10. 縁談が来ました②
縁談が来てから二日。
私はシリル様にお会いするため、朝からリズや他の侍女に囲まれて準備を進めていた。
昨日までエリノアに作法を教えていたおかげで緊張はしていないけれど、シリル様の意図が分からず不安は残ったまま。
この不安を表情に出しても良いことは起こらないと思うから、なんとか笑顔を作ってみる。
「……自然には見えないわね」
「無理に笑顔を作るより、ありのままの姿を見せた方が良いかもしれません。お嬢様が不安に感じるのは当然です」
「シリル様が私のことを想っているなら、リズの言う通りで大丈夫だと思うけれど、違った時のことを考えると恐ろしいわ」
気持ちが伴わないまま婚約者同士の関係になっても、そこから仲を深めるというお話は珍しくない。
とはいえ、最初から気持ちが伴わないまま婚約するという選択肢は今の私にはなかった。
「……クラリスお嬢様なら、今回が駄目になっても良いお方が見つかると思います」
「お嬢様はまだお若いですから、焦らなくても大丈夫です。お相手の地位にこだわらなければ、必ず幸せになれますわ」
侍女たちの言いたいことも理解出来る。だから、少しは前向きになろうと思う。
……今の言葉のおかげで、少しだけ明るい表情を浮かべられる気がした。
「お待たせしました。こんな感じでよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
そうして準備を終えた私は、クルヴェット侯爵邸に向かうため、まずは玄関に向かう。
縁談は家同士の交渉――話し合いの中心が当主の間になるから、今日はお父様が同行することになっている。そして私の魅力を落とさないようにと、お色直しのための侍女の姿もあった。
今日のエリノアの教育はすべてお母様が担当することになっていて、エリノアとお母様、そして侍女達が見送りに来てくれている。
こうして期待されるのは嬉しいけれど、話し合いの場で私の意見が聞き入れられないかもしれないと思うと、少しだけ恐ろしく感じてしまう。
「今回の縁談はクラリスの意思を最優先にする。断ったとしても関係が悪くなる事は無いから、安心しなさい」
「分かりましたわ。ありがとうございます」
不安がお父様に伝わっていたみたいで、私を気遣うような言葉をかけられた。
相手は侯爵家だから、断ると私の家は立場が危うくなると思っていたけれど、この考えは間違いだったらしい。
私は今までずっとネイサン様のグレージュ伯爵家の事情ばかり気にかけて、自分の家の友好関係をあまり学ばなかった。それが今に響いていると分かり、後悔の気持ちに襲われてしまう。
「怖い気持ちもわかるから、耐え難ければ私の手を握っても良い」
「それは遠慮しておきますわ」
お父様の言葉にそう返すと、馬車が動き出す。
それからの移動時間は気まずい空気になり、クルヴェット侯爵邸までの道のりが永遠に感じられた。
◇
「――この度は急な提案にもかかわらず、お越しいただきありがとうございます」
あの後、無事にクルヴェット邸に着いた私たちは応接室に通された。
まだ誰も居ないと思っていたそこにはシリル様と彼のお父様の姿があり、戸惑ったのは内緒だ。
「こちらこそ、私達に有利な条件での縁談を頂けて光栄でございます」
二人の当主は最初から穏やかな笑みを浮かべており、政治的な腹の探り合いが行われている気配は欠片もない。
シリル様はといえば、最初に私の姿を認めると顔を綻ばせ、すごく嬉しそうにしていた。
けれども私は不安を隠しきれていない。
そのせいか、今の彼はずっと私に笑顔を向け続けている。
(険しい表情を向けられてもおかしくないのに……何が起きているの?)
こんな状況になるのは初めてのことだから、どんな表情を浮かべていいのか分からなかった。




