閑話 姉はお怒りのようです
世は夏休み。
太陽が地面を焼き、セミが人間の耳に悪戯をするようになった。
そして、ここは木下家。
その家前に、大きな袋を持った人物が近づいていた!
「おにーちゃん、夏休み始まったけど帰ってこないなー」
木下思音。
心音の妹も夏休みが始まり、エアコンをフル稼働させた部屋でぐったりとしていた。
テレビも見飽きて、ゲームも飽きて、課題も飽きて。こんなことなら部活にでも入っておけば良かったか? と薄っすら思っていると、
──がちゃ。
「ン」
玄関が開いた音がして、どこか遠くで聞こえてたセミの声が近づいて聞こえて、扉が閉まるとまた遠のいた。
誰かやってきたらしい。家の鍵を持ってる人間で家にいないのは父親か兄。ということは必然的に木下心音となる。
「おかえりー、おにーちゃんー」
なんて見えぬ兄(仮)に声をかけるが返答はなし。
おかしいと思ってひょっこりと顔を覗かせると、そこには髪の長い女性が立っていた。
「あれ、お姉ちゃん……?」
「ン?」姉はイヤホンを外し、靴紐を解きながら「ん、ただいま」
彼女は木下温奏。心音と思音の姉である。
ツンデレ猫のような雰囲気の心音。人懐っこい犬のような思音。その姉である彼女は凛としたハスキーのような雰囲気を放っている。
ホワイトとブロンドを合わせた長髪の毛先がややカーブを描く。それによって柔和な印象を感じさせるが、彼女の目つきは心音が機嫌の悪い時のそれ。無気力のようにも見えるが、怒っているようにも見えて、総じて『お前に興味なんてないよ』と言っているような目つきになっている。
「今日、ミオの服を持ってきたんだけど、バイト? 靴無かったし」
そういい、袋を持ち上げる。
温奏は自分でファッションブランドを立ち上げ、心音や思音を着せ替え人形にしている。今日も自作の服を心音に着させるために家に帰ってきたのだと。
「にーちゃんはバイト……」
「いつ頃終わるとかは?」
「えーっと……」
思音が気まずそうにしている理由は、温奏には兄の新しいバイト先が伝わっていないからだ。
木下家に白濱と哉草が挨拶しに来た時に姉と父はいなかった。父には母が説明をしたが、姉にはまだ説明をしていない。家から出ているから説明もしなくても良いだろうと母は言っていたが……。
(おにーちゃんは新しいバイト先のことをお姉ちゃんには内緒って言ってたもんなー……どうしよう)
母や父は自由にさせてくれるが姉はそうではない。保護者より保護者然としているのだ。姉がしっかりしているから母や父が手放し状態になっている……というのは今は良いとして。
そんな姉に心音が現在、異性と同棲してるなんて知られたら……。
「あら、温奏。帰ってたの?」
「ン。ただいま」
トイレを掃除をしていた母親が登場し、玄関に立ったままの温奏を見て一言。
「心音ならいないわよ」
「聞いた。バイトなんだろ? いつ帰ってくんの?」
「帰ってこないわよ?」
「は?」
まずい、と思音は思った。だが、時すでに遅し。
「あの子は今、美しい女性と同棲してるんだから」
特大の一撃を温奏に放った母は次の掃除場所へ向かう。
ぽつりと玄関に立ったままの姉を見て「やべっ」と小さく言い、思音はサッと身を隠した。
「アイツに……女……? 住み込み……?」
案の定、温奏のこめかみ辺りに青筋が浮かんでいた。