15. お出かけします①
◇
あの後、ネイサン様は強制的に屋敷の敷地から追い出された。
彼は最後まで私を恨んでいる様子で、玄関から出て行く時には「絶対後悔させてやる! 覚悟しておけ!」という捨て台詞まで吐いていた。
ただの脅しにしては声色が恐ろしく、私はお父様に警備の強化をお願いしている。
恨んでいる相手を暗殺したという例は歴史を見ると何度も起きていて、最近でも子爵令息が毒に倒れるという事件があった。
だから他人事には思えない。
とはいえ、シリル様とお出かけする約束を反故にすることは出来ないから、私は外出の準備を進めている。
「……ここ、上手くまとまらないので、少し巻いても宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
普段のシンプルな髪型は、昨日ネイサン様に引っ張られたところが乱れてしまうから、目立たないように工夫してもらう。
痛みはもう引いていて何ともないけれど、髪に残った癖は直りそうになかった。
それでもリズは手際良く髪を纏めていき、あっという間に目立たなくなる。
普段と違う印象でも、今の髪型も良いと思う。
「少し可愛すぎる気がするわ」
「今日はデートなのですから、可愛い方が良いに決まっています!」
「そういうものかしら?」
「奥様が秘密裏に調査したことがありまして、多くの男性は美人よりも可愛い人を選ぶそうです。シリル様が当てはまるかは分かりませんが……私は可愛らしいお嬢様の方が好きなので大丈夫です!」
「その言葉、全くあてにならないのだけど?」
リズが大丈夫でも、シリル様に気に入られなかったら問題だ。
でも、これ以外の選択肢は無かいから、受け入れようと思う。
「――はい、完成しました」
「ありがとう。なんだか別人になった気分だわ」
「普段と違いますから、そう思って当然です」
そんな言葉を交わし、シリル様を出迎えるために玄関へと下りる。
今日は侍従達にも出迎えをお願いしていて、既に綺麗な列が作られていた。
出迎えの人数が多いほど好意の証になるから、玄関の幅いっぱいに並んでもらっているのだ。
それを確認し、私は彼女達の少し前でシリル様の来訪を待ち構える。
約束の時間までは余裕があるものの、馬車での移動は早く着くこともあるから、いつ姿が見えても大丈夫なように姿勢を正した。
それから少しすると、クルヴェット家の馬車が門をくぐったという報告が来て、間もなく玄関が開けられる。
「シリル様、お待ちしておりましたわ」
「こちらこそ、君と会えることを楽しみにしていた」
「光栄ですわ。今日はよろしくお願いします」
そう口にしながら手を差し出すと、彼の手がそっと重ねられる。
初めて触れる彼の手は柔らかくないものの、触れているとなんだか安心するような気がする。
初対面なのに手を握るだけで落ち着くなんて……彼の纏う雰囲気は不思議だ。
「今日は髪型を変えたのだな」
「ええ。ご不満でしたか?」
「そんなことは無い。ただ、君が可愛すぎて目のやり場に困るだけだ」
そう口にするシリル様の首には朱がさしていて、照れているのだと分かる。
私もつられて頬が熱くなりそうだったから、誤魔化すためにシリル様の手を引いて馬車寄せに足を向ける。
「私、今日が楽しみで待ち切れませんの。続きは馬車でお話したいですわ」
「そうしよう。……君と一緒に居るとペースが崩れるよ」
「ご不満でしたか?」
「いや、その逆だ。ますます今日が楽しみになった」
そんな言葉を交わしながら、手を繋いだまま馬車まで歩く。
外にはクルヴェット侯爵家の紋章を身に着けた護衛が大勢控えており、つい圧倒されそうになる。私に向けられる敬礼の動きも洗練されていて、家の護衛達にも見習わせたいくらいだ。
馬車の扉の前に着くと、最初にシリル様が乗り込む。
普通なら、馬車の中に暗殺者が隠れていても跡継ぎが倒れないように、女性が先に乗ることになる。それなのに、彼は先に馬車に乗ろうとした私を制止してくれた。
「転ばないように気を付けて」
「ありがとうございます」
上から差し出された手を借りて豪奢な馬車に乗る。
中は落ち着いた色の装飾品があしらわれていて、椅子のクッションもふわふわで上質なものだと分かる。
それだけに留まらず、動き出してからの揺れも少なく、見た目以上に高価なものだと思った。
手に触れるもの全てが高級品だと思うと、触り心地を確かめる気になれない。
「俺の前で粗相があっても気にしないから、力を抜いてもらって構わない」
「ありがとうございます」
一応お礼は言ったけれど、シリル様が私を試しているのか、純粋な配慮なのかは分からない。
でも、彼が姿勢を自ら崩すところを見たら、張り詰めていた緊張が解けていく気がした。




