリル様とのお出かけから一週間が過ぎた日のこと。
私の元に大量の恋文が届いた。
「全部無視で良さそうだわ」
「では、いやがらせの証拠として倉庫に入れておきます」
どの恋文も、とても私に魅力を感じているとは思えない。お金や権力地位に私の身体を目当てにしていると読める内容のものばかりだ。
送り主は男爵家や子爵家の名が並んでいて、おまけに年齢がお父様と同じくらいの方が多い。
中には三男や四男で私と同い年の方の名前もあるけれど、嬉しいとは欠片も思えない。
むしろ、おぞましさを感じてしまう。
リズにもそれは伝わったらしく、私が手渡すと全て乱雑に木箱へと放り込まれた。
「これからシリル様とお会いするから、切り替えましょう」
「はい!」
恋文のせいで気分が落ちてしまったけれど、この後シリル様とお会いする約束がある。
彼に暗い顔を見せたくはないから、少しだけ庭園を歩いてから準備を始めた。
今日は私が暮らしているコラーユ邸でお茶をする約束で、完成したばかりのドレスのお披露目も兼ねている。
「お母様達にも見せたかったわ」
「お気持ちお察しします。でも……最初はシリル様だけにお見せするというのも、趣があって良いと思います」
「そうね。シリル様からの贈りものだから、彼に最初に見せないと怒られてしまうわ」
見せる相手がシリル様一人だけなのは少し寂しいけれど、彼の反応を見るのは楽しみだ。
お母様とお父様が屋敷を空けているのは、グレージュ家の動きに対処するため。
領主の散財と重税に耐えかねた領民たちがコラーユ領に避難してきているそうで、事が起こる前から大忙しだという。
通常の執務はお兄様が任されていて、執事が補佐をすることで何とか回している状況だ。
私も手が空いているときは手伝うようにしているのだけど、お兄様にはシリル様とのお付き合いを優先するようにと言われている。
「―—今日はこんな感じでいかがでしょうか?」
忙しくしているお兄様の姿を思い出していると、リズが手を止めて問いかけてきた。
姿見に意識を戻すと、社交会に出る時よりもシンプルな髪形の私が目に入る。
普段、社交界に出る時は三つ編みをあしらったりしているけれど、今回は綺麗に整えただけ。
髪飾りも控えめで、その分ドレスが主役になっている。
「すごく良いわ。ありがとう」
「お気に召されて良かったです」
リズにお礼を言ってから、シリル様を出迎えるために玄関へと向かう。
玄関には今日も使用人たちが綺麗に整列して待ってくれていて、私は彼女達の少し前でシリル様を待つ。
そうしていると、予定よりも少し早く見張りから知らせが入った。
「馬車が見えましたので、間もなく到着されます」
「ありがとう」
少しすると馬車の車輪の音が聞こえてきて、すぐ近くで音が止まる。
続けて玄関の扉が開けられると、さっそくシリル様と目が合い、輝かしい笑顔を向けられた。
「──シリル様、お待ちしておりましたわ」
「今日も盛大な出迎えをありがとう。クラリスに会えることを楽しみにしていたよ」
私は一礼してから数歩前に出て、手を伸ばせば触れられる距離まで近づく。
すると、こんな言葉を囁かれた。
「ドレス、さっそく着てくれてありがとう。似合っているよ。
今すぐ抱きしめたいくらい可愛い」
「今は使用人たちの目があるので、ご遠慮いただけると……」
「後の楽しみにとっておくよ」
どうやら私が抱きしめられることは確定事項らしい。
恥ずかしいけれど、私達は正式に婚約者の関係で、断る理由は思いつかない。
だから覚悟を決めて、シリル様を応接室に案内することにした。
「どうぞお入りください」
「失礼する」
この応接室はそれほど広いとは言えないが、中庭に面していて解放感がある造りだ。直接、中庭に出ることも出来るから、お花に囲まれながらお話することも考えている。
きっと楽しい時間になるはずだから、想像するだけでも頬が緩む。
でも、今はシリル様の前だから、雑念は振り払って彼に向き直った。
「おかけください」
「ありがとう。少し相談なのだが、早ければ来週に私が継ぐことになる領地を案内したい。予定は空いているだろうか?」
シリル様に続け、私は隣に腰を下ろす。すると、そんな問いかけをされた。
領地を案内されるということは、何泊かすることになる。クルヴェット領は、ここ王都に隣接しているものの、縦断するには馬車でニ日はかかる広さがある。
これは私の家の領地に戻る時に何度も経験したことだから、間違いない。
「何泊を予定していますの?」
「今のところ三泊を考えている。当然だが、宿の部屋は別々にするから安心して欲しい。
それでも不安なら、今回は泊まり無しでも構わない」
「三泊で大丈夫です。楽しみにしていますわ」
婚約していれば同室での寝泊まりでも対外的には問題ないとはいえ、シリル様と婚約してからまだ日が浅い。
今はまだ少し抵抗があるけれど、部屋を分けてもらえるのなら彼との距離を縮める良い機会になる。
だから……初めて旅行することの緊張よりも、楽しみな気持ちが勝った。




