55 ミオとイオの秘密
「…………い、お?」
さっきまでの独り言聞かれた……?
わ、冷や汗出てきた。普通にビビってる自分がいる。
「なに買ったんだ?」
「え、あ、えっ」
「お! いつものじゃーん。買ってくれたのか?」
「あ、うん……そーなんだよー、ハハハ」
イオはいつも通りだ。うん、大丈夫、聞かれてない。
そ、そうだ。せっかく話せそうなタイミングがやってきたんだ、何か話さなきゃ。でも、なんて話題がいいんだ? 分からない。
とにかく、なにか話さないと……! ええいビビリめ! 口を開くんだよ!
「「あのさ」」
「へっ」
「あ」
一緒のタイミングで声をかけて、目が合った。
イオも驚いた顔をしてて、それが何か面白くて、緊張が少し解けた気がした。
安心して口元が緩むと、イオもつられてへにゃと笑った。
「んだよ、なに? なんだ?」
「いや、なんでもないよ。イオの方から言ってよ」
「なんだよ〜? まぁ、しゃあなしなっ!」
イオがそう言い、肩を組んで来た。
(良かった、いつも通りな感じで話せてててて……体重かけて来るな!)
肩を組んだままもたれかかってきたので、反対側の足を突っ張ってグイッと抵抗。まるで蒼央さんみたいなダル絡みだ! イオらしくない!
すると、居心地良さそうにボクの体にもたれてきたまま、
「なんかさー、気まずくね?」
イオはそんなことを言い出した。
「! イオ……」
驚いた。イオも同じ気持ちだったらしい。
思わずイオの顔を見つめると、照れくさそうに向こうを向いて──
「ぶふっ」
後ろで結んでた髪の毛が顔面を直撃してきた。
「悪い……見つめてきたから」
「……いいよ、別に」
それよりも大事な話題がある。
……話すのが怖いけど、これは話さないとダメな奴だ。イオが同じ気持ちなら、いまこそ話せ! さぁ、重たい口を開け!
「ボクも同じ気持ちだった」
「……ミオ」
「気まずいんだ。話しづらいし、なんか、もやもやする」
喋りだすと口はスムーズに動いてくれた。よし、このまま行け! 喋れ! 頑張れボク!
「でも、このままイオと話にくくなるのは嫌だ。友達なのに、さ」
肩を組まれたままボクは思ってたことを小さい声でぶちまけた。
言いたいことは言った。木下心音ミッションコンプリート。あとはイオの出方を見てからで……。
「……」
「…………」
あれ、全然レスポンスがない。
え、え? これはボクがまだ会話のバトン持ってるのか?
もう1回、イオの顔を見つめようとしたら──
頬に手を添えられた。
「……」
キスをされる──
──かと思った、けど、違った。
イオの表情が暗いのだ。
その手に手を重ねて首を傾げてみせた。
「……なにー?」
イオの目線が少し下に落ちた。ふむ。なんだか、何か言いたいけど、遠慮してるみたいな雰囲気だ。
「言いたくないことなら、言わなくてもいいよ?」
「いや……私は……ほんとにダメな奴だなって思った」
「そんなことは」
「いや、ミオにかわいいって言われてから……私はどうかしてんだ」
気丈に振る舞いながらも、落ちるようにそう呟く。
なんか重たい雰囲気がある。これは、えーと、どうしよう。人付き合い下手すぎて、どうしたら良いのかわからないんだけど。
どうかしてるとはどういう意味なんだろう。確かにあのときのイオは人が変わったようだった。まぁ、ボクも饒舌に喋ってた気はするけど。お互い様だよね~って言えばいいのかな。
「私は男で、ミオは女なのに」
あ、そういう話か。イオなりの思いがあるのね。よし、聞こう。
「女にそんなことを言わせるのも、そんな顔をさせるのも、男として失格だ。でも、男ならこういう時にどんなことをするべきか、どんな声をかけるべきかが分からない」
「……」
「私は……男じゃない。こんなの、私がなりたい姿じゃない」
あんなことがあってもイオはイオのままなんだ、と思った。それを知れたからか、今は、今だけはイオと対等になれた気がした。
