閑話 エナドリはストローで飲む派
ここは心音や伊尾が通う東京のとある大学。
その大学の一室で二人の女性が話していた。いや、同じ部屋にいるからそれとなくコミュニケーションを取っていたという方が正しいか。
「テストいい感じじゃーん。マーク形式って考えた人天才。億万長者になっててほしいな~、採点が楽過ぎる」
「テストで点数取られ過ぎたら怒られるのってマジなんです?」
「なんでそんなの知ってんの?」
「ショートムービーで」
「最近の奴は縦型動画しか見ないなぁ! スタトントン腰トントン部屋コンコン~……」
クッション性のある椅子に座って、ペンをくるくる回しているのは赤紫色の髪が特徴の女の大学教員。そう、彼女は最終日にテストをした「地域経済史」の担当教員だ。今は採点の最終チェック中で、適当な部屋に転がり込んで仕事をしている。
「てか、生徒の前で採点とか駄目なんじゃないのー?」
「駄目だが?」
「じゃあしないでくださいよー」
「部屋の冷房に言え、ちゃんと冷風だせって。ついでに大学に掃除のおばちゃんも雇えって言ってくれ。汚いし、暑いし、最悪だぞあの部屋」
「自分の部屋なのに他人事だ」
そんな女教員の前にいるのは、資料に囲まれながらパソコンを叩いている女学生。教員側からはなにをしているのか分からないが、何やら忙しなく連絡をしているのは分かる。
「そういうお前もこんな場所ですんなよ、家でやれ。それか1杯400円くらいするカフェですりゃ良いだろ」
「予約したの私。学生課で鍵を借りたのも私。転がりこんだのがあなた。おわかり?」
「おかわり」
「予約したの私。学生課で鍵を借りたのも私。転がりこんだのがあなた」
「おわかり。で、なんで大学でやってんだ?」
「家とかカフェだと集中できないので。家には弟もいるし」
パソコンを打ちながら応えると、あ、と何やら思いついたよう。
「そーだ。部屋を確保した手間賃としてコッチ手伝ってくださいよ。春に入ったばっかりの子たちが辞めちゃって、人員補充中で」
「え、なに? なんの?」
「学友会の!」
どうやら、彼女が所属する『学友会』の1年生が辞めてしまったらしい。
夏休み中にしてもらおうと思ってた仕事の割り振りの調整やら、穴埋めなどもしなければならない。ちなみに、学友会とは大学の生徒会のような組織のことだ。
「大学生はそんなもん。買ったばかりのノートみたいなもんで、初めだけ真面目にして後半はぐちゃあってなんのさ。多めに捕まえとけって言ったろ~、I told you」
「なんとかしてください、担当教授さん」
「私は教授じゃなくて助教な?」
「違いわかんないし」
「助教が学友会を任せられたの気の毒だと思わんか? こっちはちょっと前まで院生だったんだぞ? 学生だぞ、がくせー。ってなわけで、ただでさえ忙しいんだ。ガキのバタバタに巻き込まんでくれ」
「知ったこっちゃないんで、なんか手伝ってください」
そう言われるとやるしかないのが大人という生き物。
「はあー……」髪の毛を掻きながら、ペラと資料を捲った「1年生限定だっけ」
「です。お願いします。これから各方面に連絡するんで──はい、すみません。ちょっと数週間くらい忙しくてスケジュールが、はい──」
電話する時だけ礼儀正しくなる女学生を前に、教員は講義を受講していた生徒の名簿を適当に開いた。
「1年生な~、誰かいたっけ……」
ペラペラと捲っていると、一人の生徒の顔を思い出した。
──せんせーの授業、面白かったので。
「ん、そーだ。あいつ……」
その学生の名簿の点数をチェック。ふむ、問題ない。そして、その人物と一緒に行動してるあの学生も問題ないことを確認。
「講義を1回も休まず満点取った1年生はどー?」
電話中の学生に呼びかけると『聞こえません』とジェスチャーで返された。ので、席を立って学生の隣に行き、持ってきた教科書を丸めて筒にした。
「講義をー、1回もー、休まずー、満点をとったー、1年生はー、どーだって」
手で丸を作って頷く女学生。
「それもー、二人ー」
親指を立てた。良いらしい。
「でもー、派手でー、ピンクとー、金でギターバックー」
「待って、見たことある。いつも二人で行動してる女の子たち?」
余程興味があるのか電話口を塞いで振り返ってきた。
