11. 縁談が来ました③
「今回の縁談ですが、当家としてはクラリスさんの意思を尊重したいと考えております。家同士の関わりも大事ですが、本人達が不幸では元も子もありませんので」
厳かな空気の中、侯爵様がそう口にする。
家格差を考えれば、こんな形で配慮されることは珍しいと思う。
私のことを気遣ってくれていることは十分すぎるくらい分かったけれど、何か裏がありそうで安心は出来なかった。
「ありがとうございます。失礼を承知でお聞きしますが、シリル様は私の何を気に入られたのでしょうか?」
「それは……父の前だと話しにくいので、少しお待ち頂けますか?」
私が問いかけると、そう返される。
断る理由はないから頷くと、シリル様は彼のお父様に視線を向けて何かを促した。
「変なことはしないように」
「分かっています」
「息子が恥ずかしがるので、少し席を外します。失礼します」
短いやり取りが交わされ、侯爵様は私達に一礼してから応接室を後にする。
ゆっくりと扉が閉められると、一気に部屋が静かになった。
そのせいで、緊張から高鳴る胸の鼓動がうるさく聞こえてしまう。
隣のお父様だけでなく、向かいのシリル様にも聞こえていないか心配だ。
「クラリスさんを気に入った理由ですが、去年、貴女に助けられたからです」
「そんな記憶はありませんけれど……」
シリル様の言葉に心当たりが無く、つい正直に答えてしまう。
私が貴族の令息を助けたことは一度も無いはず。領地視察の時に人助けをすることはあっても、それは全て平民が相手だった。
「記憶になくて当然です。あの時の私は、平民の装いをしていましたから」
「そうだったのですね。お顔を覚えておらず、申し訳ありませんわ」
「お気になさらず。詳しくお話しすると長くなりますが……」
彼が迷っている様子だから、私は続きを促す。
そうして語られたのは、私の身にも覚えがあることだった。
今から一年と少し前、ネイサン様が平民と思われる若い男性を捕えさせた事があった。
理由は「睨まれたことに腹を立てたから」という酷いもの。私も居合わせたから分かるけれど、その男性が睨んだ事実は無かった。
ネイサン様が鬱憤を晴らすために拷問する相手を探しているという、平民から見ても婚約者だった私から見ても、信じられないもの。
私がネイサン様と言い争ったのは、あの事件が最初で最後だった。
シリル様の説明は、あの時の男性と一致する。
思い返してみると、体格も今のシリル様に近い気がした。
「……ということがありました。クラリスさんがあの時に居なければ、私のクルヴェット家はグレージュ家に戦争を仕掛けた悪者と批判されていたでしょう。
もっとも、貴女を好きになった理由はこれだけではありません。昨日のパーティーで見せてくれた強さもそうですし、辛いことを引き摺らない性格も好みです。それに加えて、優しさを持ち合わせていて、共にダンスに興じた時も楽しいとなれば、気に入らない方が難しいです」
一言も噛まずにここまで喋れるなんて、素直に尊敬したい。
嘘を含んでいたらここまでスラスラと口にすることは出来ないから、彼の言葉を信じようと思う。
でも、ここまで言われると恥ずかしくなってしまうから、もう少し抑えて欲しい。
私を好いてくれている人に赤面した姿はあまり見られたくないもの。
「そう言っていただけて光栄です。ただ、私はシリル様のことをよく知らないので、まだ好きになれるか分かりませんの」
「クラリスさんが私のことを知らないのは当然です。だから今すぐに婚約を結ぼうとは思いません。
貴女さえ良ければ、まずはお互いを知るところから始めませんか?」
「ありがとうございます。シリル様、私は縁談を受け入れますわ」
シリル様に右手を差し出され、私は自分の右手を重ねながら答える。
時には思い切ることも大事だもの。先延ばしにしていつまでも婚約者が決まらないよりも、早く幸せになりたいと思った。