(陽キャでも同じ人間で、イオも同い年の1人の人間で)
だからかな。ましろくんや蒼央さんと話すときみたいに余裕が出てきたんだ。
「――そんなの簡単だよ」
なんて、ボクらしくない言葉遣いで今度は自分用の飲み物を買った。それを取り出し、イオの持ってた缶コーヒーと乾杯。
「一緒に缶コーヒー飲んで話でもすりゃあ解決だ」
あの日、イオが言ってた言葉をそのままイオに向ける。
──友達と喧嘩したときは? 仲直りはどうするの。
そのボクの疑問に彼女自身がそういったのだ。だってボクらは男だの女だのの前に、
「ダチだもんね、ボクら」
そう、ボクらは友達なのだ。友達との仲直りの方法なんてイオは既に知ってるのだ。
カシュッと開けて口にする。イオにも目で促すと彼女もちびと一口。暗かった表情に明るい色が見えて、ボクも自然に笑みが出てきた。
「そうだな。ダチだもんな、色々考えすぎてた」
「そーそー」
「なんか、今回のは色々と考えすぎちまったなー。ちくしょー。なんなんだ」
「そういうときもあるでしょー、今日のは仕方ないよー」
って言いながら、ボクの危険察知のアンテナが立った。
この話が大学に広まったら……ボクがイオにセクハラをした奴だってみんなに知られる!
『この前、ミオのブツが太ももで挟んでさ〜』
『え、最悪じゃね。BBQにして食おうぜ』
特にあのときの陽キャ女子軍団に広まったら日には……殺されちゃう……。それは避けなければならない……。
「イオ!」
「どした?」
「その今日あったことは……みんなには内緒で……」
気まずそうにそう話すと、不思議そうな顔をしていた。
「あ、ああ。誰にも言わねぇよ」
「! ほんと! ありがと! ボクとイオだけの秘密だからね!」
「お、おう……」
小指を強引に結んで、指切りげんまんした。よし!
これで社会的な死は免れたぞ。ひとまず、自分の課題はこれでなくなったハズ──
「──なになに、二人で話して。おねーさんも混ぜてくれない?」
「「わあっ!?」」
ずもっ、とボクとイオの間に蒼央さんが入ってきた。
「自販機の前にいるからみんなの邪魔になってるよ」
「…………」
「「あ、すみませんでした……」」
話すのに夢中で人が集まってるの気づかなかった。
さささと外に出て、二人で顔を見合わせて……疲れたように笑った。
帰りの運転は蒼央さん。イオは後部座席に乗って、ボクに前に座るように言ってきた。意図は分からないけど、まぁ、言う通りにしよう。
「じゃあ、安全運転でお願いしますね」
「任せなって、眠気は吹き飛ばしてきた」
帰りの車が走り出すと、しばらく何やら話をしていた後部座席組が寝息を立て始めた。
(イオ……寝たかったから後ろに行ったな?)
「寝た?」
「寝ました。ぐっすりです」
ため息をつくと蒼央さんがクスッと笑った。
「なんです?」
「いや? ミオちゃんはどうだった? 今日は楽しかった?」
「楽しかったですよ。海とか小学生ぶりですし」
「良かった良かった。ミオちゃんが楽しかったらそれで良いんだよ」
「なんですかソレ」
指を立てて、とんとんっとハンドルを叩いて微笑む蒼央さん。
「意味深に笑って、なんかいい雰囲気でも出そうとしてます? ペーパーなんですからしっかりと運転してくださいね」
「すっかり信頼なくなってるなー、私」
「信頼してるからですよ。陰キャって話せる人には饒舌なんです」
「なんか、ミオちゃん変わったね」
「変わりました?」
「変わった」
「そうかな……調子に乗ってるとか、そういう感じです?」
「調子に乗ってはないかなー」
「じゃあ、どういうところが変わりました?」
なんだ、なにが変わった? 言動? 言葉がきつくなった?
窓に少し反射する自分の顔をむにむにと掴み、んー、と首を傾げた。すると、蒼央さんは焦らすような間を作って。
「初めて会ったときより、よく笑うようになった」
「………………へっ」
思わず蒼央さんの横顔を振り向くと、にや、と笑われた。