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復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~  作者: 水空 葵


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13. 常識の無い人①

「お母様、エリノアにはどこまで教えたのですか?」

「一通り教えたから、残りは実践的な練習で腕を上げれば大丈夫よ」


 私が問いかけると、そんな答えが返ってくる。

 ダンスの練習は動きを学ぶ時よりも、実際に出来るようにする方が難しいから、まだまだ時間がかかりそうだと思った。


 どんなに上手な人でも、練習を全くしない日が続くと腕が落ちるくらいだ。学んだばかりのエリノアなら、出来なくて当然だと思う。

 だから、私は足を踏まれたり蹴られたりする覚悟で練習相手に臨む。


「準備はよろしいでしょうか?」


 ピアノの前に控えている侍女の問いかけに頷くと、ゆったりとした曲調の演奏が聞こえてくる。これはパーティーの時にもよく聞く曲で、社交界に出るまでには完璧にしておきたい。


 それなのに、最初の方で足を踏まれてしまった。

 今頃は難しめの曲でも足を踏まないことが理想だから、先行きが不安になる。


「ごめんなさい……」

「気にしなくて大丈夫よ」


 このやり取りの後も何度も足を踏まれ、安心する方が難しい。

 普段なら穏やかな笑顔を浮かべているお母様でさえ顔をしかめているから、相当酷く映っている様子。


 そうして最後まで踊り切る頃には両足がヒリヒリと痛んでいたけれど、後悔はしていない。


 エリノアが社交界で恥を晒せば、私は「あの出来損ない令嬢の姉」と後ろ指をさされることになる。

 シリル様との関係が上手くいけばパーティーに参加する機会も出来るはずで、悪評が立つのは避けたかった。


「最初のところ、足を大きく動かしすぎているわ。それと、足を下ろすのも早すぎね。

 この曲は相手の動きに合わせないとすぐに足を踏んでしまうの」

「動きを見るのが難しくて……」

「それなら、曲に合わせることを意識すると上手く出来るかもしれないわ」


 エリノアの間違いを指摘して、再び足を踏まれる覚悟で同じところを繰り返していく。

 私は数日かかったところなのに、彼女は数回で見違えるほど上達した。


「──飲み込みが早いから、この調子ならデビュタントに間に合いそうだわ」

「本当ですか!? 私、頑張ります!」

「期待しているわ」


 すぐに身に付けられる才能が羨ましい。

 このままだと、そう遠くないうちにエリノアに抜かれる想像も出来てしまう。


 これだけは姉としてのプライドが許さないから、私ももっと練習しようと決めた。




 そうして練習を続けて、外が茜色に染まった頃。

 今日最後の一曲を踊り切ると、侍女たちからエリノアに拍手が送られた。


 まだ簡単な曲を身に付けただけでも、妹の成長は嬉しかった。

 私も笑顔を送ると、執事が慌てた様子で私に駆け寄ってきた。


「──大変です! ネイサン様がクラリスお嬢様を出せと押しかけてきました!」


 事前の約束も無しに押しかけるのは、常識外れもいいところだ。

 たとえ怒っているのだとしても、この無作法さは批判される。


 話の内容は想像がつくから、門前払いしたい。


「追い返したいわ」

「流石に難しいかと」


 そんな言葉を交わしていると、エリノアが練習用の靴から、外行きのヒールが高い靴に履き替える。

 一方の私は男性の装いをしているから、このまま出てもいいのか迷った。


「お姉様、私が代わりに出ますわ」

「私が呼ばれているから、すぐに着替えるわ」


 エリノアに対応させたら、碌なことにならない。

 だから大急ぎで外行きのドレスに着替えてから玄関に出る。


「お待たせしました」

「遅い! あれだけ俺に恥をかかせておいて待たせるとは、何様のつもりだ!」


 ネイサン様はかなりご立腹だ。

 それでも、私の後ろにいるエリノアにも視線を向けていた。愛している人に向けるものではない、嫌な感じのもの。


 調度品に反射するエリノアは身を守るように自身を抱き締めるような仕草をしていて、怒りしか向けられていない私も悪寒を感じた。


 ネイサン様は「真実の愛」と言っていたが、今の状況を見ると全く違う意味に見える。

 最悪なのは、今のネイサン様の視線を私も向けられていたということ。


「黙っていないで何か言え!」

「……申し訳ありません」


 悪いのは彼だから謝りたくないが、このまま放っておいて家同士の関係が悪化することは避けたい。


 だから、腹立たしい気持ちをおさえて、私は頭を下げた。


「誠意が感じられない。もう騙されないぞ。

 お前のせいで俺は散々な目に遭っているんだ!」


 それなのに、頭の上から降ってきた言葉は氷のように冷たい。

 同時に髪を掴まれたと思ったら、勢いよく引っ張られた。


「……っ」


 怖くて声が出ない。

 相手が貴族だから使用人も動けずにいて、私はこれ以上の痛みが襲ってこないように祈ることしか出来なかった。


 それでも、誰かが私の背後から迫ってきているのが分かって、微かに希望を抱く。


「エリノア、出来損ないの姉に何か言っ……」

「ネイサン様、見損ないましたわ」


 彼の言葉は続かず、代わりに絞り出すような呻き声が微かに聞こえる。

 引っ張られていた髪が離されたから距離をとると、エリノアがネイサン様の足にヒールを突き立てているところが目に入った。

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