「え、あの二人優等生なの? 見た目によらないなー……」
と呟く女学生の容姿は、金髪でカラコンやメイクを施しているすらっとした等身のギャル。椅子の上であぐらをかき、エアコンでやられないように気軽に着脱できる上着を羽織り、喉が乾燥しないようにマスクをしている。
「お前も見た目によらんだろ」
そんな奴が夏休み中に大学に来て、学友会の仕事をしてるのだ。人のことをよく言えたな、というやつである。
彼女は女教員をじとぉと見上げ、頭突きした。
「失礼だなあ。私はふつー! ほら、あっち行った! プライベートな連絡してんだ!」
「お前が手伝えって言ったんだろうが」
「けーすばいけーすっ!」
『──あの、その日はさすがに出ていただかないと……』
電話口から声が聞こえてきたので、女教員にあっちいけと手をしっしっとさせる。不服そうに先程までの席に戻っていくのを確認し、女学生は電話対応に戻った。
「はい、それは、はいっ。その他の……はい、断れそうな奴とかってあります……? 無理です?」
『無理ですね。前回のリスケの分が溜まってます』
「そんなあ……」
『最近も生放送外でゲームしてるみたいですが、ほどほどにしてくださいね』
なんて言われたので、真面目ぶるために被っていた猫の皮を脱いで投げ捨てた。
「えー! それは冷たいよマネージャー! 息抜き大事じゃん! それに、配信にまた出てくれる予定もつけたんだぞ、営業みたいなもんってことで!」
『お姉さんのことですね』
「そう! で、頑張ってるからさ。リスケをお願いしたいなーなんて、ほら、この日の歌ってみたの収録とか」
『駄目です』
「ぶーぶー」
マネージャーの強情さにブーイング。そして、ストレス発散だと言わんばかりに、ストローをぶっ刺しているエナジードリンクで喉を鳴らした。
そんな姿を向かい側の女教員は変な生き物を見るような目で見る。それに気づいて、見んな、と口パクで言う。
「お願いだよー、まねーじゃー。大学が忙しくて……」
『わがまま言わないでください』
どれだけお願いをしてもマネージャーは動じない。
彼女のスケジュール調整が難しいのは、彼女自身も知っている。なぜなら彼女の所属するチームが数ヶ月前に開かれた大会で好成績を収めたからだ。
『ありがたいことに案件が増えてきたんですよ。今は辛抱をする時期なんです──モココさん』
この女学生はモココ。VTuberのましろやセカイと共に『ラーメンよりうどん派』で大会に出場をした、女性VTuberである。
「それは……分かってるけどぉ……」
『分かってるならお願いしますね。それでは』
ブチッと切られた電話口を睨み、はぁ、と椅子にもたれかかった。
「交渉失敗か?」
「しっぱーい」
ズラしてたマスクを引っ張り、ぱちんと口につけた。
「あー、今から分身の術でも勉強しようかなぁ……」
「来期にはピンクちゃんとギターバックが手伝ってくれるさ、頑張れ」
「夏休み中頑張るので、せんせーはそのピンクちゃんたちを絶対に入れてくださいね」
「それくらいなら手伝ってやるから」
「言いましたよ!? 約束ですからね!」
その目立つピンクの学生が『おねえさん』であるとモココが気づくのには、もうしばらく先のこと。
「あと! 手間賃でアイスと夕ご飯も奢ってください!」
「ラーメンを食う予定」
「乗ったっ! それまでに終わらせるぞー!」
結局、学友会の仕事が終わらずに、後日疲れ切ったまま案件配信やコラボをする羽目になるのは言うまでもない。
──第1部:小説家とVtuberと友達と、完。
これで、この物語は終了です。
こちらは元々、ましろくんと出会う前で完結していた作品です。
それが、こうして1部を書き切ることになったのは、多くの読者様からの応援があったからです。
応援ありがとうございます。
ファンタジーしか書いたことがない私が執筆した初ラブコメですので、たいへん見苦しい点があったと思いますが、ご容赦ください。
さて。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
他にも作品を投稿しているので、見ていただけると嬉しいです。
では、またどこかでお会いしましょう。
久遠ノト